誰かの作ってくれた料理は美味しい。
人の作った料理は匂いも美味しい。
作ってもらうと幸せを感じるのは何でだろうと思っていたが
なんとなく答えが分かった気がする。
人が作ると匂いが味が、意図せずくるからじゃないかな?
1月に母が体調を悪くして自分が料理を任されることになった。
自分で作るとどんな匂いがしても当たり前の匂いがする。
そりゃそうだ。その匂いの物を作ってるんだから。
食べたって当たり前の味がする。
そりゃそうだ。その味のする物を作ったんだから。
誰かの作ってくれた物は突然の出会いの味がする。
メニューを聞いてれば、待ちわびた人に会えた
匂いがしてくる、そして味がする…
っていうトキメキ的なものを感じるんではなかろうか。
母の体調がだいぶ回復してきてくれた。
もうじき母の作った幸せを感じる料理がまた食べられる。
そしてたまには母に、味は多分劣るけど
母にとってはトキメキを感じる料理を作ってあげようと思う。
(幸せに)
帰りの電車で珍しく座れて、ついうとうとしてしまった。
…ハッ、やべ!
気が付くと電車がホームに停まってて
既に人が乗り込んで来ている。
待って!降りる!降りる!
すいませーんと人波に逆らって何とかドアに向かうが
あと一歩間に合わず無情にも扉は閉まった。
ちょっと間があって動き始める電車。
あー、見慣れたホームが遠ざかっていくーくーくー…
扉の前で立ち尽くす。
降り損なった一連を目撃した方達の痛い視線を
何気ないふり出来るほどの肝は持ち合わせていない。
後ろが向けない。
次の駅到着までガラスに映る残念な自分の顔を凝視して
いたたまれない時間をやり過ごした。
(何気ないふり)
ハッピーがエンドレスとかハッピーターンなら嬉しいけど
現実のエンドはハッピーもラッキーもない
エンドがあるだけだと思う。
じゃ、どこにあるのか。
誰かの作った物語にあるんだと思う。
物語を作った人が、もうその先を書かないよと手放した時に
生まれるんじゃないかな、ハッピーエンド。
読み手への贈り物に、ハッピーなエンドをどうぞって。
(ハッピーエンド)
見てるな、すっごい見てる。
さっきから若いウエイトレスさんがものすごいこっちを見てる。
おしゃれなレストランで、単品よりランチセットにした方が
お得だと聞いてスパゲッティミートソースを
ランチセットで頼んだ。サラダと飲み物とデザートが付く。
野菜嫌いだからサラダ要らないんだけどしょうがない。
そしてサラダを辟易しながらやっと食べ終え
今スパゲッティミートソースに移行したところだ。
美味しそうな見た目なんだが、そんなに見つめられると…
食べ物の味がよく分からなくなってくる。
これはあれだな、デザートは食後にお願いしたから
食べ終わるのを見張ってるんだな。
見てる、まだ見てる。
何か運びながら、片付けながら、注文聞きながら。
いや、目の前のお客さんに集中して下さいよ。
キッカリ最後の一口後すぐ持ってこなくてもいいから。
なんなら今すぐ持ってきてくれてもいいから。
…はあ、さっさと食べよう。
(見つめられると)
My Heart …スペル合ってるかな?英語は入力も大変だ。
私の心臓?心でいいのかな?
本当は心って心臓じゃなくて脳ミソだと思うんだけど
辛いときや切ないとき、やっぱり心臓付近が苦しい。
嫌なことあると胸くそ悪いって言うし、緊張は胸がドキドキ。
脳の仕組みなんか知らない頃の人達は
心の居所って心臓だと、思っちゃうよな。
ま、私の心臓は心房細動を起こすので
心臓が考えたり思ったりするのは無理っぽいな。
せわしなさすぎる。
(My heart)…あれ?
M打ったらMy が出て、予測で次が出たから喜んだら
Hが小文字になってた。やーねー、大文字に直さなきゃ。
(My Heart)