あの幻想のような夏から幾らか季節は巡った。
ぼくの心もずいぶん凪いでいる。
今はすべてが夢だったような心地すらしているけれど、
子供のように瞳を輝かせていたきみの姿を、ぼくは一生忘れないだろう。
砂漠で蜃気楼を追い求めるような果てしないきみの夢。
いくら手を伸ばしても届かないそれを、きみは最後まで諦めなかった。
薄暗い部屋で、あの日ぼくはきみと二人きりだった。
もう届かない言葉をぽつりぽつりと投げかけた。
きみだけが価値があった。
きみの輝きをもっと見ていたかった。
きみに訊きたいことがたくさんあるんだ。
きみは何一つ遺さなかった。
遥かな星空と緑色の輝きを見つめていたきみの虚しさは、この汚い世界でただ一つ本当だった。
過ぎた日を想う。
遠く懐かしい日々は今や彼方に過ぎ去り、
あなたの声さえももはや朧げになりかけている。
忘れないと誓ったのに。
懐かしさが思い出にとって変わり、
何が本当だったかわからなくなる。
悲しみがひどくゆっくりと広がってゆく。
諦めに似た感情が寂しい。
秋の空は遥かに高く、
澄んだ色があなたの瞳を思わせる。
会いにも行けないもどかしさ。
わたしはまだ歩き出せないままでいる。
あの星のどれかがあなたかもしれないと思う。
指で星座をなぞってみる。
驚くほどにある意味では無垢だったあなたは、きっと星座の名前も知らなかっただろう。
あなたとの日々は切なさと暖かさに満ちていた。
あなたがくれたすべてを、わたしはこの先もずっと忘れない。
夜の風は静かに柔らかく、まるであなたのよう。
もう安心よ、と直接言えたなら。
ただ穏やかに過ごせたなら。
何億もの星に埋もれたあなたが、静かにこちらを見つめている。
貝殻を集めて瓶に詰めた。
振ると聴こえる海の音。
きみの足が砂浜を歩く音。
目を閉じて、光に透けるきみの髪を思い出す。
夏は過ぎ去った。
白昼夢の季節が幻のように霞んでゆく。
白い貝殻は入道雲の抜け殻だ。
きみは夏みたいなひとだった。
きみの目に一瞬閃いた、あのきらめき。
きみの命のきらめき。
ぼくの右の指先から流れ込んだそれは、
心臓まで辿り着いて鼓動を速める。
きっときみは知らない。
きみの二つのブルーグレーが燃える瞬間を。
炎は熱いほど青い。
ぼくは眩しさに瞬きした。
あのきらめきの向こう側にある命は、
太陽よりも熱く燃え盛っている。