sairo

Open App
12/18/2025, 10:08:43 AM

しんしんと雪が降り積もる。
辺りはすべて白に染まり、どこから来たのか、どこへいくべきなのかも分からない。
ほぅ、と息を吐き出した。その息もまた白く、悴む指の赤が目についた。

「あぁ……」

溢れた声は白が掻き消し、何一つ残らない。
とても静かだ。

雪は降る。指の赤すら、白に染めていく。
唇が震えるが、声は出なかった。

きっと、雪が飲み込んでしまったのだろう。

12/17/2025, 5:36:19 AM

夢を見た。
優しく、悲しく、愛おしく、憎らしい。いくつもの感情が混ざり合った、どろどろとした夢を見た。

手を伸ばしてみる。
届かないそれに、密かに安堵した。
届いてはいけないのだ。届いてしまったのなら、その瞬間からそれはただのものとなってしまう。ものとなってしまえば、すぐに興味をなくしてしまうのだろう。
手が届かない。だからこそどうしようもなく惹かれる。
難儀なものだ。自分のことながら呆れてしまう。
馬鹿馬鹿しいと嘆く。
そんな夢を見た。

12/16/2025, 9:25:19 AM

聞こえるのは、誰かの囁き。
けれど目を開けても辺りは黒一色で、何一つ見えなかった。

「誰か……」

呟いても、返る言葉はない。ただひそひそと囁きが満ちている。
手を伸ばす。触れるものはなく、冷たい宙を掻くだけだった。
一歩、足を踏み出した。見えないことの不安はあるが、このままここに一人きりであるのは、もっと恐ろしいことのように感じていた。
ゆっくりと歩き出す。どこに進んでいるのかは分からない。
何も見えない暗闇の中、僅かな光を求めて彷徨った。

12/15/2025, 9:11:52 AM

きらきら輝く一番星。
あの子のような光に、そっと手を伸ばした。届くはずのない星はどこまでも美しく、目を惹きつけてやまない。
一番星でなくとも構わない。小さな星屑の欠片でもいい。
星になって、あの子の側にいれたのなら。
馬鹿なことを考えてみる。

虚しくなって手を下ろし、力なく目を閉じた。



窓の外。友人らしき人たちに囲まれ、笑っている彼女を見た。
楽し気に笑っている彼女はとても煌めいていて、まるで星のように見えた。
昔から変わらないはずの、彼女の笑顔。幼い頃は自分もその隣で笑っていたはずなのに、今では触れられないほどに離れてしまった。
近くにいたはずなのに遠い。手を伸ばしても届かない所に、今の彼女はいる。
息苦しさを覚えて、胸に手を当て俯いた。
ゆっくりと呼吸を繰り返す。けれど聞こえないはずの彼女の笑う声が聞こえてくるようで、少しも落ち着かない。
いつものように、一人きりになれる場所に行こう。そう思い、彼女に背を向け歩き出した。



寂れた神社の裏。大きな樫の木の根元に座り込み、一人歌を口ずさむ。
広がる青い空はどこか薄く、もうすぐ日暮れなのだと告げているようだ。
手袋越しに、手に息を吹きかけた。白く曇る息は寒々しく、吹き抜ける木枯らしにふるりと肩を震わせる。
帰らなければ。そう思いながらも、体は動かない。
木に凭れ、空を見上げながら口を開く。繰り返す歌をどこで聞いたのか、今では覚えていない。
気づけばいつも口ずさんでいた歌。しかし彼女はあまり好んでいなかったことを、ふと思い出した。
眉を寄せて、何かを言いたげにこちらを見ている。どうしたのか尋ねても、首を振るだけ。
あの時の彼女は、何を思っていたのだろうか。何を言いたかったのだろうか。
歌いながらぼんやりとそんなことを考えていれば、不意に枯れ草を踏む乾いた音がした。

「ここに、いたんだ」

視線を向けた先にいた彼女の姿に、歌が止まる。呆然としている自分の側に彼女は歩み寄り、ぎゅっと強く抱きしめられた。

「泣いてるの?」

言いたいことはたくさんあった。何故ここにいるのか。友人たちはどうしたのか。何故こうして抱き着くのか。
けれど口から出てきたのは、そのどれとも違う言葉だった。近寄ってきた彼女は泣いてなどいなかったというのに、自分でも何故そんなことを言ったのかは分からない。

「泣いてない。拗ねてるだけ」

さらに強く抱きつきながら、彼女は小さく呟いた。
いつもとは違う彼女の姿。まるで迷子の子供のように思えて、恐る恐る手を伸ばす。震える背中を優しく撫でれば、微かに嗚咽が溢れ落ちた。

「嫌なの、その歌。もう歌わないで。歌うなら、私の前でして。」

掠れたその言葉に息を呑んだ。直接嫌だと言われたのは初めてだった。

「お祖母ちゃんが言ってたの。その歌は星の歌だって。地上に落ちて帰れなくなった星が、空を恋しがって歌う歌なんだって」
「星の、歌……?」
「ねぇ、私頑張ってるよ?喜んでくれるから頑張ったの。笑顔が好きだって言ったから、笑顔の練習だってした……でも何で?どうして、頑張れば頑張るほど遠くなるのはどうして?」

言われていることが理解できない。記憶を手繰るが、思い出せるのは友人たちに囲まれている姿や、幼い頃に笑い合っていた断片的なものばかりだ。
困惑し、彼女と話をするために肩を掴み離そうとするものの、固くしがみついた腕は離れない。嫌だと首を振られ、その必死さに手を離してしまう。

「お願い、空に帰りたいなんて思わないで。知りたいことや気になることがあれば、何でも教えてあげる。行きたいところがあるなら、どこだって連れていく。だからこれからも一緒にいて?一人は嫌だって願い事を、ずっと叶えてよ!」

彼女の言葉に重なるように、脳裏に夜空が広がっていく。
煌めく星々。広い夜空を、気の向くままに漂っている。
気まぐれに見下ろした地上で、誰かが泣いているのが見えた。
小さな女の子。寂しいと、一人は嫌だと泣いていた。

「――あぁ、そっか」

思い出した。
その女の子があまりにも悲しげに泣くから、願いを叶えに流れ落ちたのだ。
落ちたことに後悔はない。口ずさむ歌も空が恋しいからではなく、それしか歌を知らなかったからだ。
それを知らなかった彼女は、自分に空を忘れさせるために色々なことを学んだ。地上のことを語り、少しでも気にすれば実際にその場所に行ったりもした。
長く地上に居すぎて、すっかり忘れてしまっていた。

「寂しいの?」

そっと問いかける。しがみついて離れない彼女は、答える代わりに何度も頷いた。
今の彼女は一人ではない。寂しくもなくなったと思ったが、どうやら違うようだ。

困った。寂しいのであれば、願い事は叶ったとはいえない。

「側にいたら寂しくはないの?」

さらに強く頷かれる。
仕方がないと、苦笑した。

「じゃあ、もう少しだけ一緒にいるよ」
「もう少しじゃなくて、ずっとがいい」

そう言いながら、彼女は顔を上げる。僅かに赤くなった目をして笑った。
体を離し立ち上がった彼女は手を差し伸べる。その手を取って立ち上がり、手を繋いで家へと帰る。

ずっとと願われるものの、そう遠くない未来に彼女の最初の願いは叶うのだろう。
今の彼女は一人ではない。一人でないならば、寂しくもなくなるはずだ。
そっと空を見上げれば、暮れかけた空にひとつだけ星の煌めきが見えた。
思い出してしまえば、その煌めきが懐かしくなる。彼女の願いが叶った後は、また星になれるだろうか。

「何見てるの?」
「陽が暮れるなって。空を見てる」

ぎゅっと繋ぐ手に力が込められた。
横目で見た彼女は、空を睨みつけるように見上げている。

「いつかまた星になるっていうなら、私も星になりたい。小さな星屑の欠片でもいい。ずっと一緒にいられるなら何でもいい」

迷いのない彼女の言葉に、何も言えず口ごもる。
今だけだ。寂しさがなくなれば、願ったことを後悔するだろう、感情的な言葉だ。
頭では理解しているのに、それを嬉しいと思う自分がいる。
ずっと寂しいままでいてほしいと、自分だけに笑っていたあの小さな女の子のままでいてほしいと思ってしまう。

「星になれたのなら、考えておくよ」

声が震えないように誤魔化しながら、小さく呟いた。
手を握り返す。驚いたような顔をする彼女と視線を合わせれば、星よりも煌めく目をして笑った。

あの頃と変わらない無邪気な笑顔。
本当に二人星になれたのならば、彼女は星屑ではなく一等星になるのだろう。
来ないだろういつかを思いながら、手を繋ぐ今が少しでも長くあればと祈っていた。



20251214 『星になる』

12/14/2025, 9:32:34 AM

遠くで鐘が鳴っている。
教会の鐘だろうか。厳かに響く音に、顔を上げて空を見た。
薄い青を滲ませる空から、ふわりと冷たい白が舞い降りてくる。
風花。季節はすっかり冬へと変わってしまった。
鐘が鳴る。澄んだ空気を震わせて、聞き馴染みのない音が響く。
雪と共に風が歌を運んだ気がして、逃げるように家路を急いだ。



ぎぃ、と木が軋む音がする。
ざざ、と聞こえる波の音。
目を開ければ青白い月の浮かぶ夜空の下、果てない海を進む船の上にいた。
船が揺れる。ぎぃ、と音を立てる度体が竦み、強く手を握り締めた。
船内からは、異国の声が聞こえている。祈りの言葉。咄嗟に耳を塞ぎ、その旋律から逃げ出した。
船が進む。辺りは深く黒い海に囲まれ、どれだけ目を凝らしても陸地は見えない。

「――いやだ」

震えた声で呟く。一刻でも早く、船を降りたくて堪らない。
船の向かう先が恐ろしい。行くのか、帰るのかは分からない。だがどちらだとしても辿り着く先は同じであり、そこに光はないのだと知っている。

ぎぃ、と軋んだ音が響く。ざざ、と耳の奥に波の音が刻まれていく。
耳を塞いでも、隙間を擦り抜け響いている。祈りの言葉が、神を讃える歌が、逃げられないのだと囁きかける。
そっと船べりに寄り、海を見下ろした。深い藍、そこの見えない黒い奈落に、だが落ちることができたのなら楽になれるだろうかと考える。
耳から手を離し、船べりに手をつく。
声が、歌が響く。遠くから微かに鐘の音が聞こえ、それらから逃げるように身を乗り出す。

このまま、落ちてしまえば――。

「どうした。気分が悪いのか」

異国の言葉ではない、耳に馴染んだ声。
咄嗟に体を戻し、振り返る。
月明かりを浴び手を組み祈るその姿に、胸が鈍く痛み出した。

どうして。問いたくとも、声は喉に張り付き掠れた吐息しか出てはこない。
迷いのない目は、何を見ているのだろう。彼の視線を追っても、黒々と広がる海しか見えない。
敬愛する主か、見たこともない神なのか。
船に乗った時の覚悟は、すでに自分にはない。あるのは逃げ出したいという衝動だけ。
彼はまだ、信じているのだろうか。

息苦しさに両手を胸に当て、俯いた。
きつく目を閉じる。聞こえる声と歌、波と船の音が混ざり合い、首筋に一瞬だけ鋭い痛みが走る。

「信じているのかは、正直私にも分からん。だが、殿の勅命は私の全てだった……ただそれだけだ。其方を縛る鎖とする必要はどこにもない」

暗闇に静かな声が降る。
聞こえるはずのない鐘の音が鼓膜の内側で鳴り響いているようで、胸の前で手を合わせ身を屈めた。

「――あぁ」

音に翻弄されながら、自嘲した笑みが浮かぶ。
祈りを否定し、逃げ出そうとしている自分。だが今の姿はまるで祈っているよう。

「ごめんなさい、兄さん」

渇いた笑いが込み上げる。彼とは異なり弱く愚かな自分が惨めで、笑いながら泣いていた。





鐘の音が鳴っている。
咄嗟に離れようとする足を止め、逡巡する。
いつもならば迷わない。だが今朝見た夢の名残が、足を止めていた。
目覚めた時には、大半が失われていた夢。
とても恐ろしかったように思う。怯え、逃げ出そうと藻掻き、そんな自分が哀れに思えた、そんな夢だった。
悩み迷いながらも、竦む足に力をいれる。手を握り、音の聞こえる方へと歩き出す。
いつまでも逃げる訳にはいかないと、感じる衝動に唇を噛み締めた。


辿り着いた先は、小さな教会。
中から聞こえる旋律に、無意識に足が後ろに下がる。
体が震える。昔から何故か、教会やそれに関するものが恐ろしくて堪らなかった。
今ならば引き返せる。まだ船には乗っていない。
じりじりと後ずさりながら、首に手を当てた。焼けつくような痛みと、息苦しさに、いっそ泣き叫んでしまいたくなる。

旋律が止み、しばらくして教会の扉が開かれた。
教会から出てくる十字を抱いた人々。皆微笑みを湛えており、恐怖に立ち竦んでいるのは自分だけだ。
やがて人の波が途絶え、知らず詰めていた息を吐き出した。
改めて教会を見上げる。
恐ろしさの象徴を前に、震える足を前に出した。

教会の中には、ただ一人だけ祈りを捧げている人がいた。

「兄さん」

祈るその背に声をかける。
顔を上げこちらを振り返った兄は、驚いたように僅かに目を見張った。

「珍しいな。お前はここを怖がっていただろうに」
「兄さん。聞きたいことがあるの」

体が震えぬよう強く手を握り締め、兄の側に寄る。真っすぐに彼の目を見つめ、長い間聞けずにいた問いを投げかけた。

「どうして、祈れるの?」

祈りの先に救いがあるのだと、本当に信じているのか。
兄が教会に通い出してから、ずっと問い質したいと思っていた。だが信じ切れずに祈れない自分の弱さをさらけ出すようで何も言えず、気づけば兄と距離を取っていた。

「そうだな。残ったのがこれしかなかったから、だろうな」

教会のステンドグラスに視線を向け、兄は目を細めて微笑んだ。
その目にどうしようもない苦さが浮かんでいるのを見て、込み上げる胸の痛みに手をあてる。

「すべてが無駄だと、切り捨てたくはなかった。己が成したことは、意味があることなのだと信じていたかっただけだ」
「兄さん……」
「帰ろう。顔色が悪い。これ以上、無理をしてここにいる必要はないよ」

兄に肩を抱かれ、教会を出る。
その足取りには迷いはない。それが意外で、けれど兄らしさも感じて、強張り微かに震える体から力が抜けていく。

教会を出て帰る途中、白の混じる赤い花を抱いた青年とすれ違った。
途端に込み上げるのは、怖さと怒り。知らぬ人に対する感情ではないと思いながらも、顔を逸らす。
しかし兄は違う感情を抱いたらしい。立ち止まり、青年の背をいつまでも見つめている。

「兄さん。あの人、知り合い?」
「いや……」

否定しながらも、兄は視線を逸らさない。
切なげに細まる目を見てその視線を追えば、すれ違った青年は教会の中へと入って見えなくなった。

「似てただけだ。昔私が尊敬し、信頼していたお方に」

そう言って、兄は穏やかに笑う。
あの青年が教会に行ったことを、心から喜んでいる。そんな気がした。

不意に目の前を白が過ぎていく。
顔を上げれば、曇る空からちらちらと雪が降っていた。体に触れる雪の冷たさに、思わず肩を震わせる。

「降ってきたな。急いで帰るぞ。風邪を引いたら大変だ」

兄に促され、足早に家路に就く。
ちらりと見上げた兄の横顔には、険しさはない。
彼はもう、船の上にはいないのだ。当たり前なことを考えながら、それに酷く安堵していた。

背後から遠く鐘の音が響く。
けれども兄は立ち止まらない。自分も逃げ出したりはしない。
恐怖はある。ただ逃げ出すほどではなくなったというだけのこと。

鐘が鳴る。
どこからか祈りの言葉が、讃美歌が聞こえてくる。

海の彼方から聞こえるその遠い音を、今は逃げずに聞いていた。



20251213 『遠い鐘の音』

Next