星 辰巳

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9/30/2025, 9:19:29 AM

モノクロ、世界がこう見えるとダメらしい。

「モノクロだった僕の世界に、君が現れて、色がついた」
という表現をよく耳にする。
恋愛ドラマの冒頭とかは大抵これだ。

恋をすると、人間の世界は色づくらしい。

9/29/2025, 8:55:33 AM

永遠なんて、ないけれど、少なくとも今は。

恋愛系の話で、よくこんなのを聞く。
「相手をずっと好きでいられるか分からない」
「相手がずっと好きでいてくれるか不安」

バッカじゃね〜の!?

と、聞く度に思っている。
「ずっと」なんてあるわけね〜だろ!と。
無償の愛はあれど、無限の愛は無い。

自分は24歳の若輩者で、今までの恋人の数も少ない。
だが、片想いに関してだけは、ほぼプロである。

恋愛脳の持ち主であり、記憶にある限りでは小学2年生から大学1年生の時までずっと誰かが好きだった。
大学1年生の冬にドカ鬱状態になり、この世の全てから興味を失うまでの連続記録だ。

ちなみにドカ鬱が鬱になった頃、また恋愛脳は復活した。
今も絶賛、片想い中である。

これがどれだけエグい事か説明したい…

自分は元来より、性欲がほぼ無いに等しい人間である。
だから「睡眠欲>>>食欲>性欲」といった感じだ。
食欲もあんまり無い。

だからドカ鬱になった時も、欲の少ないところから封印されていった。
まず、性欲はほぼ無いのでどこで消えたかすら不明。
次に、大学1年生の夏くらいから食が細くなり始めた。
そして2月に連続記録最後の恋が終わり…
遂に食べる事で得るエネルギーが生きる為のエネルギーを下回り、動けなくなって2ヶ月程冬眠した。
冬眠がもう少し長ければ、永眠だったらしい…なんて上手いこと言っちゃったりして。笑い事では無いが。

お分かりだろうか?
つまり「睡眠欲>恋愛>>食欲>性欲」なのである。
「恋愛は性欲と一緒」な猿は回れ右だ。

3大欲求に割り込む恋愛脳、ご理解いただけただろうか。
なんか話がだいぶ遠回りした気がする。

そして個人的に、片想いは無償の愛とニアリーイコールだと考えている。
そんな片想いのプロが断言するが、無限の愛は無い。
よし、元の道にやっと戻ってきたぞ。

無限の愛なんて無い。
愛はアップグレードするか、ダウングレードするかだ。

で、ここからはまだ確証とまでは言えないのだが…
世の中を見ている限り、どんな愛も最終的にはダウングレードして無くなってしまうらしい。
夫婦インフルエンサー以外で、「ずっとお互いが大好き♡」な夫婦を見た事が無いからだ。

だから、「ずっと好き」なんてあり得ない。
それでも、少なくとも今は好きなら良いじゃないか。

…まぁ、憧れてはいるのだが。

この自論を自分で打破する日が来たらいいな、と思う。

9/25/2025, 9:45:12 AM

時計の針が重なって、1年前の今頃は。

1年前の今頃、丁度演劇で再スタートを切っていた。
2024年11月の公演に向け、動いていた頃。

何だかこの1年で怒涛の場数を踏ませてもらい、もう2、3年は演劇を続けているような気持ちだが、まだ1年と少し。
演劇が楽しくて、最近はnoteで演劇論を語るなどしてみたワケだが、1年と少しの演劇論て。
ちょっとだけ後悔している。

でも今1番アツいのは事実で。
この熱が来年も続いているかは分からないワケで。
それなら今のうちに、やれること全部やっちゃってもいいんじゃないかとも思う。

あの時の公演を観てくれていた人たちとも、演劇を続けてみたら沢山会った。
みんな口を揃えて「あの時からこの子は演劇を続ける、何かやると思っていた」みたいなことを言うのだが、実際はどう思っていたのだろうか。

あの時の自分は、完全に異物だったと思う。

地方の演劇界隈というのは、驚くほど狭い。
恐らくあと2、3年も関わっていれば、殆どの演劇人と繋がれるのではないかと思うくらいには。

そんな中にポッと湧いて出た、謎のチビ。
しかも長崎の若手トップクラスとまで共演して。
(後にその人を自分は尊敬し、崇拝することになる。)
そう考えると、インパクトはあったのかもしれない。

ちなみに何故この話を今しているかというと、その公演のタイトルが「この時計が止まるまで」だったからだ。
今日のタイトルに親和性を感じた。

もうすぐあの公演から丸々1年。
この1年で、時計は何度も針を重ねて進んだ。

自分は、どこかに進めているのだろうか。

9/23/2025, 9:33:01 AM

cloudy、ってcandyみたいだよね。

(下書き)

9/19/2025, 9:32:53 AM

もしも世界が終わるなら、会ってくれるだろうか。

今日、自分の世界は終わるはずだった。

意中の相手に振られに行ったのである。
いくら結果が分かっているとはいえ、振られることには慣れやしないだろうと思っていたが…
思いの外、特に酷く傷付きもしなかった。

何故なのか考えてみた。
恐らく、理由は2つある。
①相手の言い方が優しすぎたし、また会える。
②叶うことではなく、伝えることを目的としていた。

この2つが重なった結果、世界は終わらなかった。
お題を見たときは「今日にピッタリのお題だなぁ」なんて思っていたのだが、違ったらしい。

ただまぁ、この世界はいつか終わる。
相手に特定の相手が出来たり、単に自分が死んだり。
その時は改めて、世界が終わった話をしよう。
後者の場合は、残念ながら書き込めなさそうだが。

さて、タイトルに戻る。
「世界が終わる」を概念的に捉えて話をするつもりが、そうではなくなったので直接的に考えよう。

「もしも世界が終わるなら、会ってくれるだろうか。」
うーん、会ってくれないだろうな。

向こうには向こうの会いたい人が居るだろうし、先約だって沢山居るだろう。
つまり、自分が入り込める隙など無いのである。
いやぁ〜残念、残念。

でも多分、自分はそんなに悲観しないだろう。
「会えませんか?」ってLINEを送れれば満足すると思う。
割とコスパの良い性格だなと思う、自分でも。

世界が終わるなら、どうせ皆死ぬしな。
意中の相手と同じ時期に死ねるなら、むしろラッキーなのでは無いだろうか。
ポジティブに捉えようとすれば、何でもポジティブに捉えることは可能なのだなと思う。

と、脈略のあるようでないような話。
全ては今日の異様な眠さのせいだ。
明日に備えて、早めに寝るとするか。

明日もきっと、世界は終わらないし。

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