阿呆鳥

Open App
2/12/2026, 1:31:30 AM

【この場所で】

 小中学生で溢れた近所にある公園は、私だけの思い出が溢れた大事な場所で、大好きな人と出会った場所だ。滑り台で遊び、ブランコに揺られ、逆上がりの練習をした。
 鉄棒がずっと苦手で、授業で恥をかきたくなくて密かに練習していた。もちろん上手くできるはずもなく、泣きながら逆上がりをしようと頑張っていた。

「私が教えてあげるよ」

 2個上の女の子が話しかけてくれて、コツや腕の引き方を教えてくれた。習っていくうちに仲良くなり、かけがえのない大事な人となった。それは私からの一方的な想いだったけれど、変わらない親しい関係でいれれば良かった。

 数年が経ち、大きな交通事故が起きた。そして、それに彼女は巻き込まれた。それに悲しんだが、心には憎しみもあった。私を置いて恋人を作った彼女を、少し恨んでいたから。皮肉にも、その事故現場は思い出の詰まった公園だった。
 事故が起きたからと公園は取り壊されてしまい、思い出さえも失くなってしまったように感じている。それでも、私の人生を左右した彼女は一生涯忘れたくない。だから毎日のように公園の跡地へ来て、彼女を思い出す。
 彼女と出会い、恨んだこの場所で。

2/10/2026, 2:31:33 PM

【誰もがみんな】

 生きているだけで、人というものは学習をするらしい。呼吸の仕方、話し方、歩き方、意思疎通……。他の人が感覚で覚えていくことを、僕は理解していかなくてはならなかった。
 何をするにも考えてしまう。これは普通なのだろうか、これは他の人とは違うのだろうか、これは……。

「大丈夫?」

 息が浅くなっていた所、心配した声が降ってきた。心隠したかった部分を覗かれてしまい、心臓が早くなるのを感じながら走り出した。顔も名前も知らない、これから知り合うこともなかったであろう人なのに、自分の汚い部分を見られて恥ずかしかった。
 走り続けて辿り着いた川沿いを歩き、橋の影に隠れると一息ついた。

「はぁっ、はぁっ、はぁ〜……」

 無数に転がる石の上に座ったため、お尻に鈍い痛みが響く。流れそうになる涙をこらえるように強く目を閉じ、深呼吸してから目を開いた。何度かそれを繰り返せば段々と落ち着いていき、気分を変えようと川を覗き込んだ。
 川の中では、優雅に鯉が泳いでいた。赤や白といった観賞用の鯉ではなく、自然を生きる暗い色の鯉。目を細めて行く先を眺めていたが、ふとイケないことをしている気分になって目を逸らした。

 人に見られるのが嫌だ。なにか間違っていたときに指摘されるのも、指摘されないまま惨めな思いをするのも嫌だから。評価を、値踏みをされているような気がして落ち着かなくなるから。
 なのに今の僕はどうだ。鯉に対して評価し、価値を決めつけた。価値をつけるのは、自分より下のやつを見つけて自分を安心させるためだ。結局、下には下がいると知らなければ誰も頑張れないのだ。
 誰もがみんな、知らぬうちに人や自分を選別し、評価して価値を決め、それを売り込んでいるのだ。それが例え欠点だとしても、見る人によっては最高のスパイスだ。
 さて、なにもできない僕はみんなと同じようになれるのだろうか。

2/9/2026, 2:04:02 PM

【花束】

 ――将来はお花屋さんになりたいな。
 そんなふうに語っていた好きな子がいた。恋仲ではないが、友人関係と言うにはあまりにも距離が近い子が。

「また来たよ」

 そんな彼女に会いに行くときは、必ず何かしらの花束を抱えていく。彼女が好きと言っていた花、花言葉を必死に検索して選んだ花、なんとなく素敵だと思った花。その時持っていくものは完全に自分の気分次第ではあるが、全て彼女のことを想って選んだ花だ。
 そんな花束を無機質な石の前に置き、しゃがんでじっと見つめた。

「僕の想い、届いてるかなぁ?」

 長年片想いし続けたが、それは叶うことがなかった。彼女は数年前に交通事故に巻き込まれて亡くなり、手の届かない存在になってしまった。だから、唯一知っている彼女の夢の為に花束を贈り続ける。
 死者を思い出すとき、その人の下には花弁が舞うらしいから。彼女の為に花束を、花弁を贈る。

2/7/2026, 6:18:09 AM

【時計の針】


 実家が時計屋だった。小学生の頃に潰れたが、時計に囲まれて過ごしたのはいい思い出だ。
 仕掛けがある時計もだが、なんの変哲もない時計を眺めているのが好きだった。秒針がコツコツと動き、一周したら分針が動く。分針が一周したら時針が動く。当たり前の事だが、一定の速度で動き続ける針が、私の目にはとても美しく映っていた。
 時計を愛し、店を愛していた私は、時々店の跡地を見に来る。既に飲食チェーン店が立っているが、私には両親の店しか見えない。

「小さい頃はここに時計屋さんあったんだよー」
「時計屋さん? へぇ。今時あったんだ?」

 前を通る男女がそんな話をしていた。女性の方が「家にある時計はここで買ったんだよ」なんて話していて少し誇らしかったのだが、男性の方は「時代遅れじゃない?」なんてバカにしたように笑った。
 頭に血が上って声が出そうになったが、なんとか堪えて唇を噛んだ。どんな店だったかも知らない人に文句を言われるのは、どうしても腹が立つ。女性の方も「確かに、時計屋さんなんてあんまり見ないよね」なんて笑って同意するから、少しの絶望に襲われた。
 生きる上で必要不可欠な時計。時間に支配されている人間にとって、なくてはらならない生活必需品のはずなのに、バカにされるのはとても悔しかった。
 沈んだ気持ちを抱きしめながら、一室に押し込まれている時計たちの元へ向かった。無数の時計の中で、大きな振り子がついた時計は異様な存在感を放っていた。私の生まれたときに特注したという古時計で、すっかり動かなくなってしまったが、お気に入りの一つだ。