「やるよ」
軽い感じのその声と共に俺の顔に降ってきた黄色いかたまり。
目一杯広がるその黄色を視界から引き離すとひまわりの花束。
「どしたのこれ」
季節外れのその花をくるくると回しながら珍しそうに眺めながら聞く。
「お前に似合いそうだったから」
目があってやんわりと笑われる。
「男に花って…お前マジ?」
半ば呆れ気味にそう返す。
「なんかねー珍しいなーって思ってまじまじ見てたらお前思い出した」
「だからって買ってくるか普通」
「なんでよ。似合ってるよ」
何でか自信満々な感じで言われて変に照れてしまう。
「まぁ、せっかくだから貰ってやる」
「そうしてそうして!」
にこやかに満足気で何だかなって思うけど楽しそうならいっかとか思ってしまう。
不意にじっと見つめられてるのに気付いてたじろぐ。
「なんでそんなに見てんだよ…」
「ん?いや、きれいだなって」
「あー花が?」
「いや、そーじゃなくて」
きれいな指が俺の方をそっと指差す。
その意味を理解し掛けて首を振って否定する。
「バッカじゃないのお前」
慌てて差された指を掴んで引き下ろす。
目の前にはにんまり笑った顔。
何だか憎らしい。
「ねぇ。口開けて」
言われるまま条件反射で口を開けると、不意に口に何かを突っ込まれる。
反射で取り出そうとするけど甘く広がるそれは。
スティック状の飴で。
「美味しい?」
また楽しそうに笑いかけられた。
「…何よこれ」
「お前には正直こっちかなーと思って」
笑いながら差し出されたそれは花束状にまとめられたスティックキャンディ。
「これもどーぞ」
「むしろこっちが嬉しい」
「だよねー」
もう笑うと言うよりニヤつかれてる。
「お前って想像通りの…」
「みなまで言うな」
それは絶対言わせない。
その先の言葉を制止すると耐えきれないとばかりに爆笑された。
分かってる。分かってるよ。
色気なくてごめんなさいねー。
どうせ俺は花より団子だよ!!!
(花束)
「本気で楽しくないのにむやみに笑うな」
そう言って不機嫌に彼は俺に言い放った。
これは癖だからしょうがない。
楽しくなくても面白くなくても場を和ませるために俺は笑う。
気持ちはそこには無くても笑うカタチは作れる。
表だけでうっすら笑って気持ちは剥がれ落ちて。
心も色を失って。笑って笑って。
それでその場が平和ならばそれでいいのではないか。
それなのに俺が笑うたびに彼は不機嫌になるのだ。
「へらへらするな」
「本当は笑いたくもないのだろう」
無表情で言い放つその言葉に戸惑い、そして苛立ちもした。
「ちゃんと楽しくて笑ってる」
「おまえは…」
少しの間を置いて射抜くように見つめられる。
「侮辱されても笑ってる」
咄嗟のその言葉にハッとして噛み付くようにでも静かに答える。
「笑って何が悪いのさ」
そうしないとやっていけない。
むかついても傷付いても笑って笑って。
そうやってやり過ごしてここまで来たんだ。
そうしないと自分が可哀想だろ。
「そんなの悪いに決まってる」
「お前には関係ないだろ」
「それだと…お前の心はどうなる。お前の気持ちは」
尚も真っ直ぐに見つめてくるその瞳に耐えれなくて何も言えなくなる。
「自分に嘘をつくな。笑いたくない時は笑わなくていいんだ」
そんなの無理に決まってる。
それじゃあ世の中上手く渡っていけないんだよ。
でもなんで。
お前が俺より辛そうな顔をするんだ。
(スマイル)
進まない、進まない。
時計の針が何回も回っても。
まだ彼は帰ってこない。
旦那が出掛けて大分経ったと思うんだ。
何だかやる気も出ないし机に突っ伏して時計や暦だけを見つめてる。
そんな私を見兼ねて後ろから遠慮がちに声が掛かる。
「団長…新作はまだやらないんですか?」
「旦那がまだ帰ってない」
あの演目は、新しく考えた演目は最初に旦那に見て欲しい。
誰よりも真っ先に。
そして憎らしい笑顔で褒めて欲しいんだ。
お前の演技はやはり最高だと。
今回の戦地は厳しいと彼は言った。
いつも余裕そうに笑う彼のその瞳は本当に厳しいのだとそう語っているようだった。
「旦那に会いたい…」
今回で遠征に出向くのは終わりと言っていた。
すべて終わるのだと。
出来るだけ早く帰って来ると。
そもそもの始まりは自分の失態だった。
他国の舞いを顔見知りだけの会合だと油断して舞ってしまったから。
それが敵対する国の舞いである事に。
ただのお手本のつもりでひと舞いしただけのそれが火種となって。
旦那は私を庇って無理難題な積荷を運びに戦地へ行った。
「お前はまた考えもなしに行動するな!責任も取れないくせに!!」
と私を罵倒して決別して会いに来てくれなかったのに、それでも赦してそばに居てくれるその旦那が。
今はそばに居ない。
早く帰って来るって言ったじゃないか。
新作楽しみにしてるって言ったじゃないか。
そうではない。
そうではないのだ。
旦那は無事でいるだろうか。
早くあなたの為に舞いたいのに。
時計の針はまだ一向に進んではくれない。
逢いたい。
憎らしいその顔に。
🍁(時計の針)
びーえる…?
もうなんかダメだ。
好きだなんて認めたら止められなくなった。
あれなんつーの?びーえる?とか言う女子がやたらと好きなやつ。
何回目かの出演オファーで仕方なく引き受けたやつ。
その相手のやつが思ってた以上に可愛くて。
コイツが相手役なら恋も表現しやすいかなーとかそんな始まりだったと思う。
でもやたらと人懐っこくて、でも案外重たい過去持っててそして何より仕事に一生懸命で。
今まで女としか付き合ったこと無かったけどアリかもしれないとか思ってしまったのが運の尽き。
そう思ってしまったら感情なんてたぶんダダ漏れでコイツには何でもしてやりたいって思う。
幸運な事にこのドラマと言うやつは結構絡みがあるやつで堂々とコイツと絡むことが出来る。
コイツも真摯にこのドラマに向き合ってるからどんな絡みでも笑顔で嫌がらずに演じてみせるのが救い。
それに乗じて台本にないスキンシップを取ったり情熱的に演技を超えて絡み合ったりする。
その頬に触れて首筋を辿り男にしてはしなやかなその肌に何度も何度も触れては口付けをした。
嫌がられたりしないかなんて考えなかったわけでもない。
まるで本当の恋人かのようにそれが普通かのようにすべて笑って受け入れる。
「俺が本当に男の人好きになったらどうしよう」
「この役はいいよね。こんなに君に愛されて」
そんな熱に浮かされた目でまっすぐ見つめられた時は理性が飛ぶのを必死に抑えた。
これはきっと演技上のことなんだからそんなはずはない。
咄嗟に聞き返すと慌てたように「冗談だよ」と笑って返された。
その答えに落胆したり、それでも毎日繰り返される虚構の睦言。
縮まる距離感にドラマ外での戯れのなかに甘い駆け引きがある気がしてならない。
「本当に君は男の人が好きではないの?」
堪らず聞いてしまったことがある。
「当たり前だろ」
目を逸らして素っ気なく言われてそれ以上踏み込めなくなった。
それでもいつでも隣りにいて気付けばどこか触れ合ってて姿が見えなくては探して探されて。
触れ合ってると心が満たされて誰か他の人と仲良くしてると気に食わなくて思わず嫉妬丸出しで間に入ったりした。
こんなにも周りにもきっと分かるぐらいアイツに惚れているのにその線を越えることが出来ない。
ただただ演技の上でしか触れ合えないその口付けを何度も何度も重ねて思いを乗せてこの熱を伝える。
お前が好きだよ。好きだよ。
目が合うアイツは目を見て伏せてそれをそのまま受け入れる。
それでも俺らは…。
(溢れる気持ち)
あれ…打ってる途中で7時なった。
これはどーなるの?今日の分??
びーえる要素ありありで。
「よーい、はいスタート!」
そんな合図で始まるキス。
なんて事はない今流行りのボーイズラブという男同士で恋しちゃう系ドラマの撮影。
それで俺はそんな合図と共に目の前の運命の相手とキスをする。
熱い視線で見つめ合って甘く激しく求め合う。
アイツに優しく頬を撫でられ激しくくちびるを吸われそれから首筋に降りてきたてのひらに軽く首を掴まれ上を向かされる。
コイツ人の首を触るの好きだよなーとか思いながらそのまま降りてきたくちびるに喉元を軽く噛まれる。
跡が残ったらどうすんだよ、とか思うけど撮影が止まらない限り抗議もできない。
うっすらと目を開けて覗き見ると熱い視線とぶつかった。
欲情してるような熱視線。
直視出来なくてのけ反る素振りを見せる。
その瞬間、腰を掴まれ捕えられた。
重なった部分が熱い。
少しでも逃げる素振りを見せれば追いかけて離さない。
本気で愛されてるようだ。
そう、錯覚に陥りそう。
甘く甘く惚けるその感情にかぶりを振って堕ちていきそうな思いを振り切る。
こんなに求められるのは演技なのだから。
それ以上でもそれ以下でもない。
心では否定しながらも身体は熱く応える。
腕を伸ばしてアイツの首に絡めて引き寄せる。
さらに一層息も出来ないぐらいの長い長い口付けをされながら。
本当にこれが恋ならいいのに。
コイツが本当に俺の事を好きになってくれたらいいのにと願った。
そんな事1ミリもあるはずが無いのに。
絡まる視線は演技でしかあり得ないのに。
なのに何でこんなに全身で求められてる気がするんだ。
遠くでカットの声が聞こえる。
名残惜しく離れていく身体。
まだ触れていたい。
お互いにそんな気がした。
そんな気がしただけだ。
(Kiss)