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11/4/2025, 1:36:10 PM

【キンモクセイ】

駅までの道がふわりと甘い匂いで満たされていた。
金木犀の花が風に散りながら、アスファルトの上で小さく光っている。

「今年も咲いたなー。」

隣を歩く声に思わず笑いが溢れてしまう。
毎年同じことを言うくせに、まるで初めて気づいたみたいな顔をしているから。

「お前、去年も同じこと言ってた。」

「言ったっけ?」

「言ってたって。しかも全く同じ場所で。」

くだらないやり取りに、ふたりして笑う。
でも、その笑いの奥には少しだけ寂しさがあった。

この道を一緒に歩くのも、もうすぐ終わる。
あいつが遠くの街へ行くことを俺は知っていた。
それでも、わざと何も言わない。
今だけは、いつものままでいたかった。

風が吹いて、金木犀の花びらが舞う。
オレンジ色の粒が光の中を漂って、まるで時間までゆっくりになったようだった。

「来年も、ここで同じ話しようや。」

「うん。約束な。」

そう言った声が少しだけ震えていた。
目の前がぼやけて、金木犀の色が滲む。
それが風のせいなのか、それとも——
わからないまま、歩き出す。
そんな背中に金木犀の光がふわりと滲んでいった。

11/3/2025, 2:24:19 PM

【行かないでと、願ったのに】

夕焼けが街を染めていた。
ビルの隙間から差す光が、二人の影を長く伸ばす。

「お前、ほんとに行くんやな。」

目の前の親友は、荷物を肩にかけ、いつものように笑ってうなずいた。

「行ってくるわ。ちょっと遠くまでな。」

それがどれだけ遠いのか、なんてもう聞けなかった。

駅へ向かう足音が並ぶ。
ふざけて押し合いながらも、笑い声の裏には言葉にならない寂しさが混じっていた。

「お前がおらへんと、なんか落ち着かへんな。」

「たまには静かでええやろ。」

そう言って笑うその声に、喉の奥が詰まった。

改札の前で立ち止まる。

「じゃあな。また、飲もうや。」

軽く手を上げて歩き出す背中に、伸ばした指先が空を切る。

行かないで、と願った。
けれど声にはならなかった。

電車の音が遠ざかる。
残されたホームに、一人だけの笑い声が小さくこぼれる。

「ほんま、勝手なやつやな……」

そう呟きながら空を見上げる。
赤から藍へと変わる空の輪郭が、少しだけ滲んで揺れた。
どこまでも広がる空は、あいつのいた日々みたいにまぶしくて、少しだけあたたかかった。

11/2/2025, 10:37:16 AM

【秘密の標本】

放課後のグラウンド裏。
フェンスの影に腰を下ろして、2人はノートを開いていた。
ページの隅には、くだらない落書きや謎のランキング、誰にも言えない秘密のネタがびっしり。

「これ、ほんまに残すん?」

「当たり前やろ。俺らの黒歴史アルバムやぞ。」

「黒すぎて、見てられるもんじゃないわ。」

砂ぼこりの舞う風の中、2人は笑い転げながら最後のページを書き終える。
1人がペットボトルのキャップをスコップ代わりにして、地面を掘り始めた。

「おい、埋めるんかよ。」

「そう。“タイムカプセルごっこ”」

「ごっこって……誰が掘り出すねん。」

「俺らを忘れた頃、多分まだバカやってる俺ら。」

ノートを袋に入れ、慎重に土をかぶせる。
少しズレた靴跡が二つ並んで、夕焼けに伸びていった。

「これ、見つけれた奴、運ええな。」

「俺らは見つけられへん想定やめてね。」

その言葉で、また笑いが弾ける。
ふたりの笑い声は、グラウンドのざわめきに溶けて消えた。
明日もきっと同じ場所で、くだらない話をしてる――そんな気がした。

11/1/2025, 9:50:07 PM

【凍える朝】

凍える朝。
吐く息が白く膨らんで、風にさらわれていく。
自転車を押しながら信号を待っていると、「おーい!」と声がして振り返った。
手をポケットに突っ込んだまま、あいつが小走りでやってくる。

「さむっ。指終わったんやけど。」

「手袋したらいいやんか。」

「朝の俺にそんな知能はない。」

くだらない会話で笑いながら、コンビニへと避難する。
温かい空気に包まれて、悴んだ指がじんとする。

肉まんを買って外に出る。
湯気が顔に当たって、思わず目を細めた。

「これ持つだけで生き返るわ。」

「手袋みたいなもんや。」

あいつがかじりつくのを見て、「それ絶対猫舌で死ぬやつやん。」と笑うと、案の定「熱っ!」と飛び跳ねた。

道端の霜が朝日に光っていた。
白い息と笑い声が混ざって、世界が少しだけやわらかく見える。

「このあとなにするん?」

「さぁ。とりあえず、もうちょい歩こうや。」

凍える空気の中で、なぜか足取りは軽かった。
寒さを笑い飛ばせる相手がいるだけで、冬もちょっとはマシになる。

10/31/2025, 12:26:46 PM

【光と影】

夜の屋上に集まるのが、いつの間にか恒例になっていた。
缶を鳴らして、くだらない話を延々と続ける。

「あの時のお前、マジで傑作やったわ。」

「もうええって! あれは風のせいやん!」

「お前の顔の方が風よりよっぽど強烈やったわ。」

笑いが止まらず、誰かが床を叩く。
揺れる街のネオンが、俺たちの顔を赤や青に染めていく。
遠くのクレーンが瞬き、下からはタクシーのクラクション。
この街は眠らない。
だからこそ、俺たちもまだ眠れない。

誰も特別な話なんかしてない。
でも、この時間が一番熱くて、一番本気だ。
どうでもいい冗談で互いの疲れを笑い飛ばして。
何度も夜を越えて、気づけば並んでここにいる。

光の下ではしゃぎ、影の中でふざけて、でも本気で向き合って。
この街のどこよりもうるさいこの屋上が、たぶん俺たちの光なんだと思う。

外はもう朝焼け。
光と影が混ざる時間に、俺たちはまだ笑っていた。

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