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11/6/2024, 11:05:57 PM

暗い水底で微睡んでいた。
目を開けたとて、見えるものは何もない。そも見るための目も、開けるための瞼もなかったと気づき、内心で笑った。

とても静かだ。
ここには鮮やかな色彩も、煩わしい喧噪もない。分かるのは身に纏わり付く水の感覚と、己を抱く男の腕。
優しい男だ。それでいて他の誰よりも哀しい男であった。
ここで眠る誰もが口をそろえて答えるだろう。
そこにどのような理由があれど、男が皆/己を慈しみ、掬い上げてくれた事には変わらない。男の愛する者と共に行くという選択肢もあっただろうに、こうして皆/己の慰めとして沈むくらいには。

穏やかな意識の端で、取り留めのない事を考える。
欠落を抱えた満たされない飢餓感も焦燥も凪いだ今、戯れのように思うのはそんな些細な事ばかりだ。時間という概念すら曖昧な水底で、満たされた思いは呪を歌う事もなくただ揺蕩い、微睡み続けている。

少し眠ってしまおうか。
男の腕に身を預け、心地良さに意識が沈む。そのまま抗う事もなく、静かに、眠りに。

――光が差した。

一筋の、だが暗い水底では眩いほどの光が差し込んだ。
時折地上から降りる淡い光の珠ではない。真っ直ぐな刃の燦めきにも似た光。
誘われるようにして、男の手が伸びる。
光とは救いだった。水底に縛られ続ける皆/己を掬い上げ、還す事の出来る唯一のもの。
以前より光の珠を集めては皆/己を還していく男が、光に手を伸ばすのは可笑しな事ではない。
いつもの事。いつもとは違う光。

――呪の歌が響く。

波紋が鎖となって、男の腕を掴み留める。
背後の男が、息を呑んのが振動で伝わった。
今まで呪を歌う事なく微睡んでいた髑髏が、前触れもなく歌い出したのだから無理もないのかもしれない。
皆の困惑が伝わってくる。己のこの行為を、己自身すら分かっていない。

だが。しかし。
何故か何処かで警鐘が鳴っていた。





獣道を駆け上がる。
すぐに息が切れる脆弱な自分の体が恨めしい。

ただの夢だ。それは分かっている。
それでも、夢だからと一笑に付してしまうには、あまりにも怖い夢だった。
行った所で意味はない。出来る事など何もないと分かっていても、急く足はあの池へと向かってしまっていた。

「あーちゃん!もう少しだから」

息が切れ、足が縺れて転びそうになる度に、前を行く親友が手を引き踏み止まらせる。不安と諦めとが混ざり、混乱する思考を前へと進ませる。

そうして辿り着いたその場所に、夢だけでは見えなかった怖いものが何であるのかを知った。

「っ、住職様!」

傷だらけで倒れている住職に駆け寄る。抱き起こせば微かに息はあるものの、流れる赤と戻らぬ意識に不安が押し寄せる。

「まだ死んじゃあいないぜ。それに邪魔をするそっちが悪い」

知らない声に顔を上げる。
池の前。四人の子供達が何かをしているのが見えた。

「何、してるの」
「別に。呪いを解いているだけだ。悪い事ではないだろ」

呪いを解く。
意味が分からず、それでも止めなくてはと立ち上がりかけ。
その瞬間、頬を冷たい何かが掠めていった。

「あーちゃん!」

側で様子を伺っていた親友が、庇うようにして前に立つ。
頬に触れれば、ぬるりとした感触。ちり、とした痛みに、切られたのだと分かった。

「終わるまでおとなしくしてろよ。つか、ちびすけ。まだ終わんねぇの?」
「糸を取らないんですもの」
「警戒されてしまっているんですもの」
「深すぎて、よく見えない、から、糸をかけるの、難しい」

親友の背に阻まれて、彼らが何をしようとしているのかは見えない。けれど会話の内容から、良くない事だと直感的に感じた。
親友も何かを感じたのか。彼女の足が一歩、前に出る。

「紺《こん》、駄目っ!」

嫌な予感に立ち上がり彼女の手を引く。
だが遅い。手を引く瞬間に、彼女の背越しに見えたのは、舌打ちをする少年と白の光の線。
彼女に向けて投げられたナイフが、彼女を。


「止めて下さいな。ワタクシの紺に傷をつけようなどと」

目を灼く赫の炎。
親友を守る壁のように燃え上がり、ナイフを呑み込み跡形もなく消える。

「下がりなさい、紺。そこで倒れている男の側でおとなしくしていなさい」
「狐さん」

炎を纏い現れたのは、朱色の毛並みをした大きな狐。
親友が安堵の笑みを浮かべ親しげに呼ぶ様子から、この狐が彼女の大切なモノなのだろう。
掴んだままの手を改めて引く。こちらを見る親友を促して、住職の所まで数歩下がる。
邪魔になってはいけないと、本能が告げていた。

「邪魔なのが出てきたな。別にいいけどさ」

地を蹴り、距離を詰める。流れるような動きで手にしたナイフを狐の喉元へ突き刺すが、それよりも速く狐の裂けた尾の一つが少年の体を横殴りに飛ばした。

「面倒くさい尻尾だな。じゃあ、こうするか!」

宙で回転し、勢いを殺さず無数のナイフを狐に投げつける。
しかしナイフが狐に届く事はない。振った尾から現れた炎がすべてを呑み込み消していく。
とん、と少年が地に降りる。その表情に焦りはない。
また一つナイフを投げ。炎がそれを呑み込み。

だがナイフは消える事はなく、炎を纏ったままに狐の尾に突き刺さった。

「狐さん!」

駆け寄ろうとする親友の手を強く握り、引き止める。行った所で足手まといになるだけだ。それを分かっているのだろう。手は振り解かれる事はなく、小さなありがとう、の言葉と共に側に寄り添うようにして座り込んだ。

「少しは楽しめたけど、まあこんなもんか。案外あっけないな」

にやり、と少年の口元が弧に歪む。幼い外見に似つかわしくない鋭い眼が狐を見て、そしてその背後にいる自分達を見た。
視線が交わる。少年の口元がさらに歪んだ。
狐の尾が少年の視線から隠すようにして振られる。現れたいくつもの炎の玉は少年へと向かい。

「馬鹿なやつ。獣だから頭は良くないのか」

その言葉と同時に。炎の玉が炎を纏ったナイフへと変わり、そのすべてが向きを反転させた。
そのまま狐の尾に、体に深く突き刺さる。
ぐらり、と傾く狐の体を、親友と二人声も出せずにただ息を呑んで見つめていた。



「愚かなのは、果たしてどちらなのでしょうね」

静かな、それでいて澄んだ響きの声。
少年から笑みが消え、訝しげなものへと変わり。一つ遅れて複数の悲鳴が聞こえた。

少年よりも奥。池のすぐ側にいた二人の幼い少女達が悲鳴を上げている。
少女達の間には、目の前の少年よりもさらに幼い少年。その背には燃えるナイフが突き刺さり、音もなく静かに崩れ落ちていく。

「晴《はる》っ!」

振り返りその様を見た少年が、叫ぶようにして崩れた少年の名らしきものを呼ぶ。地を蹴り、素早く彼の元へと走り寄った少年の手は、けれど彼に触れる事はなかった。

「ぐ、ああぁあ!」

赫の炎が少年を焼く。
背を、腕を、足を、頭を。赫が覆い、見えなくなってしまう。
悲鳴が響く。泣く声がする。あぁ、と声にならない呻きが溢れ落ちた。


「はいはい。そこまでにしてよ。ちびたちは幼いからね、まだ良い事と悪い事の区別がつかないんだ」

知らない声。
いつの間にか現れたのは、自分達とさほど年頃の変わらない少女。
目の前の惨状など一切気にせず、子供達の方へと歩いて行く。

「それで納得は出来ぬと分かっているでしょう」

狐が少女に声をかけ、少女の足が止まる。

「そうだね。じゃあ、おちびが怪我をさせた人の手当で妥協してくれない?」
「必要ありません。そこのもどき等を回収してもらうのが最良だと言われております」
「もどきって。おちびたちはまだ人なんだけど」

呟く少女の表情からは何も読み取れない。
目の前の光景に一切取り乱す事なく、戸惑う事もなく狐と話をしているその姿は、とても異様で小さく体が震えた。

「今回は完全にこちらの落ち度だからね。おとなしく言う事を聞いておくよ…ほら、帰るよちびたち。様子見だって言ったのに、何してんのさ」

子供達へと歩み寄り、声をかける。
泣く少女達が側に来た彼女の姿を認めて、抱きついた。

「あるじさま!」
「晴が、嵐《あらし》が!」
「わたしたちがわがままを言ったから」
「失敗したの何とかしようとしたから」
「分かってるよ。大丈夫。それに二人とも問題ないよ。そうでしょう?」

振り返らずに少女が声を上げる。
何がとは言われずとも彼女が言いたい事を理解して、狐は尾をゆるり、と振った。
炎が消える。
少年達の焼かれた跡も、刺された跡も何一つなく。
まるで夢でも見ていたみたいに。

「ほらね。全部あちらは知ってたし、こうなる事も分かってた。嵐、起きてるでしょ。晴をつれて戻るよ」
「師匠。悪ぃ」

炎に焼かれていたはずの少年が起き上がり、少女に小さく謝罪をすると、倒れているもう一人の少年を抱き上げる。

「あちらの眼は本物だからね。仕方がない事だよ。さ、早く帰ろうか。水と鏡は繋がっているから、帰り道は水の先だよ」

彼女の言葉に反応して、池の水面が緩やかに盛り上がる。
高く上がった水は左右に広がり。言葉通りに、水の先の景色がどこか暗い室内を映し出す。

「それじゃあ、帰ろうか。痛くて怖い思いをさせてごめんね」

振り返り、こちらに視線を向けて彼女は謝罪する。
申し訳なさそうなその顔に何も言えずに、ただ首を振った。
小さく笑う。そして子供達を促して、水の中へと足を踏み入れ、姿が消える。
ばしゃん、と重力に従って水が落ちる。その音にはっとして、繋いでいた親友の手を離した。

「狐さん、大丈夫」
「問題ありませんよ。傷もありませんしね」

狐の姿が揺らめいて、狐から人の姿に変わる。
以前親友に連れられて行った、神社の宮司の姿。彼女の、大切な人。
その姿には、刺されたはずのナイフの傷はない。

「狐は化かすのが得意なのですよ。それよりも、アナタ様の傷とそこの男の傷の手当をしなくてはいけません」

彼の言葉に、未だに意識が戻らない住職に触れる。
暖かい。その温もりに安堵する。

「傷は深くはありませんから、心配はいりませんよ。先ほどは紺を止めて下さりありがとうございました」

ふわりと微笑んで、住職を抱き上げる。
お礼の言葉には、ただ首を振る事しか出来なかった。

「あーちゃん、いったんお寺に行こう?あーちゃんの傷も手当てしないと」
「うん。そうだね」

親友に促されて立ち上がる。
子供達が何をしたかったのかは、結局分からないままだ。

不安に押しつぶされそうな気持ちを誤魔化すように。
差し出された親友の手を取り、心配する彼女に向けて大丈夫だと笑ってみせた。



20241106 『一筋の光』

11/5/2024, 4:29:52 PM

黄昏時。校内の一角で。
花の咲かない一本の椿の木は、ただ静かにそこに在った。

手を伸ばし、葉に触れる。艶めかしく硬い濃緑色が騒めき、手に小さな白椿の蕾を落とした。

「花?」

首を傾げ椿を見上げる。変わらずそこに花は一輪も見えず。
ただ控えめに葉を騒めかせるその様は、何かを訴え続けているようにも見えた。
手のひらの小さな蕾を見つめ、指先で軽くつつく。硬く閉じた蕾が花開く事はないのだろう。けれどその白は記憶にはない懐かしさを思い起こさせ、唇が笑みを形取る。
促されるようにして目を閉じ、そのままその白に唇を触れさせた。


ざわり、と風が葉を揺らした音がした。
ざあざあと、たくさんの木々が騒めいている。
体に風を纏う感覚。花の香が鼻腔を擽り、心地良い。
目を開ける。そこに椿はない。
空が近く感じる。どこまでも続く澄んだ青に、目を細めた。
これは、今見ている眼は鳥のものだ。
椿の花を通して、鳥の眼で見ている。
何処へ向かっているのか。迷いのない視線はある一点だけを見ている。只管にそこへ向かって飛び続けている。
次第に高度が下がり、木々が近くなる。目的地が近いのだろう。木々の間を抜け、奥を目指す。

そして。
視線の先、一人の男の姿を捉えた。
振り返る男が差し出す腕に、勢いを殺して静かに止まる。

「また来たのかい?物好きだね」

ふわりと微笑う男が出したもう片方の手に、咥えていた何かを落とす。
かさり、と軽い音。
藤の一房。

「どこから採って来たのやら。あれの庭でない事だけは確かなようだけど」

房をつまみ、懐かしさのような哀しさのような複雑な感情を浮かべて男が呟く。
ふふ、と小さく声を漏らし。止まり木にしていた腕を軽く振って、空へと放たれた。

「折角だ。ありがたくもらっておくよ。あの子の慰めにでもしよう。君もそれを望んでいるんだろう」

近くの枝に止まり男を見るが、これ以上話すつもりはないのだろう。背を向け男は歩き出す。
しかし、ふと何かを思ったのか、立ち止まり振り返る。

「俺の扱いに困った周りが、俺を封じるために動きだしているからね。そろそろ次の止まり木を見つける事だ。いくら待とうと、あの子はもう目覚める事はないし、還る事すら出来はしないのだから」

あの子とは誰の事だろう。
疑問に思えど、男はそれだけを告げて今度こそ足を止めずに去ってしまう。
その後ろ姿をただ見つめていた。


眼を閉じる。
空気が変わる。木々の、花の匂いではなく、冷たく湿った匂い。
風が澱んでいる。ぬるくざらついた不快な風が、背を撫で上げ去って行く。
眼を開ける。そこには椿も木々もない。
視界が低い。横たわっているのだろうか。霞む視界で見えるのは黒い地面と木の格子だけだ。

「何をしているんだ、まったく」

背後から声が聞こえた。
先ほどまで聞いていた、男の声。
視界が揺らぐ。大きく咳き込んで、光る欠片を吐き出した。
小さな欠片。炎に似た揺らめく光は、砕けてしまった魂のそれ。

「あれの庭に行ったのか。欠片を取りに」

じゃら、と金属の擦れる音。
背後から伸びた手が、欠片を取り上げ戻っていく。

「馬鹿だな。足りないよ。これだけではあの子になるはずもない」

まだ足りないのか。
もう一度飛べるだろうか。
翼に力を入れるが、僅かにも動く様子はない。そもそもまだ翼は残っていたのだったか。
頭を擡げて確認しようにも体は重く、視界は少しずつ霞んでいく。

「無駄だよ。残るものは殆どない。時期に終わるその命ですら、終わった瞬間に砕けてしまうのだろうね。あの子のように」

そうか。終わってしまうのか。
他人事のように考える。霞み見えなくなっていく視界で、せめて、と男を探した。

「馬鹿だね。そこまでして逢いたいのか。それならば、あの子の足りない部分を君で埋めてみるかい」

じゃらり、と金属の音がして。
視界がぐるり、と変わる。抱き上げられたのだと知ったのは、男の泣くように笑む顔が見えたからだ。
手が瞼に触れる。視界が黒に染まる。

「あの子と君と。一つにした所であの子になる訳ではないけれど、このまま消えてしまうよりはいいのだろう。君にとっても、あれにとっても」

淡々とした男の声。
本意ではないのだろう。だがこのまま無駄に消えていく生を捨て置く事も出来ない程には優しいのだろう。
願ってもない事だ。声も出せぬ身であるが是と答える。

「仕方ないね、まったく。じゃあ、お休み」

柔らかな声。口遊むのは呪いか、慰めの歌か。
どこか懐かしい、それでいて哀愁を誘う旋律に、身を委ねて。
そして、眼を閉じた。





「黄櫨《こうろ》」

聞こえた声に目を開ける。
変わらぬ暗闇と触れている熱に、目を塞がれているのだと知る。

「神様」

彼を呼ぶ。名で呼べと言われてはいるが、どうしてもそう呼んでしまうのは、きっとその呼び名が馴染んでしまっていたからなのだろう。
目を塞ぐ手を外される。目の前に椿。手のひらには、開いた椿の花。
そして、藤の花びら。
役目を終えたかのように、花は光となって消えていく。

「椿に呼ばれた気がしたの。椿が視せたものを、神様も視た?」
「あぁ、視た。よくやったな、黄櫨」

頭を撫でられる。心地よさに目を細めて。
気づけば、最後に聞いた旋律を口遊んでいた。

「古い術だな。異なる二つを一つにし、新たに作り上げる。そういう術だ」
「どこか哀しい旋律だね」
「哀しかったのだろうよ。あの男は。己が封じられる事よりも、目の前で失う事がよほど哀しかったのだ」

そっか、と呟いて目を閉じる。
背後の彼に身を預け、旋律を口遊んだ。

「案ずるな。お前の躰は必ず取り戻す。小娘の言う声とやらも切った。あの屋敷に近づきさえしなければ、二度と聞こえまい」

答える代わりに、撫でる手を取り擦り寄った。
椿の意図が見えない。
彼が理解したものが分からない。
封印されたはずの元の躰が何処へ行ったのか。誰が何の目的であんな呪の塊を持って行ったのか。
彼は何一つ教えてはくれなかった。
哀しい訳ではない。ただ、知らない所で大切な誰かが傷つくのが怖かった。

「一つ誤れば、禁術の類いとなるだろうものも、黄櫨が歌えばすべて祈りに変わるのだな」

微かに驚きを滲ませた声音に、目を開ける。
椿が咲いていた。

咲き乱れる白椿。
陽の落ちた暗い空に昇る、いくつもの小さな光。

その光を、椿を、懐かしいと感じた。
胸を締め付ける切なさに、何故か無性に泣きたくなった。



20241105 『哀愁を誘う』

11/4/2024, 9:44:49 PM

暗闇の中、幼い泣き声が響く。
部屋の奥に置かれた姿見の前で、鏡に寄り添い幼い少女が泣いている。よく見れば少女の手や頬には刃物で斬られたような一筋の線が走り、手や頬を赤に染めていた。
鏡に映る少女の姿はさらに傷だらけだ。指はいくつかなく、頬の傷は耳にまで達している。
はらはらと涙を溢して少女はしゃくり上げる。鏡越しの自分と手を重ね、その傷を痛みを共有するように新たな赤が溢れ落ちる。


「おちび」

いつの間にか、少女の背後に立つ人影が声をかける。
少女よりは大きく、けれども大人というにはまだ幼さが抜け切れていない。低めではあるが、女性特有の柔らかな声音に、鏡に寄り添う少女だけが振り返る。

「あるじさま」
「ごめんなさい、あるじさま」

鏡の前の少女と、鏡に映る少女が口々に人影に向かい謝罪する。それには言葉を返す事なく、人影は少女の側に寄ると、傷だらけの手を取り頬に触れた。

「また派手にやったね。でも全部ただのかすり傷だ。こうして触れば傷跡一つ残らないよ」

触れる指先が傷をゆっくりとなぞり上げる。触れる痛みに少女の眉が寄るがそれも一瞬。手が離れれば、そこに残るものは何もなく。

「ほら大丈夫。おいで、次はキミの番だ」

鏡に向けて手を伸ばす。その手に鏡の中の少女が手を重ねれば、人影は鏡に手を沈め少女の手を掴み引いた。ずるり、と鏡から出た少女に笑いかけ、人影は先ほどしたように頬と手に触れた。

「いくつかなくなっている気もするけど、気のせいだよ。全部かすり傷。触って離れたら元通りさ」

その言葉の通り、頬から耳にかけての傷は人影の指がなぞり上げた側から消えてなくなり。欠けた指も頬の傷から離れた手と触れていた手に包まれて。その両の手が離れた時には欠けていた事などなかったように、小さな五本の指が離れた手を追いかけて、服の裾を控えめに掴んだ。

「ありがとう、あるじさま」
「でも、ごめんなさい」
「永遠の呪いをほどく事が出来なかったわ」
「紐が切られてしまったわ」
「仕方がないよ。相手が悪い」

二人となった少女を宥めながら、鏡を見る。
そこに少女達の姿はおろか、人影の姿さえ映ってはいなかった。
鏡の縁に触れる。見つめた所で、そこには誰の姿もない。

「まだ戻っていないのね」
「あれからずっと戻ってないのね」
「大丈夫かしら」
「迎えに行った方がいいかしら」
「心配だわ。何もないといいのだけれど」
「怪我をして動けなくなっていないといいのだけれど」
「こら。不用意に言葉を紡がない」

窘めれば、不安を口にしていた少女達が、ごめんなさい、と口々に謝罪する。
まったく、と声に呆れを乗せた人影は、それでも鏡から視線を逸らす事はなかった。
それは鏡を通して何かを見ているようでもあり。何かを待っているようでもあった。

不意に、鏡が水面のように揺らめいた。
波打つ鏡面が次第に明るいどこかを映し出す。
室内ではなく、外のようだ。木と花と古めかしい屋敷。
べん、と弦の音。屋敷の濡れ縁で誰かが、三味線を。

ぴしり、とひび割れる音。
明るさが消え、一歩下がったその瞬間に、鏡が粉々に砕け散る。
きゃあ、と悲鳴が上がる。慌てふためく少女達に、大丈夫、と声をかけながら、人影は砕けた鏡の破片を見つめていた。
「師匠。なんかすっごい音したけど、どした?」
「何でもないよ。鏡が割れただけ」
「鏡が割れたって、それ結構大変じゃん」
「危ない。割れるの、触るのは駄目」

鏡が割れた音を聞きつけたのだろう。扉が開き、手を繋いだ少年達が入ってくる。
一人は割れた鏡の破片に顔を顰めながら、少女達をその場から離し、もう一人は人影の手を控えめに引いた。

「大丈夫だよ。鏡は割れるものだ。それでいて、流動するものでもあるからね。一晩経てば元通りになるよ」

人影の言葉に、鏡の破片がかたり、と音を立てた。
かたり、かたりという硬い音は、次第にぴしゃり、ぱしゃん、と液体のような音に変わり。音を立てながら破片は一つに纏まって、鏡の中に吸い込まれていく。

「相変わらず、師匠はすげぇよな」
「当然よ。あるじさまだもの」
「あるじさまは素敵ですごいのよ」

鏡が修復されていく様に思わず吐いて出た少年の言葉に、少女達が自分の事のように胸を張る。それをはいはい、と適当に流しながら、少年はそのあどけない姿には似つかわしくない強く鋭い眼をして、人影に笑いかけた。

「で?どうする、師匠。ちびすけが失敗した呪いを解きにまた行くなら、今度は一緒に行ってやってもいいぜ」
「いや、いいよ。必要ないって言われたなら、これ以上は手を出せない」

約束だから、と呟けば、約束か、と冷めた声が返る。
くすり、と笑う声。

「しばらくは様子見かな。こちらから積極的に動く必要はないし、まだ全部が未確定だ。あちら次第ではあるけれど、ごっこ遊びばもう少し続けられそうだよ」

人影の言葉に、それぞれが笑い頷く。
愉しそうに、互いに寄り添い嬉しそうに、幸せそうに。
口元だけで笑みを浮かべた少年が、引いていたままだった人影手と手を繋ぎなおす。
もう一人の少年は、そんな少年の空いていた手と繋ぎ嗤う。
同じ顔した少女達は互いに手を繋いだまま、きゃらきゃらと笑い人影に抱きついた。

「相変わらず、甘えただね。ちびたちは」
「あるじさまが大好きだもの」
「あるじさまと一緒が嬉しいもの」
「師匠と姉弟ごっこするのは結構愉しいぜ」
「おねえちゃん、呼ぶのは、好きかも」
「本当に物好きだね」

呆れを乗せた声は、それでもどこか優しさを含み。
少年少女達に促されるままに部屋を出る。


誰もいなくなり、静かになった部屋の奥。
割れたはずの鏡が、水面のように波紋を一つ音もなく起こした。



20241104 『鏡の中の自分』

11/4/2024, 12:46:04 AM

「曄《よう》?眠れないの」

暗い部屋の窓際で外を見る親友に声をかける。
振り向いた彼女は、どこか夢から覚めたような呆けた顔をして、あぁうん、と気の抜けた返事をした。

「どうかした?」
「どうかしたはこっちの台詞なんだけど。眠れないの?」

親友の側へと歩み寄りながら、もう一度問いかける。
数回瞬きを繰り返し、眉を寄せて視線を逸らす。それは何かを隠していると言うよりも、どう説明していいものか迷っているように見えた。

「あいつは。まだ戻ってないの?」

あいつとは神様の事だ。
首を振る。数日前に険しい顔をした彼に、社に戻ると告げられてからそれきりだ。

「そっか。まだなんだ」
「悩み事?私には言えない事?」
「言えないというか、どう説明したらいいのか」

歯切れの悪い調子で、視線を彷徨わせる。何かを言いかけて口籠もる彼女を待っていれば、迷いを宿した目をしながらも。あのさ、と静かに口を開いた。

「あたしのママの実家の離れに、元々守り神だった化け物がいるんだ。夏の間と呪われた人が近くにいる時だけ起きて出てくる。時間を繰り返したり、呪われた人を攫う、そんな化け物。きっと覚えてない、だろうけど。夏休みに会った事がある」

それは元の体の時の記憶だ。だから迷っていたのか。
覚えいていないと首を振れば、だろうね、と返される。

「叔父さんから連絡があった。化け物が、クガネ様が起きたって。夏でもない。街に呪われた人なんていない…それなのに起きて、しかも離れから出たって」
「それは」
「気にしすぎ、なんだとは思う。でもあいつも戻ってこないし。落ち着かなくて」

作った笑みを浮かべ、外を見る。
街の灯りが夜を少しばかり明るくしてくれてはいるものの、それでも暗い事には変わらない。
その暗がりのどこかに、彼女の言うクガネ様がいるのだとしたら。縁を辿ってここまで来たとしたら。

「大丈夫だよ。私も曄も呪われてなんかいないし。呪われた、というか、呪の塊ならお社にあるけど厳重に封印されているし。だからここに、クガネ様は来ないよ」

言い聞かせるように、不安を取り除くように、強く言葉にする。
そっと親友の手を取る。随分と冷えた手を温めるようにして、両の手で握れば、彼女の笑みが少しだけ柔らかくなったのが分かった。

「そう、だね。やっぱり気にしすぎ、なんだよね」
「そうだよ。だからもう寝よう?」

握る手を軽く引いて促す。
ふっと短く息を吐いて親友は立ち上がり、握っていた手にもう片方の手を添えた。

「ありがと。少し落ち着いた」
「どう致しまして」

視線を合わせてお互いに笑い合う。片手を離し、残った方で手を繋いだ。

部屋に戻りながら、横目で彼女の様子を伺う。
落ち着いたとは言っていたものの、その表情は普段と違いどこかぼんやりとしていて。歩きながらもその目は窓の外に向けられていた。

「あのさ。提案があるんだけど」

足が止まる。
窓から視線を逸らしこちらを見る目は、声をかける前と違っていつもと変わらない。それに胸中でほっとしながら、繋いでいた手を軽く上げた。

「今日、一緒に寝てもいい?お布団持っていくから」
「別にいいけど…いや、それならそこの小上がりの和室で布団敷いて寝ようか」
「いいの?」
「いいよ」

手を離し、彼女は小上がりの下の収納を引いて、中の客人用の布団を取り出していく。それを和室に敷きながらもう一度、いいの、と尋ねれば、彼女はいいよ、と同じ答えを返して笑った。

「仕舞い込んだままよりは、こうやって使う方がいいからね。明日は晴れるみたいだし、そのまま天日干ししようか」
「そうだね。それにしても曄のお家は何というか、すごいね」
「ママもパパも心配性だから。この家も元々は家族で移るつもりで新しく建てたくらいだし。まあ、仕事の関係で一緒に住めなくなっちゃったけどね」

よれたシーツを手早く直しながら、親友はだからね、と続ける。

「黄櫨《こうろ》達が一緒に住む事になって、二人ともすごく喜んでたんだよ。さっさと仕事に切りをつけてお参りに行ってお礼をしなければ、って張り切って仕事してるくらいには」
「愛されているんだね、曄」
「そうだね。だからあまり心配かけさせたくないんだけどな」

直した布団に潜り込み、顔だけを出してこちらを見る。
同じように布団に潜ると、彼女は迷うように視線を彷徨わせてから、怖ず怖ずと片手を布団から出した。

「寝るまで、手を繋いでていい?気のせいだけど、一応念のため」
「いいよ。理由は聞かない方がいい?」
「大した理由じゃないんだ。気のせいだし」

手を出して、彼女の手と繋ぐ。
繋いだ手を見て、外を気にして。
目を閉じて一つ深呼吸をすると、気のせいだけど、と彼女は目を開け繰り返した。

「声が聞こえる。離れで聞いた、クガネ様が誰かを呼んでいる声。気のせいだけどね。こうして手を繋いでいれば、声は殆ど聞こえなくなるから」

繋いだ手を見る。
少しだけ強い力で繋がれて、まるで縋られているみたいに見えて苦しくなる。

「うん。それは気のせいだ。私には聞こえない。だから大丈夫、気のせいだよ」

親友の目を真っ直ぐに見て、言葉を紡ぐ。大丈夫だと繰り返す。
気休めにしかならない事しか出来ないのがとても歯痒かった。

「もう寝よう。朝になればきっと忘れるよ。大丈夫」
「ありがとう。そうだね、もう寝ないと」
「おやすみなさい、曄」
「おやすみ、黄櫨」

目を閉じる。手は繋いだまま、寄り添うように。
朝が来れば。暗がりがなくなりさえすれば。

大丈夫、と繰り返す。
どうか、と祈りに似た気持ちで、今はいない私の神様を思った。



20241103 『眠りにつく前に』

11/3/2024, 2:40:39 AM

「ほどきましょうか」

聞こえた声に、反射的に距離を取る。
視線を向ければ、同じ顔をした童女が二人。朱殷《しゅあん》色した紐であやとりをしていた。

「その苦しみをほどきましょうか」
「その痛みをほどきましょうか」

唄うような声音。幼い指が紐を手繰り、引き抜く。
ただの紐が形を様々に変え繰り返されていく度に、紐に赤が塗り重ねられていく。
それに呼応して、空気が蠢いた。

「永遠に続く、その呪いをほどきましょうか」
「姉ちゃんっ!」

姉の背後。形を持った暗闇が、彼女を呑み込もうと牙をむく。
姉の手を引き抱き上げる。一瞬遅れて、どぷり、と重たい泥に似た黒が彼女がいた場所を覆い尽くした。

「離れるなよ、姉ちゃん」
「分かっている」

周囲の蠢く闇を警戒しながらも、視線は童女らから逸らす事なく。
赤が重なり、最早黒に近い色に変わったあやとり紐に向け符を放つが、すべて闇に呑まれ、あるいは不可視の壁に阻まれ届かない。

「その永遠は苦しいのでしょう」
「その呪いは痛むのでしょう」
「終がほしいのでしょう」

童女が唄う。あやとりが繰り返される。
襲いかかる闇を避けながら、唄うその言葉に呑まれぬように声を張り上げた。

「必要ねぇよ!もう必要ねぇ。兄姉がいる。約束がある。やるべき事を成さずに終わるわけにはいかねぇんだよ!」

離してしまわぬよう姉を抱く腕に力を込め、符を放つ。

「俺たちの邪魔すんなっ!さっさと消えろ」
「落ち着け、寒緋《かんひ》。後ろだ」
「っ!悪ぃ、助かった」

姉の言葉に反射的に身を逸らす。掠める闇に舌打ちして、童女らを睨み付けた。
術師であろう童女らに符は届かない。姉を抱いている今、下手に近づくのは危険だ。
追い詰められる焦燥に、ぎり、と歯を食いしばる。このままでは消耗していくばかりだ。急く意識に集中が途切れ、最早姉の指示なしでは闇を躱す事すら出来ない。

「ほどきましょう」
「煩い!やめろっ!」
「寒緋!」

姉の声すら遠くなる。呑み込まれてしまう。
受け入れてしまう。

――終を。



「弟が嫌がってんだ。やめてくれ」

静かな、それていて強い響きを持つ声。
煌めく、白銀の一筋。遅れて響く、甲高い悲鳴。

「悪ぃな、遅れた。大丈夫か?」
「兄、ちゃん」

抜き身の刀が携えた兄が、童女らがいた場所に佇んでいた。
その足下には切れたあやとり紐。童女らの姿は何処にも見えない。
紐が切れた事で蠢く闇も形を無くし、静寂が訪れる。

「ごめん、助かった。兄ちゃん。姉ちゃんも」

安堵に気が緩み、膝をつく。
深く呼吸をすれば、冷えた空気が肺から全身に回り、冷静さを取り戻していく気がした。

「いい加減に離せ。さすがに痛い」
「あ、わりっ」

慌てて緩めた腕から抜け出した姉が、兄の元へと歩き出す。
ついて行こうにも体は言う事を聞かず。心細さに手が伸びる。

「姉ちゃん」

伸びた手を姉はするりと躱し、振り返り呆れを乗せた表情で溜息を吐く。

「まったく。しっかりしないか。男だろうに」
「明月《めいげつ》。それくらいにしてあげてくれ。きっと怖かったんだ」

歩み寄ってきた兄が宥めるように姉を撫でる。そのまま近づいて姉と同じように頭を撫でられた。

「兄ちゃん」
「怖かったな。もう大丈夫だ」

大丈夫だ、と繰り返す兄に手を伸ばし、縋る。震える己の手が視界に入り、兄の言うとおり怖かったのだと他人事のように思った。

「ごめんな、紐しか切れなかった。追っても良かったが、寒緋が心配だったんだ」
「ん。来てくれただけで十分だ。ありがとな、兄ちゃん」
「兄さんは寒緋に甘すぎる」

そう言いながらも側に来た姉が背を撫でる。二人の優しさに、ともすれば泣いてしまいそうだ。

「寒緋」

姉が呼ぶ。

「私の言葉がお前を縛り付けてはいないだろうか」

静かな声に、顔を上げる。
姉を見れば淡く微笑みながらも、後悔の滲んだ目と視線が交わった。

「少し考えていた。あれらが本当にお前を人として終わらせる事が出来るのなら、その方が幸せではないかと。人の身で永遠に近い時を生きるのはさぞ苦しいだろう」

優しい手つきで頬を撫で、目尻に浮かんだ涙を拭われる。
兄は何も言わない。ただ優しく頭を撫でている。
どうして、と純粋に思った。
どうしてそんな残酷な事を言うのだろうかと。
己が他の兄姉と異なり、人の血が濃いからだろうか。
一人彷徨っていた昔の事を気にしているのか。人のように脆弱な精神しか持ち合わせていないからか。
或いは、ただ人である己が煩わしくなってしまったのか。

「寒緋」

今度は兄に名を呼ばれた。
静かで優しい響きのそれに、目を閉じる。
必要とされないのであれば、せめて兄姉達の手で終わらせてほしい。知らないナニかの手ではなく、愛しい兄姉の手で。

「いらないなら、そう言ってほしい」
「いらないなんて、誰も思ってないよ。寒緋は大事な大切な俺達の弟なんだから。明月もそんな事を思って言った訳じゃない。ただ寒緋が大好きだから、苦しんでほしくないんだ」
「俺、まだ兄ちゃん達に必要とされてるのか」

呟けば、答えの代わりに頭を撫でる手が少しだけ強くなる。目を開けて兄を見上げ、そして姉を見る。
珍しく泣きそうな顔をした姉に片手を伸ばせば、擦り寄られ。そのまま引き寄せれば、嫌がられる事もなく腕の中にその小さな体が収まった。

「寒緋は何を望む?」

兄の言葉に、腕の中の温もりを抱きしめて笑う。
望むのは、一つだけだ。

「兄ちゃんや姉ちゃん達と一緒にいたい。一緒にいられるなら、それが永遠でも俺は幸せだ」

永遠が苦しいのは、一人残されるからだ。
愛する者は皆、己をおいて逝ってしまう。変わらぬ己を怖れ近づく者はなく、孤独を強制される。
いつだって失う事は、怖いものだ。

「そうか。それなら、ずっと一緒にいようなぁ」

兄が笑う。
頭を撫でる手を止め、一歩だけ離れて小指を差し出す。
その指に、縋り付いていた手を離し、小指を絡めた。

「約束だ。寒緋と一緒にいる。離れてても寒緋が呼ぶなら、こうやってすぐに来ると約束するよ」
「ん。約束」
「本当に兄さんは寒緋に甘いのだから」

腕の中で身じろぐ姉が、呆れたように呟く。だがくるりと向きを変えた姉は、腕の中から抜け出す事なく腕だけを伸ばし、兄と絡めた小指をその小さな手で包み込んだ。

「だがまあ、酷い事を言ったのは悪かったと思っているからな。私も約束しようか」

どこまでも素直でない姉に、思わず笑う。
包む手に僅かに力が加わるが、痛いほどではない。

約束し、手を離す。
もう大丈夫だと頷けば、兄はもう一度頭を一撫でし、離れていく。
それを見送って、立ち上がる。強く地を踏み締める。

「そろそろ行こうか、姉ちゃん」
「そうだな。さて、次はどこへ行くか」
「嬢ちゃんの方も探さないとな」
「探しものばかりだな。黄《こう》の眼も頼りにならんから、骨が折れる」

疲れたように姉が息を吐く。
取りあえず、と姉が指さす方に向かい歩き出す。
腕に抱いた姉を離さぬように、少しだけ抱く腕に力を込めた。



20241102 『永遠に』

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