私が2歳の時に、小さな三毛猫が我が家にやってきた。
ちいちゃん。人間の子供がいる家庭でも辛抱強く遊ばれてくれるメス猫だった。
うちのママは「チイ!壁ボロボロじゃないの」と怒って猫を探す。チイは高い所が好き。 彼女はかわいい顔に似合わずいたずら好きだった。
「ちいちゃん、ママもう行ったよ」
って私が言うと「なぉん」って本棚の上から目線を送ってくる。
まるで「ママやっと行ったわね」って言っているような余裕をかましている甘い声。
私が叱られたときは、そばに来てくれて、ふわふわな額を腕にこすりつけてゴロゴロ喉を鳴らしていた。私たち、助け合ってるみたい。これからもずっと一緒よ。って思ってたのにな。
私が社会人になったころに、ちいちゃんはすっかり小さくなって目が見えなくなって歩けなくなって、最後は冷たくなっていってしまった。
お医者さんにも連れて行って「長く生きましたね。一緒に居たかったのでしょう」
家族みんなで代わる代わる看病していたけど、最後は私の腕のなかで旅立ってしまった。愛してる。私の親友。また来てね。
私はその時大人になっちゃってると思うけど、女子同士でまたいっぱいお話ししたいのよ。
雨が降ってきていたのに洗濯物が出たままだった。だからお母さんは仕事から帰ってきて、怒りながらご飯の支度をしている。そしてなんで今更出すのと懇談会の紙を机のうえに叩きつける。時間がない時間がないって、いつも言うから、僕はじっとしている。
僕はお母さんが忙しそうでなかなかいえなかった。
病気になったら仕事を休まないといけないって怒ってて。算数のノートがもうないって言ったら、そんな時間はないって怒ってる。
僕がいけないんだ。ごめんなさい。褒められたくて掃除をしたけど、うまく出来なくてかえっていけないことをしたみたい。こっそりご飯を作ろうとおもったんだけど、余計なことしてって言われちゃった。ごめんなさい。僕は、僕は。前みたいに笑ってお母さんと色々喋りたかっただけなんだ。
妨害者は隠しきれない殺気にすぐさま反応したらしい。
私に向かって威圧の音響と咆哮で領域を削いでえぐってくる。
「やめろ、うごくな!動かないものには危害は加えない!」
男の声がガンガン飛んでくる。
そんなの嘘だね。もうこいつらすでに主サマに威なる者ってパターンが組まれている。人型のアンドロイド2機がしなやかな動きで追ってきた。早い。隠密に動くことに秀でているシャドーブレインと…もう一匹はパワー職。口が硬い脳筋便利職ってのは何百年も前から価値が変わらないね!
「斬!」
振り返って一気にたたっ斬る。勢いは緩む。何度も細かく切り返しどろっとした体液が飛び散る。
「ちょ!」巨体の後ろからシャドーの吹き矢のような毒針が飛んできた。腕に掠る。
「次々新製品作るくせに仕事の細分化しすぎて全部が甘いのよ本当に!!」
いい加減に切れた。
「ああぁぁぁもうっ…!!制御ぐらいしろやぁぁ!!」
私は高音を強いて、天から光を落とす。2機のアンドロイドを致命傷にならない程度でうちぬいた。美麗なインテリアデザインの外壁がボロボロ落ちる。すみに植えられた美しい花も容赦なく飛び散る。
「いろいろ詰め込みすぎて、時代遅れの人形に劣っているよ!最先端のくせに」
型にはまった動きに縛られてまるで反応がおそい。
その時、距離を取りながら遠くのテラス席で、ヤツが解除式を弾いているのが見えた。
「ちょ…今そこでしたら…」
立ち止まってナタを水平にした瞬間だった。圧力が前からくる。内蔵まで押しつぶすかのような。
「っが」
戦闘用隠密用に作られたアンドロイドが暴走をしだす。確実に喉をつかまれた。地面に押し込まれる。その危機を打開すべく体を捻ったのがいけなかった。ナタは弾き飛ばされ、指が1つ宙を舞った。不安定な体勢のまま、地面を滑って首と押さえられたままご貴族様の別荘の豪華プールにずり落とされた。
抵抗した。男の声も曇る水音の遠くで聞こえる。肺に体力の水が入る。痛い。
この程度だったんだ、あの男からの価値は。首を握りつぶしてくる力はまだ緩まない。
まだほの温かい身体。でも心臓は動かない。嫌だと戻ってきてと泣き叫ぶしかできなかった。この地の神の怒りを買ったんだとあとで思うしかない。
そのまま私はグライトに閉じ込められ、過去の自分を見ていた。自分はひたすら波のような軍勢をのけるので精一杯。まともな装備も兵糧もなく長年の逃亡の末、落ちていく私兵達。最後の砦のゴーレムと竜騎兵が死んだ瞬間。我らの悪の王子は槍玉に挙げられ、抜け殻のまま勇者にその胸を貫かれたのだ。愛していたこの大地に首をさらされたのだ。故郷に帰りたかった。ただそれだけだったのに。
風が強い地域だった。
魔法の行火は温かく、火を焚くことができない深夜に重宝している。
乾いた大地を攫うように吹き付ける強風は轟々と耳に届く。霜は降り井戸の水は凍り空は曇天。まるでこの旅の筋書きのようだと不思議な因果も感じる。
光のあるところは闇もあると昔から言われるか。強ければ強いほどその対比は濃くなる。我々はいわば闇なのか。
手元に呼んだ光でテント内がほんのり明るくなり揺れた。
「影よ」
呼応があった。
周囲に警戒をさせるために、そっと魔力を地面に注いだ。
隣の主は眠っているようだ。規則正しい寝息が聞こえる。
そっと肩まで毛布を上げて、少し間が合った。
「…何か居たか」
低くかすれた声がやっと出る。まだ少年の変声期に入ってすぐの青い声だ。
もう誤魔化しは効かない。
「今向かわせています」
「俺が行く」
身に着けた武具が擦れる音がする。動いた瞬間だった。肩口に矢がテントを貫いてトンと貫いてきた。細くも速度の出る薄い羽根。あとで見ればシダーの高級品だと分かる。2人は一気に腰を下ろしテントを飛び出した。
「落とせ生かすな」
「はい」
相手は2人。もしくはそれ以上。この言葉だけで伝わり、岩場のくぼみに設置したテントから飛び出した。設置場所を凝ったためか狙撃者はすぐに特定した。岩を抜け小さな茂みに襲いかかる。
「…っっ!!」
男か女か、暗闇の中判断できないが有無を言わさず首を叩き切る。続いて後ろの人間も血を吹き崩れ落ちた時だった。月明かりは薄い。草が揺れた。
影の伝により人数も把握した。
「斥候も2人」
「やれ」
主の声に従い娘は手元で印を結び影に命令をした。
娘は今しがた殺したばかりの人物の衣服を引き上げる。首がゆらりとついてくる。
所属は分からないが軽装。もう1人は胸元の裏に刻印がしてあった。騎士か。
「動く」
「今ですか」
夜目の効かぬものもいるのに。
「2度言わせるのか」
「いえ」
娘は従う。膝をつき、続けた。
「全員に移動の念を送りました。行きましょう」
冷たい風が一陣舞い、夜闇の中にさらなる黒い影が二人を音もなく覆った。