【そして、】
海沿いの小さな駐車場。
潮の匂いが漂い、波の音が車体をくすぐる。
2人は古びた車の後ろに腰を下ろし、カップ麺の湯気をぼんやり眺めていた。
「結局、目的地ってどこやったっけ。」
「しらん。気が向いたほうに行けばええやろ。」
そんな無計画さは、昔から何ひとつとして変わっていない。
昼間は道に迷い、ガソリンスタンドで笑われ、知らない町でソフトクリームを食べた。
くだらない出来事の連続なのに、なぜか胸の奥が軽い。
夕日が沈み、波がゆっくりと赤く染まる。
「なあ、次はもっと遠いとこ行こうや。」
「ならお前が運転しろよ。」
「いややわ。お前の車やろ。」
「うるさいわ、助手席のくせに偉そうに言うな。」
笑い声が風に乗って広がっていく。
夜の気配が近づいても、話は途切れない。
どこへ向かうのかもわからないまま、それで十分だと思えた。
空の端に、一番星が瞬く。
ふたりの旅は、まだ始まったばかりだった。
【tiny love】
駅前の小さなカフェ。
その片隅のテーブルで、2人は今日もくだらないことで笑い合っていた。
ひとりはコーヒーのミルクをこぼし、もうひとりはそれを見て肩を震わせている。
周りの視線なんて気にしない。
ここではそれが日常だった。
「はい、ティッシュ。」
そう言って差し出された紙ナプキンを、わざとふくれっ面で受け取る。
そうやって軽口を叩きながらも、お互いのことはちゃんと見ている。
特別落ち込んだ日でも、ここに来ればいつの間にか笑ってしまうのだ。
大きな夢の話をしたり、好きな映画を熱く語ったり、時には「明日は何食べよう?」なんて小さな相談もする。
そんなちっぽけな時間の積み重ねが、いつの間にか特別な宝物になっていた。
「俺らって、なんかええよな」
気恥ずかしさを隠すように、片方がコーヒーを一口すする。
もう片方は鼻で笑いながらも、どこか嬉しそうにカップを合わせた。
ちょっとしたいたずらも、小さな応援も、全部ひっくるめて彼らのささやかな愛。
派手じゃないし、大声で語るほどのものじゃない。けれど、心の奥でずっと温かく灯り続けるのだ。
今日もまた、笑い声がカフェに跳ねる。明日もきっと、それは変わらない。
【おもてなし】
夜の街を包む柔らかな灯りを頼りに、小さな店の扉を押した。
木の鈴がころんと鳴り、温かな空気が出迎える。
カウンターには磨き込まれた木目が淡く光り、奥ではスパイスの香りが静かに漂っていた。
席に腰を下ろすと、マスターが軽く会釈をしながら、湯気の立つ一杯を差し出してくれた。
言葉は少ないけれど、その仕草に心の奥がほぐれていく気がした。
初めてだが、どこか懐かしく安心した。
調理場で手を動かしながら、ふとマスターがこちらに視線を寄こす。
「外は寒かったでしょう。これ、うちのおすすめです。よかったら。」
その声は落ち着いていて、不思議と安心を溶かし込んでくる。
湯気の向こうに見える横顔は、少し不器用そうなのに、丁寧さが滲んでいた。
気付けばいつの間にか、こちらも話しかけていた。
どこに住んでるのか、どんな仕事をしているのか、ぽつりぽつりと会話が続いていく。
グラスが触れ合う音が響いた瞬間、ふと思った。
この人とは仲良くなれそうな気がする。
まだ始まったばかりの時間なのに、未来の楽しさが小さく膨らんでいく。
いつか常連になって笑い合っているかもしれない。
そんな予感を抱えながら、温かな一杯をもう一度口へ運んだ。
【消えない焔】
山奥のキャンプ場。
2人はテントの前で炭火を囲みながら、バカみたいに騒いでいた。
肉を焦がしては笑い、焚き火に枝を放りこんでは勝手に盛り上がる。
「ガキの頃から変わらんな、俺ら。」
「成長がないとも言う。」
くだらない会話で腹が千切れるほど笑う。
会社では真面目な顔して働いているのに、こういう時だけは年齢を置き去りにできる。
火がパチパチと弾け、星空が広がる。
夢が叶ったとか叶わないとか、そんな話はどうでもよかった。
ただ隣にいるこいつと一緒に笑っていれば。
それだけで、何でもできるような気がした。
「来年も来ようや。」
当然やろ、という声が返る。
焔は小さくても、決して消えない。
今日の笑い声を燃やしながら、明日を照らしている。
【終わらない問い】
海沿いの道を歩く。
夜の潮風がジャケットの裾をふわりと揺らし、遠くで船の汽笛が響いた。
仕事帰り、ふたりは缶ビールを片手に防波堤へ腰を下ろす。
街の光が波に砕けて、ゆらゆらと揺れていた。
「なあ、人生って結局なんやろうな。」
突然の重たい問いも、相手は笑って受け流す。
「知らんわ。けどまあ、こうして飲めるんやったら十分やろ。」
「それはそう。」
いつの間にか笑い声が2つ重なっていた。
空には星。潮のにおい。
遠くを走る車のエンジン音。
大切な答えなんか出なくても、この瞬間がしっかり心に残る気がした。
「明日も変わらん一日やとしてもさ、悪くはないやんな。」
「最高とは言えへんけどな。まあ、楽しくやっていこうぜ。」
2人は缶を軽くぶつけて、一口飲んだ。
終わらない問いが夜空に溶ける。
波が打ち返しても、笑い声はずっと止まらなかった。