一夜の夢

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2/29/2024, 12:20:32 PM

あなたと過ごした最後の夏は、暑くて、息が詰まって、うんざりするほど苦しかった。
最後まであなたは、わたしの目を見つめているフリをして、その先のどこか遠い場所を見ていた。
ねえ、わかっていたの。わたし。

二人の小さな家を出て、小さな壺だけ持って、それから、列車に乗って北に向かった。
寒くて冷たい北の海に、白く細かなあなたのカケラを撒いた。
海に背を向けて、ようやく泣いた。

わかっていた。
すぐ泣く女が嫌いなこと。
わかっていたの。
臆病でいたいこと。
だからわたし、ちゃんと隠せていたでしょう。

幸せだった。
そう言ったら、あなたがわたしから去っていくことも、よくわかっていた。

2/18/2024, 1:54:01 PM

穏やかな春風が、伸びすぎた前髪を揺らしていった。
春のにおいがする。

何度となくこの窓から眺めた街を、今日僕は離れる。
振り返れば、なかなか幸せな日々だったと言えるんじゃないだろうか。
開け放した窓の外からは、よく晴れた青空が見えた。

愛しき今日にさよならを。
明日になれば、もう戻らないこの街を懐かしく思うだろう。
人々の声で賑やかな通りも、風に翻る鮮やかな洗濯物も、夕暮れに灯る暖かな明かりも、ぜんぶお別れだ。

新しい街は海の近くにある。
春のにおいに潮の香りが混ざるのを想像して、僕は目を閉じた。

2/16/2024, 1:39:41 PM

興味があるんだ。

君はそう言って、私のように笑った。
へえ。君には私はそう見えているのか。
ともすれば内にこもりがちになる君の頭の中身を引きずり出すのが最近の私の楽しみの一つだ。
君は決して認めようとしないけれど、その心の本質は私とさして変わらないだろう。

そう、さして変わらない。けれど決定的に何かが違う。
その違いをも愛しく思う。
誰よりも透明で、誰よりも純粋で、誰よりも私を理解している君。
そんな君の頭を開いて、すべてを食べてしまいたい欲と常に闘っている。

「終わりにしよう」

君は言った。

「すべて告白するべきだ」

かつて、何度も私に諭すように言っていたのを思い出す。
君は今でもそう言えるのだろうか。
私が君の心の湖面に投げ込んだ小石は、波紋を作って確かに君に変化を与えた。
私のために、君は変わったんだ。
私のストーリーの幕引きは、いつか君という最高傑作によって迎えられるだろう。

誰よりも魅力的な君。
クライマックスのデザートまでに、もっと美味しくなってみせて。

2/5/2024, 3:08:11 PM

あなたが僕を切り裂いて、そこから溢れる気持ちは何色。
血と混じって頬を伝い落ちてゆく。
緑色の目をした怪物は、じっと僕を睨んでいる。

あなたの指先が触れて、そこから伝わる気持ちは何色。
伝播する熱は僕の体をあなたの温度に冷やす。
足元がぐらついて、倒れそうになる。

きっとこのまま、僕はあなたと融解してしまう。
夕陽が沈むよりも早く、僕の中身は元の形を失う。

溢れてゆく。こぼれてゆく。
あなたと溺れる夢を見る。
僕らは何色の魚に脱皮できるだろうか。

2/2/2024, 1:11:18 AM

君と暮らしたアパートの近くに、小さな公園があった。
ペンキの剥げたブランコが唯一の遊具。
天気の良い日には、二人で木陰のベンチに座ってとりとめもなく話した。
僕らは若くて、お金は無くて、それでも幸せだった。

ブランコを楽しげにこぐ子どもたちを見つめ、君は何か、憧れるような目をしていた。
僕は君の望みが怖くて、ついにそれを口に出すことができなかった。
若かったんだ。僕は。
なんの責任も持たない人生が楽で、結婚はしたくなかった。

君は物言いたげにときどき僕を見た。
不自然に目を逸らすと、失望の色を浮かべた君の瞳がちらりと見えた。
そうやって少しずつ、君の人生に僕が要らない理由が増えたのだろう。

僕の甘えに君は見切りをつけて、アパートには僕だけが残された。
今日、僕もこの部屋を出て行く。
新しい家のそばにはやはり公園があったけれど、ブランコは無かった。
君のあの目を思い出さずに済むことに、僕はこっそり安心していた。

あの憧れが喜びに変わる瞬間を見たかったなと、君がいなくなってからぼんやり思い続けている。

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