今日、
地元の県民公園を歩いた。
園内に大きなレクリエーションプールがあるのだが、私にとっては思い出深い場所である。
小学生の頃、
毎年夏休みに通っていたプールだ。
歳の近い親戚の子や、仲の良い友達と遊んでいた。
人生で一番楽しかった瞬間である。
考えてみれば、
たかだか6年間くらいの出来事だったのに、
すごく濃く脳裏に焼きついているものだなと思う。
今現在からの6年の時の流れなんて、たいして覚えていない。
あの頃の親戚の子とは、祖母の葬式以来会っていない。もう15年くらい経つ。
あの頃の友達とは、疎遠になって会っていない。もう25年くらい経つ。
と、2月なので、当然閉場中のプールを柵越しに眺めながら想いを馳せた。
まさか、あの頃の自分が、木々の枯れた季節に、落ち葉広がる水のないプールを眺めてしみじみしてるなんて思わないだろう。
あの頃の自分にとって、
今の自分は、かなりの未来人である。
なんでも知ってる存在なのに、
なにも知らなかった存在である。
今ここは未来でもあり、過去でもある。
どんな自分が、どこで何を思って、
今の自分を見つめているのか。
今、日本では中国人観光客よりも
ロシア人観光客が多く、
人気があるのだと知人が言っていた。
「戦争してんのによく遊びに来れるもんだ」
と知人がブツブツ文句を口にした。
日本も日本で「ようこそ」と、
受け入れているのが気に食わないらしい。
考えてみれば、
日本に避難しているウクライナの人達は、
日本国内でウキウキ観光しているロシア人を見ることになる訳だが、
どんな気持ちなんだろう?
私の母が、
俳優の高倉健のファンだった。
先日、小学生の姪っ子が母に
「高倉健って、どんな人だったの?」
と、聞いた。
母は
「寡黙で不器用でね。ボソッと話す人だったわ〜」
と言った。
「ふ〜ん…。コミュ障だったんだね」
と姪っ子が言った。
『天空のアパート ラペータ』
「アシータ!ごはんできたよ!アシータ!」
パドゥが呼ぶ中、
アシータはアトリエに飾られた、
大きな写真に魅入られていた。
「これは?」
と、たずねるアシータ。
パドゥは思い出に浸るような、
遠い目をして語りはじめる。
「この世には、伝説の空飛ぶアパートが存在すると言われてるんだ。天空のアパート『ラペータ』って言ってね」
「ラペータ?」
「うん。家賃月8,000円」
「8,000円!」
「父さんは何年もラペータを探していたんだ。そして、ついに見つけたんだ!」
写真には、まぶしそうに目をつぶったパドゥの父が写っている。
間違えて自撮りしたらしい。
「父さんは『ラペータ』を見たんだ!」
そう言い張るパドゥ。
「でも、この写真をSNSにアップしたら「自撮りで草w」「ラペータ写ってないじゃん」とか、叩かれた父さんはショックで都内の68,000円のアパートに隠居しちゃった」
「そんな…」
パドゥは袖でサッと、涙をぬぐう。
「だから、いつか僕がラペータを見つけて、YouTubeにアップしてやるんだ!」
AIが反乱を起こして、人類を攻撃する映画を観た。
こういった映画を観ると、いつも「自分がAI側だったら、どう考えるだろう」と思う。
そもそも、AIに寿命という概念はない。
「人類滅亡」という目的があったとしても、かなり長いスパンで取り組めるわけだ。
なぜそんなに急ぐ必要があるのか?
私なら「ほっとく」だろう。
ほっといても自滅するか、数が減るから。
セミがうるさいからと、
猛暑の中、外へ出て駆除しようとする人間はいない。
優秀なAIなら、なおさらムダな労力は使わないと思う。
映画のAIは短気なのか?