1人になるのが怖かった。
小さな頃からずっと一緒だった子分たちは、私には見えないはるか高くを見ている。わたしが二人を守らなきゃと思ってた時代なんてもう遠い。
皆のためにも強くならなきゃいけなかった。格闘術も精神力も。
追われて、追い詰められて、人ではない悪魔だと罵られる彼の一番近くにいてあげたい。どうか突き放さないで。
突き放されたら私。どこへいけばいいの。
村はもうない。血痕や生きていた証拠は出てくるけど、全部土石流に埋まってしまった。きっとどこかに生き残っている人がいるはず。それをささえに頑張ってきたのに。
土に流されてしまったあの村に、また新しく村をつくろうよ。側にいてくれる人を選べるなら、穏やかで優しいあなたがいいな。
朝が来た。世界が白く明るかった。
生きていていいと言われているようで、ぬるま湯に浸かるように幸せで、羽で包まれているようだった。
カノンはゆっくりと起き上がる。あまり寝ていない。隣にいたはずの人の温もりはすでに無くて、軽く整えられた後が育ちを表している。
「僕はなんてことを…」
朝の鳥たちの歌声が聞こえる。
彼女を問いただすように、無理やりに抱いた。
扉の音がする。
「あら起きた?水飲む?」
そこには前と変わらない幼馴染がいて、カノンは胸にくるものがあり腰巻だけで飛びついた。
「ミレーヌご、ごめん。起きて大丈夫なの!?僕…」
「やだ、ちょっと…」
水がこぼれちゃったじゃないの、と彼女は眉を寄せている。
「ケガとかしてないわよ」
「だって…」
「や、やめてよ。なんか恥ずかしい…」
「僕も恥ずかしいけどっ」
まるで傷ついたかのようなカノン。だって、起きたら彼女は居なくなるかもしれない、良くて嫌悪されるかと思ったのだ。どちらが乙女か分からない…。
「このように熟成させたロードブロアの肉を軽くスモークしてハーブとフライパンで熱する」
「ふんふん」
「スライスして塩コショウ、レモンまたはサワークリームで味付け」
「うまそー」
「リーフ油とで炒めたジャガイモ、インゲン、ライスやパンを添えて肉汁とともに食べる」
「へー。エルフって肉食べるんだね…」
「お前らいつの時代のことを言っているんだ」
「俺野菜しか食べないと思ってた」
「僕は花の蜜って聞いた…」「いやそれ妖精な」「多分間違ってる私ちゃんと肉も魚も食べるわ」
「私エルフは光合成できるって聞いたわ」
「やだーこんな陰湿エルフが光だけで生きていけるわけないよ」
「お前がいうか!」
もうヴィルが消えてから一週間が経った。
王国軍はもう国境を越えた。もはや国と国の戦いでは済まなくなったのだ。置いてきぼりを食らったカノン達は、小さな村で停泊している。
ギールス達は自分を見限り、ティーエは居なくなったヴィルの後を仲間の妖精達と追っている。それこそ町中に、森中に可能な限りの結界を作っていくが、彼の痕跡は見つからない。
カノンは邪念を振り払うように、小雨の中で素振りを続ける。動いていないと頭がおかしくなりそうだ。何もできない自分が嫌だ。誰を信じたらいいのか分からなくて気持ちが悪くなる。
「カノン…」
服はぐっしょりと濡れ、短刀は振るう度に水滴が飛ぶ。わずかな魔法の軌道だけが光っていた。濡れそぼったカノンは、もともとが小柄なのもありさぞかし悲壮感に溢れていたのだろう。一人残ってくれたミレーヌが軒下で見守っている。
「もう休んでよ。いつ、要請があるか分からないんだし…」
「要請なんてきっとないよ」
いつもよりずっと冷たいカノンの声に、ミレーヌが大きな瞳を見張る。仕方なく…というか彼女の出現がいいきっかけだったのだろう。カノンは訓練を終えることにした。
息は上がっているのに身体は冷えて、胃の中さえも奥底が泥のよう。
「おやすみ」
「待ってよ!風邪引いちゃう」
彼女を押し退けて自分の部屋に入ろうとするのに、布を持った細腕が止めてくる。
「どうしてぼくの側にいるのミレーヌ。君もこんな所にいないでもっと安全な所に帰りなよ…」
こんな人間のような人間でない自分の側に彼女がいるのが不思議だった。鬱陶しいとまで思えるほど。
「帰る場所なんか、どこにもないよ…」
ミレーヌが泣いていた。その途端カノンは彼女をものすごく傷つけてしまったのを知った、赤い瞳がすっと茶色に戻る。
「バカね。私達同郷なのよ、帰る場所なんか、どこにもない」
「ご、ごめ…」
そこまで言って、カノンも震えだす。
「こんな半端物に…なんで。ちくしょう」
いつの間にミレーヌはこんなに小さくなっちゃったんだろう。僕たちはいつからこんなに無力に苛まれるようになったんだろう。
(私達にできることをしましょう。どんなに微弱でも)
何度裏切られても敬虔なミレーヌは前を向いていた。
数週間前の彼女の言葉が甦る。ああ、思えばずっと彼女に支えられてきたんだ。
雨は強くなってきた。暖炉の薪が燃えている。もう深夜。
ホットワインを彼女が持ってきてくれた。スパイスが鼻を抜けて甘い香りが残りお腹に落ちて温まる。
同じベッドに座り、子供の頃のように世話を焼いて貰う。
「私が、居る」
暖かい小さな手が甘やかすように撫でてくる。
秋の深まった、ささやかな暖かさのある昼間だった。風は冷たいけれど優しい。
岩間に作られた広場は山奥とは思えないほどなだらかだった。きっとここの主が開墾した跡だからだろう。
遠くで小川の流れる音がする。平屋の小屋は五つ。そのうちの大きな家から子供達が何人か飛び出してきた。耳の長いもの、毛皮や鱗ににおおわれたもの、四足歩行のものもいる。
甲高い楽しそうな声を聞きながら、カノンはぴたりと立ち止まった。
平和な光景だと誰もが口を揃えて言うだろう。
多くが迫害されて逃げ延びた子供や大人、老人達が住まう終の村だった。最初は荷運びの依頼でここまで来たけど、数日過ごしてすっかり愛着が沸いてしまった。はぐれ魔物達が人間と協力して畑を耕し水を運び、手負いの獣戦士達は警備の後継者を育てる様子を今朝見てきたばかりだ。
ここは村としてしっかりと運営されている。少し産業としては弱いけれど、放牧と畑と林業。立派じゃないか。
「どうした、お使いの途中だろ」
「おっちゃん」
2メートルのがっしりしたオーガに話しかけられた。人語が話せるのだ。そしてここの管理者。彼の善意で自分達は置いて貰っている。
「すぐ向かうよ」
「なんだ、寂しそうな顔して」
カノンは言葉につまった。なんでこんな感傷的な気分になったか自分では全然分からなかったからだ。
「そう、かも。ぼくの育った村に似ているんだ」
「ずっと向こうの森を越えたところだったか」
「ここのほうがずっと広いし整備されてる」
光栄だ、とおじさんはにやっと笑った。
「子供なのに、えらい遠くから来たな。良く頑張ったな」
「みんなと一緒だったから」
幼馴染み二人と、妖精と、道連れ二人。賑やかな旅だった。
「それでもえれぇな。そんなに気に入ったなら、うちの子になっちまえ」
大きな手ががしがしとカノンの頭を撫でる。
逃げたい。遠くに。ここに住みたい。みんなと一緒に。でもそれは叶わないんだ。色んな感情が渦巻いて、ちょっと鼻がつんとする。
おじさんは差別をしない。色んな種族な子供達を分け隔てなく愛情深く育てている。夢の未来をみているようで…切なかった。