池に張った氷に映っている………「映っている」ともいえないような、ぼんやりとした、色つきの影みたいな像を見つめる。
「……」
目をつぶる。
そしてもう一度開いたら、未だ眠り続けるアイツが、そこに映って、
などいない。
当たり前だ。
オレはオレでしかないし、鏡は目の前の実体と同じものしか映さない。
どんなに大事な人であっても、己にその姿を投影することはできない、そんなの分かってる。
それでも、ファンタジーみたいに、ここに別の誰かが映って、こちらに話しかけてきたりしないかなんてことを、ふと思ってしまった。
はあ、とその場に白い息を残す。
「…もう行かねーと」
氷鏡に映る自分に向かってそう独りごちて、立ち上がった。
【凍てつく鏡】
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氷面鏡(ひもかがみ)という言葉があるそうですね。
アイツの眩しい笑顔。
触れた頬の感触。
手の温度。
全部、失ってから思い出す。
【遠い日のぬくもり】
寒さに強いという自負があるオレでも、さすがにその日は寒かった。
もちろん手袋とかカイロとか、そんなものは持ってなくて。
悴む指先を、吐き出す息の熱で温めていた。
ひたすらそうしていたら、不意に目の前に手袋をはめた手のひらが差し出された。
「え」と声を発して隣を見ると、何でもないような顔をした相棒が、
「寒いんだろ?」
と一言。
まごついていると、「こっちのほうがいいか?」と、手袋を外して、また差し出してきた。
なんで、という言葉が出かかる。
普段はこんなことしないのに。
さっきだって、そんな素振りなかったのに。
ずるい。ずるすぎる。
でも、そんなとこが、大好き。
泣きそうな心を押し込めて、何でもないような態度を作って、…でも隠しきれない嬉しさを伝えるように、手を握った。
【手のひらの贈り物】
式場の幸せな鐘の音を聞くと、相棒の姿が頭に浮かぶ。
世界一大好きなアイツが真っ白いタキシードを着て、同じ服装のオレの手を引く、そんな光景。
慣れない格好をした自分達を見て何を言うんだろうとか、手を差し出しながらアイツは、どんな風に笑うんだろうとか。
別にアイツとそういう風になりたい訳じゃない。一緒に生きていられれば十分だ。
それになろうもしてもなれない。アイツの矢印は他に向いてるから。
分かってるのに、ふと思い描いてしまう。
王道の契り方をして「家族」になるなんていう未来を。
そうやって虚しい妄想を一通り脳内で流して、勝手に惨めな気持ちになって。
…
とっくに鳴り終わったはずの鐘の音が耳の中で反響する。
それを上書きするために、イヤホンを耳に突っ込んだ。
【遠い鐘の音】
手を繋ぎたいがために、わざと冷え性の両手を外気にさらす。
【凍える指先】