『それでも春は来る』
もうすぐ春が来る
駅前の花屋が
昨日より少しだけ
色を増やしている
もうすぐ春が来る
君と出会った春が来る
改札を抜けた先で
名前を呼ばれた気がして
振り返る癖だけが残っている
コートのポケットに
去年のままの切符
使われなかった約束
時間は律儀に
それらを置き去りにしていく
もうすぐ春が来る
君がいない春が来る
それは思っていたより
静かで
思っていたより
ちゃんと朝が来る
ベランダに差し込む光は
君を連れてこない
それでも
洗濯物は乾き
珈琲は温かい
君と出会った春は
確かにここにあった
だから今
君がいない春も
嘘じゃない
もうすぐ春が来る
同じ速さで
違う意味を連れて
僕はそれを
拒まないことを覚え始めている
それが
大人になるということなら
せめて
この季節だけは
君の名前を
風に混ぜて歩こう
もうすぐ春が来る
君と出会った春が来る
君がいない春が来る
全部を抱えたまま
それでも
桜は咲く
夜は、ただの闇ではなかった。
それは星が息をひそめて待っている、
大きな器だった。
空の奥にあいた円環は、
終わりではなく、呼びかけだ。
「ここまでおいで」と、
光が静かに手を伸ばしている。
雲は記憶のように重なり、
無数のきらめきが
言葉になる前の想いを運ぶ。
名を持たない願いほど、
星はよく知っている。
足元には、小さな灯。
一本の木が夜を信じて立ち、
黄金の粒が
時間を忘れたように瞬いている。
それは祝福ではなく、
「生きていていい」という合図。
見上げるたび、
空は満ちていく。
孤独さえも、
星の数だけ意味を持ち、
胸の奥で静かに光りだす。
今夜、
空いっぱいの星は語らない。
ただ、
黙って抱きしめるように、
世界を照らしている。
『時を結ぶリボン』
あなたと過ごした時間は
終わったのではなく
結ばれたのだと思う
言葉にならなかった日々
触れなかった指先
同じ未来を選ばなかった夜
それらは
切れたのではなく
細いリボンになって
静かに
時間と時間を結んでいる
前に進むたび
遠ざかるたび
そのリボンは
見えなくなるだけで
ほどけはしない
強く引けば
苦しくなるから
私は
確かめない
ただ
胸の奥で
少し揺れるその感触が
まだ
あなたが
優しかった証だと知っている
恋は
一緒にいることではなく
時間を
やさしく縛ること
過去と今の間で
ほどけないよう
結び目を
そっと
撫でること
だから私は
今日も
あなたに触れないまま
生きている
それが
時を結ぶ
私たちの
愛のかたちだから
間違えることは、本当に悪いことなのだろうか。
ふと立ち止まってみると、
間違えたと信じていた道の先で、
誰かと話し、何かを感じ、
少しだけ世界の色が変わった瞬間がある。
では、それらも「間違い」なのだろうか。
正しいとか、誤っているとか、
その二択で人生を裁こうとすると、
大切な景色のほとんどが零れ落ちてしまう。
間違えたから悪いのでもなく、
間違えなかったから良いのでもない。
歩いたという事実だけが、
その道で得た感情だけが、
静かに自分の中に残っていく。
だから、あの寄り道も、あの遠回りも、
きっと「間違い」ではなくて、
物語として必要な一章だっただけなのだと思う。
『手放した時間』
指のあいだから
静かにこぼれ落ちていったものがある。
つかもうとすればするほど、
水のように形を変えて
逃げていく時間があった。
あのときの私には
何が大切で、
何がまだ守れたのか、
きっと見えていなかったのだろう。
過ぎていく瞬間ほど、
あとになって胸の奥で
ゆっくり光りだす。
思い出すたびに
少しだけ痛くて、
でも確かにあたたかい
不思議な灯火になって。
手放してしまった時間は
戻らない。
それは残酷で、
でも同時に優しい真実だ。
戻らないからこそ、
私たちは変われるのだと
どこかで知っているから。
あの頃の自分に
もう会えないとしても、
あの瞬間がなければ
今の私も、
この心の輪郭もなかった。
だから今日は
そっと目を閉じて、
手放した時間に
ありがとうを言ってみる。
もう二度と触れられないけれど、
それでも確かに
私の中で息をしている。
——消えたのではなく、
形を変えて
未来へ続く道の
静かな礎になったのだと
やっと思えるから。