【お気に入り】
大好きな映画がある。DVDを大事に大事に保管して、何度も見返すぐらいに大好きなコメディ映画が。
好きな俳優が出ている訳じゃない。世界観の設定も特別好きなものじゃない。それでも何かが心の奥に刺さっていた。
ある日、友人に誘われて映画館にやってきた。特に見たいものもなかったのだが、一人で行きたくないという友人に引っ張られて。
そんな友人は、学園恋愛モノが見たいらしい。私は恋愛モノが苦手だ。どうしても見てる途中でくすぐったくなってしまう。甘い雰囲気の流れる告白シーンは耳を塞ぐし、キスシーンには顔を逸らす。自分に恋愛経験がないからか、どうも恥ずかしくて見ていられないのだ。
しかし、お金を払ってしまった手前、見ないわけにはいかない。帰りたい気持ちを抑え、チュロス片手に大人しく席に座った。
映画が終わった時、私の気分は最高だった。さっばりとした雰囲気で全てが終わり、甘いシーンはラストの数分だけだったのだ。恥ずかしがらずに全てを見ることができて、嬉しくてテンションが上がっていた。隣にいる友人は顔を顰めて「微妙だった」などと呟いているが、私はそれを無視して感想をつらつらと喋り始めた。
「近いうちにまた見に来ようかな。ハマったわこれ」
友人の苦い顔を無視し、スキップしながら帰り道を歩く。お気に入りとなったシーンを思い出し、鼻歌を歌いながら。
【誰よりも】
他の人より優れていたいと思っている。誰かからの期待によるものではない、ただの自分のプライドだ。だけど、努力はしたくない。誰よりも楽をして優れた人間になりたい。いわゆる “天才” と呼ばれる部類の人間に入ってみたい。
そんな思いを抱えたまま迎えた、20歳の誕生日。小学校からの友達や、遠縁になってしまったがたまに連絡の取り合う友達、親戚、家族、バイト先の人……幅広い知人が祝いの言葉をくれた。
親戚、特に女性陣からが酷かった。祝いの言葉だけでいいのに、一緒に小言までついてくるのだ。
「いつまでダラダラとバイト生活するの?」
「手に職をつけたら?」
「やりたいことないわけ?」
全ての問いに濁した言葉を返し、逃げるように遊びに出かけた。高校卒業と共に就職した友人たちに会い、近況報告をした。
仕事が順調、恋人ができた、などの自慢話を聞かされてウンザリしたが、笑って誤魔化した。
そろそろ自分にも運が回ってくるはずだ。原石として鈍い光を放つ自分を見つけ出し、光り輝くまで磨いてくれる人がきっといる。
「ねーねー、ウチらとお茶しね?」
隣りにいる友達に声をかけており、俺は目を合わせない。あぁ、なんで自分じゃないだろう。あぁ、情けない。
【10年後の私から届いた手紙】
中学生の時、ちょうど学校の周年記念があり、その際に未来の自分に向けて手紙を書いた。10年後の自分に向けて、好きなように書いてきてください、と。誰に見られるわけでもない。これは未来の自分しか読まないものだからと、恥ずかしい当時の想いを書き連ねていったのを覚えている。
そんな黒歴史の塊が今日届いた。
「十年後の私へ」
茶色の封筒には、今と変わらない斜めに傾いた字が大きく書かれている。少し憂鬱になりながらも封を切り、三つ折りにされていた紙を広げる。約20行ほどある紙はびっしりと文字で埋まっており、更に2枚あった。当時の私はどれだけ文字を書くのが好きだったんだ。
「お仕事は何してるんだろう。接客業かな? 一回はやってみたい。もしかして、なにか特技を見つけて頑張ってるのかな。今の私は、小説家になりたいです」
当時、本を読むのが好きで図書室に入り浸っていた。いろんな本を読んで、こんなふうに夢を見せてくれる物語を私も書きたいと思っていた。しかし、そんな簡単にはいかない。構成の仕方、世界観、キャラの特徴、全てを把握して物語を進めていくのは難しかった。ちまちまとネットにあげたりはしていたが、反応は悪く「結局これどういうこと?」など批判的な声も多かった。
「国語得意だし、みんなを惹きつけられる本を書きたいな。物語に入り込める私ならきっとできるよね」
夢に溢れた言葉が並び、キラキラして見えた。この時、私はこんなに輝いていたのか。大学受験に何度も失敗し、現実を受け止めるのが辛くて何もかもを諦めた。夢も、希望も、何もかもを捨てた。のらりくらりとバイト生活を繰り返し、毎日死んだように生きている。
「100歳まで生きなくていいから、やりたいことをやりきれるといいな。夢を叶えられてる自分に期待します」
最後の一文に涙が溢れてきた。
ただ生きてるだけの自分が情けなくて死にたくなった。この気持ちをどこかに吐き出したくて、紙とペンを持つ。この手紙に返事を書こう。今のやるせない腐った気持ちに区切りをつけたく、伸び切った髪を束ねて机に向かった。
【待ってて】
待ち合わせには10分前に着くようにしている。相手を待たせたくないし、相手を待たせた時の罪悪感が酷いからだ。それに反し、私の友人たちはよく遅れてくる。それも連絡なしに。最初は少しの怒りと心配があったが、最近は慣れてしまって、こちらから連絡をするようにしている。
『もう着いた。ゆっくりでいいけど、なるはやで』
冗談のように矛盾した言葉を並べ、誤字がないことを確認してから送信ボタンを押した。数分後に電話がかかってきて、息を切らせた様子で早口でまくしたてられる。
「ごめん、すぐいくから待ってて! 寝坊した!」
「そんなことだろうと思った。気をつけてね」
「まじごめーん!」
笑いながら電話を切ると、近くのベンチに腰掛けてイヤホンをつけた。音楽を流しながらSNSを徘徊し、ゆっくりと流れる時間を楽しんでいた。
ふと時計を見れば1時間が経過していた。いくら寝坊して身支度に時間がかかったとしても、1時間はかからないだろう。不安で電話をかけるも繋がらない。何回鳴らしても機械音が繰り返すだけで、明るい声は聞こえてこなかった。
とうとう友情関係の崩壊だと思って帰ろうとすれば、交差点に人だかりと、大きなトラックが不自然に止まっていた。周りの様子から察するに事故だろう。怖い物見たさで、人混みを掻き分けて前の方に出た。腕や足が不自然な方向に曲がった人らしきものが転がっていた。
唐突に吐き気に襲われ、それを堪えながら近くの日陰に避難した。あの人らしきものは見覚えがある。機能まで一緒に笑い、今の今まで私が待っていた人物だ。収まらない吐き気と、溢れてきた涙を誤魔化すように俯いて深呼吸を繰り返した。
その後のことは覚えていない。どうやって家に帰ったのかも分からないし、気づいたら友人の葬儀は終わっていた。いつも私を待たせていた友人は、私を待つ側に回ってしまったようだ。
しかし、私の時間は待ち合わせたときの頃のまま動いていない。毎日のようにあの待ち合わせ場所へ行き、1時間ほど何かを待っている。彼女の最後の言葉に囚われたまま、私はいつまでも友人を待ち続けるのだ。
【伝えたい】
好きな人には好きな人がいるが、その相手は私じゃない。どうしても交わらない想いが苦しくて、叫びだしてしまいたかった。貴方のことを分かっているのは私だけ、一番見てきたのも私だよ、と。しかし、それを叫んだとしてもおふざけとして流されるのがオチだろう。幼稚園の頃からの友達だ。もはや家族だと思っているのだろう、相手は私を意識してくれていない。
「やっぱり、告白してくるわ!」
何かと行動に移すのが早いところも好きだ。相手しか見えておらず、突っ走ってしまう所が長所であり短所なのだろう。どうか告白が成功しませんように、なんて願ってしまう私は相当性格が悪い。
暫くして戻ってきた彼は、顔を真っ赤にさせて「成功した……」と呟きうずくまっていた。視界が歪み、足元がふらついた。あぁ、成功しちゃったんだ。
いつまでも蹲っている彼の頭を叩き、溢れそうになる涙を堪えながら声を出した。
「おめでと」
「おう、まだ夢見心地だわ……てか、なんで泣いてんの? 大丈夫?」
「バカ。悔し泣きだわ。貴様の方が先に恋人ができるなんて……」
「はは、メンゴ」
私が先に彼への想いを伝えてたら、結果は違ったのかな。黒く渦巻く気持ちを吐き出せずに、彼の背中を見つめて呟いた。
「大好きだよ」
伝えられない想いを、いつか正面から伝えたい。