一夜の夢

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1/20/2024, 11:15:21 AM

このまま海の底に、この身も心も沈めてしまおうと思った。
僕らの幸せは出口のない不幸だ。
これが、僕が裏切ったすべてに対するせめてもの誠意だと思った。
同時に、僕は変わってしまった自分を受け入れてゆける気がしなかった。

「波の底にも、都はありますから」
「君らしいね」

ああ、幸せだ。
あなたもそうでしょう。
僕はたぶん笑っている。
ようやくあなたを理解できた感動と絶望が体を突き動かす。

「あなたと僕は出会うべきじゃなかった」
「後悔してるかい」
「…ええ。いやと言うほど」
「私はしていないよ。来世でも」

これだからあなたが嫌なんだ。
僕は痛む身体で、反吐が出そうな微笑みを浮かべるあなたを強く抱き締めた。

ようやくあなたのことだけを考えることができる。
足は既に大地を踏み越えていた。

1/18/2024, 2:18:10 PM

閉ざされた日記が頭の中にある。
君といた数年間を書きつけた日記だ。
君がいなくなった日に、僕は鍵をかけて記憶の奥にそれをしまった。

右耳が熱い。
君の最後の囁きが吹き込まれたのを、耳は憶えている。
日記に閉じ込めきれない君の痕跡は、僕の身体中に散らばっている。

星空。カフェラテ。スイートピー。
君の好きなもの全て、僕の好きな君の全て。
日記の文字は増えていく。
鍵も開けないままに。
僕が君を思い出す度に。

1/17/2024, 5:13:39 PM

木枯らしがコートの裾をはためかせる。
僕は襟元をかき合わせた。
冷え込む冬の朝は、いつもより静かだ。

今日はずいぶん早くに目が覚めてしまった。
まだ慣れないこの街を昼中に歩くのは気が進まない。
しかし、早朝ならば人も少ないだろうと実に3ヶ月振りの散歩に繰り出したのだ。
あなたを起こさぬようにそっとドアを閉め、市場のある方角へ。
帰りがけに焼きたてのパンでも買って帰ろうか。

寝静まる市場をぐるりと回り、活気溢れる日中の様子を想像する。想像は得意だ。

パン屋に辿り着く。
ちょうど開いたばかりのようだ。
あなたは何のパンが好きかな。
特に好みを持たない僕の選択は、必然的にあなたの好みになる。

記念すべき住民とのファーストコンタクトをパン屋の主人と済ませ、僕はほかほかの紙袋を手に家路を急ぐ。
普通に、つまり怪しくない感じで、僕は振る舞えていただろうかと不安になった。
あまり特別な印象を残したくはない。

やっと家に続く小道に帰りつき、僕は少し安心した。
ドアを開け、ただいま、と呟いて、その言葉の懐かしさに驚く。
リビングに足を踏み入れれば、コーヒーの香りが僕を包み込んだ。

「おかえり。散歩はどうだったかな」

キッチンで微笑むあなたに笑顔を返して、紙袋を渡した。
結局店主におすすめを詰め合わせてもらった中身は、あなたのお眼鏡にかなうだろうか。

「バゲットとクロワッサンか。いいチョイスだ」

どうやら当たりを引き当てたみたいだ。
あなたの上機嫌を背中で聞きながら、冷えたコートを壁に掛ける。
僕の世界は再び広がる予感を見せていた。

1/15/2024, 2:46:43 PM

この世界は君に優しくない。
優しい君は、棘だらけの世界を抱きしめる。
ヤマアラシを裸で抱きしめるようなものだ。
自分の流した涙に溺れそうになって、必死に不規則な呼吸をしている。
贖罪する罪人のように。
子を無くした母親のように。

私は君の両目を手で覆う。
瞼の下で忙しなく動く眼球が君の動揺を伝えてくる。
君がすべてを捨てられないのなら、私が君から奪ってあげよう。
君に見せたい、美しいものがある。
君も美しいと思ってくれるだろうか。

波音が響く。
足元は断崖絶壁。
君の涙が作った海は、悲しみと諦めの色をしている。
優しい君を、優しくない私が抱きしめる。
もう世界を見つめない君の瞳は、今は私の理想を映していた。

1/14/2024, 2:25:16 PM

僕は呆然と立ち尽くしていた。
僕の宝物。
誰にも、特にあなたに見つからないように大事に隠しておいたのに、今や見る影もない。

「やあ。遅かったね」

帰ってきた僕に気づいたあなたが顔を上げ、気のない様子で弄んでいた僕の宝物を放る。
嬉しそうに笑っていたあなたは、僕の異常を見てとると困惑したように少し目を丸くした。

「どうして君は泣いているのかな」

あなたの榛色の瞳が心底不思議そうに僕を観察している。
ああ、ほんとにわからないんだな。
僕は怒りや呆れを通り越して、いっそ哀れに思った。
それと同時に、自分と異なる生き物に対する身がすくむ恐怖を感じた。

「…わからないなら、いいです」

洟を啜って、僕はそう言う他なかった。
一刻も早く、この相容れない存在から離れたかった。

「教えて。どうして泣いているんだい」
「いいです、もう。早く出て行ってください」
「君を知りたいんだ」

知らぬ間に近づいてきたあなたは、僕の頬に手を当てて至近距離から目を合わせた。
僕の一挙手一投足も見逃すまいとしている。

「あなたはかわいそうな人だ」

ほとんど吐息のように漏らした言葉はあなたに届かない。
僕は震える瞼を下ろし、世界を向こうへ押しやった。
やがて、興味を削がれたあなたが離れてゆく。
上等な人の皮を被ったあなたは、遠ざかる足音さえも質が良い。
ドアが閉まって、たっぷり3分経ってから僕は目を開けた。
また涙が頬に幾つも筋をつける。
僕の宝物。
かわいそうに。僕も、あなたも。

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