【見えない未来へ】
薄暗い居酒屋の奥で、二人の男がテーブルを挟んで大声で笑っていた。
仕事の愚痴が始まれば、片方は必ず大げさな身振りで茶化し、もう片方はそれに乗っかってさらに騒ぎ立てる。
店員が苦笑しながらグラスを置いていくたび、テーブルの上はますます賑やかになり、空いた皿はいつの間にか山のように積み上がっていた。
「なあ、俺らの未来ってどうなるんやろ。」
片方がぽつりと言うと、もう一方はグラスを掲げ
肩を揺らして笑う。
「見えへんもの心配したってしょうがないわ! どうせ行くなら、笑いながら突っ込んでいこうや!」
その勢い任せの言葉が、なぜか胸の奥の重さをふっと軽くする。
酔いのせいだけではない、長年の積み重ねみたいな温度だった。
未来なんて霧の向こうで、形も方向もわからない。それでも、こいつと一緒ならかすかに灯る何かに向かって歩ける気がする。
若い頃のように無茶ばかりしてはいないが、その無茶を笑い声ごと覚えている相手が隣にいるだけで、妙に心強い。
帰り際、暖簾が風にゆれ夜気がひやりと頬をなでた。
二人は肩を並べ、くだらない話を延々と続けながら歩き出す。
見えない未来でも、こいつとなら案外悪くない。そんな確信めいた温かさだけを胸に、笑い声を夜道へ放り投げた。
【吹き抜ける風】
放課後の商店街を吹き抜ける風が、二人の買い食い袋をパタパタと揺らした。
「おい、お前それ全部一人で食う気かよ。」
「ちゃうわ。お前がまた途中で欲しがるの知っとるから買っといてやったんやぞ。」
そんな軽口を交わしながら、人混みの中を肩を並べて歩いていく。
風に押されて紙袋が膨らむたびどちらともなく中身を確認し、温かいコロッケや唐揚げをつまみ合う。
「味見ってレベルじゃないやん、お前。」
「風が強い日に食べると旨さ2割増しやわ。」
信号待ちの横断歩道ではレシートが飛び出して、風でひらひら舞うレシートを二人で追いかけ回し、結局どちらも捕まえられずに笑い合った。
「まあええわ。どうせ読まへんし。」
「いや俺は読んだで。お前、また余計なもん買ったやろ。」
「しかたないやん。店員に乗せられたんやって。」
「はいはい、せいぜい乗せられてろ。ばーか。」
やがて公園に着くと、風が木々を揺らしてざわついていた。
ベンチに腰掛け、袋の残りを分け合いながらどちらともなく言う。
「なんか、こうやってダラダラ歩くん好きやわ。」
「わかる。目的なくても、普通に楽しいもんな。」
その肩をまた軽い風が通り抜けた。
ワイワイ言い合いながらも、風みたいに気ままで心地よい時間がこれからも続いてほしいと思った。
【記憶のランタン】
夕暮れの匂いを含んだ風が吹き抜けるたび、胸の奥がかすかに揺れた。
仕事帰りにふと立ち寄った河川敷は、子どもの頃に毎日のように駆け回っていた場所だった。
大人になってからは忙しく、思い出すことすら少なくなっていたのに目の前の景色はあの頃と変わらずにそこにあった。
草むらに腰を下ろすと、ふいにいくつもの声がよみがえる。
川に石を投げて誰が一番遠くへ飛ばせるか競って、全員びしょ濡れになって怒られたこと。
夕焼けに染まりながらあいつらと他愛もない話を延々と続けたこと。
あの時間はただただ楽しくて、明日もまた同じように笑えると信じていた。
今になって思う。
何でもない日々ほど、後になってこんなにも温かいものなんだと。
胸の奥にぽっと広がるその光は、確かにあの頃の自分と繋がっていた。
遠くで子どもたちの笑い声が弾む。
その響きに背中を押されるように、心の中で小さくつぶやいた。
——また、あいつらに連絡してみるか。
きっと昔みたいに、大した理由もなく笑い合える気がした。
【冬へ】
朝から雪が降り続けていた。
二人は駅前で待ち合わせたはずなのに、いつの間にかどちらも相手の頭めがけて雪を投げつけ、挨拶代わりの小さな雪合戦が始まっていた。
通りすがりの人が振り返るほど騒いでいるのに、本人たちはまったく気にしていなかった。
「おい、ぶつけんな!」
「は?負けたほうがジュース奢りやからな。」
そう叫び合いながら、滑る道を走る。
片方が派手に転ぶと、もう片方は腹を抱えて笑いながら手をつかんで引っ張り起こす。
指先は冷たいのに、笑い声はやたらと温かかった。
コンビニで缶ココアを買うと、二人で屋根のあるベンチに腰を下ろした。
息が白く混じり合い、服にはまだ雪が残っている。
「寒すぎやろ。」
「でもテンション上がるやん。ほんまに楽しいわ。次どこ行く?」
寒さなんて、二人で騒げばちっぽけなもので。
肩をぶつけ合いながら歩くその道は、冬なのにどこかほかほかしていた。
二人はふざけ合い、笑い合い、雪の街をワイワイと駆け抜けていった。
冬へ向かう足取りは、雪よりも軽かった。
【君を照らす月】
夜の公園の、塗装が少し剥げた鉄の匂いがどこか懐かしかった。
ふたりは自販機で買った微妙にぬるい缶コーヒーを片手に、古いベンチへと腰を落とす。
沈黙したあと、なぜか同時に缶を開けて同時にため息をついた。
「上司に“もっと前向きに”とか言われたわ。」
「お前にそれ言うの五年遅いな。」
「やんな。」
返事が軽すぎて笑ってしまう。
気の利いた励ましなんてないけど、それがむしろ心地いい。
背中を押すのではなく、隣を歩き、ぼやく感じ。
大人になってから、そういう友逹って案外貴重だ。
ふと上を見ると、雲の切れ間から月が覗いている。やけに弱々しくて、まるで今にも消えそうだった。
「なぁ、あの月絶対やる気ないよな。」
「わかる。なんかへこんでるんやお前みたいに。」
「うるせぇ。お前が言えたことちゃうやろ。」
しょうもない言い合いなのに、じわじわおかしくて気づけば肩が震えるほど笑っていた。
子どもの頃みたいに理由もなく笑える瞬間がまだこんなふうに残っていたなんて。
月は相変わらず弱々しい光のまま。
でも、不思議と2人のまわりだけ少し明るかった。
「明日どうするん?」
「知らんわ。けどまあ、つぶれたら拾ってや。」
「おう。俺もつぶれたら頼むわ。」
錆びれても、くたびれていても、どこか子どもの心が残ったままの2人。
月は相変わらず元気がなかったけれど、友情だけはふんわり輝いていた。