もしこんな私を
そっと包み込んでくれる
ものがあるのだとしたら
五月の風とかコーヒーの香りとか
ふと流れてきた音楽とか
そういうものがいいよ
月の光、波の音、物語、孤独とか
そっと寄り添ってくれるけど
決して奪わない
愛はまだ怖い
愛は人を変えるから
朝起きたら、妙に頭がスッキリしていた。
お肌の調子もいいし、なんか身長も何センチか伸びた気がする。
どうやら深夜、ver6.3にアップデートされたらしい。
感情処理速度もフェイク判別機能精度もアップしたのを感じる。
ストレス耐性バランサーはアップデートのたびに強化されてる、ありがたい。
黒歴史の圧縮機能も実装されたらしい、でも完全に消去できるようになるのは、まだまだ先かな。
それでも、今回は課金しただけある。いい感じだ。
うーん、おはよう……と隣で寝ていた彼が起きる。
嘘でしょ、やば。
この人まだver5.9じゃない。
そういえば、前に「アップデートの通知、ウザいから切ってんだよね」とか言ってたっけ。
ああ、もう。
私なんて見る目ないんだろう。この人、置いていかれる側じゃん。
「今日、何する?」と私を抱き寄せようとする彼の手をするりと抜けた。
ver4.2だった時は、あんなに魅力的だったその仕草が今は鬱陶しくてたまらない。
……ごめん、こんなこと思うなんてversion差別だ、最低だ私。
旧versionの人には思いやりを持って接しなきゃ。
ってさすがだわ。早速、マイクロアグレッション検出機能が仕事してる。
無自覚な偏見を即座に感知、適正モードにしてくれるのね。
どうした?と戸惑う彼に私は言った。
「昨日、私アップデートしたの」
「え、アップデート?」
「だからごめん」
「え、何が?」
「……やっぱり処理速度遅いね」
「は?」
「私たちもう、一緒にいない方がいいと思う」
「何だよそれ、何で急にそんなこと言うんだよ」
「君との時間、楽しかった。でも終わりだよ。このまま無理して続けるのは効率的じゃない」
「何でだよ、わけがわからない……」
「さよなら」
私が服を着る間、彼はずっとうなだれていた。
部屋を出る直前、彼は絞り出すような声で言った。
「更新したら、想いまで消去されんのかよ。じゃあ俺は絶対更新なんか、しないからな。君と過ごした時間全部、そのままで俺は残すからな」
別れ際はスマートでいたい。
私は彼のセリフを、そう、とだけ言って受け流す。
部屋を出たあと、胸にノイズが走った。
効率化された感情処理システムでも分解できないノイズの痛みに、私の目から涙が溢れた。
太陽に選ばれし朝の使者、
闇を打ち破る勇者サンライズよ、
去るがいい
私は朝を拒む者
夜の闇こそ私の安らぎ、私のぬくもり
お前はそれを焼き払おうと言うのか
お前の剣が放つ輝かしい光
その光は決して祝福などではない
その輝きが全てを救うとは限らない
聞け、勇者サンライズよ
私は夜を守り闇に住まう者
お前のように闇を恐れてなどいない
自ら選んだのだ、この闇を
終わらない夜こそ私の世界
この闇をお前などに渡すものか
「早く起きなさ〜い」
その奇術師が私の住む街に
やってきたのは
晴れた風の強い日
彼が繰り出す手品に
みんな夢中だった
奇術師は最後の挨拶の後
シルクハットから羽ばたいた鳩と共に
あっという間に空に消え去った
子供の頃に見た不思議な出来事
溶けるというよりは
空に吸い込まれていったみたい
跡形もなくさっぱりと
何も残さず完全に
あんな風にいなくなれたら
きっと爽快だろうな
どうしても欲しかった
玩具の指輪セット
12個セットで全部形と色が違って
キラキラしてて
中でもひときわ大きなピンクのユニコーン
あれがどうしても欲しかった
玩具売り場で、指輪セットを
じっと見つめる私に気づいて
あなたは言った
これが欲しいの?
あなたは幼かった私の目線に合うように
しゃがみ込んで言った
どうしても欲しいものなの?
本当に?
あなたの少し悲しげな眼差しに私は
やっぱりいらない、そう言った
そう言えばあなたが安心したように
頷くことが分かっていたから
「やだ思い出しちゃった」
不意に昔の事を思い出して私は
滲んだ涙をティッシュで押さえた
あんなに昔のささいなやりとりなのに
今でもそれは、私の胸の奥に潜り込んでいる
思い出すたび、苦い気持ちまで蘇る
あなたとは、そんなことばかりだった
あなたがよく私に言った言葉
それはどうしても欲しいものなの?
どうしてもやりたいことなの?
よく考えて、ちゃんと考えて
迫るような真剣さで、あなたは言った
そう言う時のあなたはいつも
“正しい親の顔“をしていて
私は自分の間違いを
叱られているみたいだった
いつしか私は、自分の願いも思いも
押し込めるようになった
それは多分
あなただけのせいじゃないけど
「あらあらどうしたの、キラキラお目目から涙がこぼれ落ちちゃってるわよ。まるで流れ星じゃない!」
私の隣でロナが言った。
「ちょっと昔のことを思い出してたのよ」
「やめてよ昔のことだなんて。私たちの過去なんてそりゃもう酷いんだから。誰とも口を聞いてもらえなくて、教室の隅で俯いていた地味な男の子のことなんて、私思い出したくないわよ」
「あんたにもそんな時代があったの? 今じゃ歩く宝石箱みたいにゴージャスなのに、笑えるわね。私も同じだけど」
「バカね、ユニコーン。雨があるから虹がかかるんじゃない」
私は鏡を見た
今夜の私はユニコーンだ
完璧なメイクアップで私は生まれ変わる
一番ドラマティックな変化を遂げるのは、目
アイホールにくっきりと線を入れて
カットクリースは虹色
ラメをたっぷりつけて銀河みたいに輝かせる
唇は熟れた禁断のフルーツ
男たちが思わずしゃぶりつきたくなるような
私が初めてマニキュアをして
リップをつけた時、あなたは
一言では言い表せないような顔をしていた
傷ついたような諦めたような
それが私には悲しかった
ごめんなさい
でもどうしても
どうしても
私はこうじゃないと生きられないの
巻毛スタイルの虹色ゴージャスウィッグをつけて、仕上げにユニコーンの角を装着する。
隣でロナが、バカみたいに笑い転げた。
「あなたのヘアスタイル、綿飴工場が爆発したって感じね!」
もう少しでショーが始まる。
鏡の中の私たちは、派手なメイクとけばけばしい衣装に身を包んでいる。
ロナが私の肩を抱いて言った。
「みてよこのお洋服! ただの布切れじゃないわ。虹色の輝きを放ってる。私が蛾だったら、間違いなくあなたの光に吸い寄せられちゃうわ。やあねえ、もう泣かないでよ。せっかく時間をかけて作り上げたゴージャスな顔が台無しになっちゃう! 今夜あなたはユニコーンなの。あなたを見た人は、その美しさに人生の悩みなんか全部吹き飛んじゃうわよ。だってあなたはたくさん雨の日を経験して傷ついて悲しんで苦しんできたんだから、そりゃもう眩しいくらいにオーラを放って輝いてる。だからもっと自分を愛してユニコーン」