【題:待ってて】創作小説
今から10年と少し前――僕がまだ5歳の時起きたあの出来事は、いまだに強く思い出せます。
燃え上がる炎、人々が必死で作り出す金切り声、フィクションかと疑うような情景が、10年間ずっと目にこびりついているんです。
今日は少し、その時の話をしてもいいですか?――ありがとうございます。では少し長いですが、話します。
僕はそれが起きる前、お父さんとお母さんと一緒に8階建てのマンションにすんでいました。少し古いけれど、いいところだった記憶があります。
そのマンションには、積み木やプラレールがおいてあって、子供が自由に遊べるスペースがありました。
僕はよくお父さんやお母さんと、そこで遊んでいました。
その日も、僕は両親と共に、休日だからと朝からフリースペースで遊んでいました。
昼前になり、お母さんは僕たちの部屋に帰って昼ごはんの準備を、僕とお父さんは、僕がまだ遊びたかったので、ごはんができるまで遊ぶことになりました――ちなみに、遊べるスペースは2階に、僕たちの部屋は5階にありました。
それが起きたのは20分経って、そろそろ帰ろうかという頃でした。
突然、床が大きくぐらりと揺れだしました。そう、地震が起こったんです。
あとから知ったのですが、それは震度6のとても大きなものでした。
僕は何が起きているのか分からないまま、お父さんに全身を包むよう抱き寄せられ、子供用の小さな机の下でひたすら揺れが収まるのを待ちました。
収まったあと、お父さんに抱っこされたまんま、すぐにマンションの外へつれられました。人々の慌ただしい様子を見て、僕はずっと泣いていました。
道は悲痛な顔をした人々で溢れていました。
無事にマンションの外に出て、近くにある大きくてだだっ広い公園まで避難しようというとき、鋭い叫び声が聞こえてきました。
――火だ!! あそこのマンションで火災が発生している!!
その言葉を聞き、マンションを見たお父さんは、瞬時に足を止めました。
僕もお父さんが向く方を見て、息を飲みました――火が発生しているのは、僕たちの部屋だったのです。
お母さんが危ない。
そう子供ながら理解して、涙が更に溢れてきました。
お父さんはそんな僕を地面におろして、頭を撫でながら伝えました。
――お父さんは、ちょっと行かないと行けないところがあるんだ。だから、ちょっとだけお別れだ。大丈夫、すぐ戻る。約束だ。
いやだ。
――それまで、このまんま皆がいっている方についていって、公園で待っててくれないか?
だめだよ。いかないで。
何回も泣き叫びました。そんな僕にお父さんは「ごめんな」といい、群衆を掻き分けてマンションのほうへ戻って行きました。
僕は呆然としながら、僕とお父さんの会話を聞いていたらしい人に連れられて、公園まで避難しました。
それから何時間、何日、何週間公園で支給されたアルファ米を食べて、寒い夜をなんとか乗り越えて、待ち続けました。
それでも、お父さんとお母さんは来ませんでした。
今もまだ、会えていません。
マンションはあの時に崩れて、もうなくなってしまいました。
思い出の物も、全部なくなりました。
最近は、お父さんとお母さんの声や見た目すら、どんなのだったか分からなくなってきました。
まだ、お父さんとお母さんはどこかにいるんでしょうか。
いや、きっといるんです。なんとなく、そんな感じがします。だから……
――僕が見つけるまで、待っててね。
【題:この場所で】
藍に染まった海のそばに、一人の青年が立っている。
彼は頭のなかで言葉を並べた。
――今この場所で、僕の物語を終わらせよう
青年は靴を脱ぎ、二足ともを海へ投げ捨てる。
あっというまに波に飲み込まれ消えてしまった。
――僕も、あんなふうに消えられるのか
裸足となった青年は、その砂浜よりも白い足を、海へ海へと引きずってゆく。
彼の歩みは、波が膝までかかっても、半身が海水に浸っても、足裏が地につかなくなっても止まることはなかった。
やがて彼は大きな波にさらわれ、沈んだ。
呼吸ができなくなり、波に身体中をもてあそばれ、皮膚が更に青白くなっていく。
それはまさに、彼が望んでいたことそのものだった。
――やっと終わらせられる。
もうあまり回らなくなった頭で、そう思い浮かべる。
それはもうすぐ意識がなくなるかというところだった。
彼の左手首をなにかが掴んだのだ。
そこから伝わる人肌の温度は、彼にどうしようもない恐怖を与えた。
青年は無意識のうちに足や手をジタバタとさせて、自身を捉える存在から逃げようとする。
その存在は、逃がすものかというように強く、今度は彼の胴体を抱き締めた。
暴れて疲れたせいか、青年の意識はそこで途絶えた。
~~~
彼が目を覚すと、そこは岩の上であった。
いまだ波の音がうるさいほどに聞こえる。
「あ、起きた?」
声がする方には、彼と同じほどに見える少女がいた。
「なんで助けたんだ! もう、終わらせたかったのに……」
青年は苛立ちに任せて少女に話した。
少女はしばらく、黙って海を見つめる。
やがて彼女は、ぽつりと口を開いた。
「わたしもね、家、出てきたの」
青年は驚きはしたが、不思議ではなかった。彼女の横顔には、さっきまでの強さとは別の、少しだけ震える影があった。
「ここに来たのは区切りをつけるためだった。明日からは、昨日までのわたしとは違う生き方をするためだった」
風が強くなり、砂が足首をかすめる。
「……ねえ」
少女は青年のほうを向いた。
「もし終わらせようとしてるならさ、いっそ一緒に始めない? 新しい物語」
冗談のような言い方だったが、目は笑っていなかった。まっすぐだった。
青年の左手首には、少女に付けられた赤い痕が、いまだ残っていた。
彼にはそれが、彼女が青年へ向けた人情の証に見えた。
胸の奥で、何かがほどける。
「……いいよ」
波の音でかき消されそうなほどかすれた声で呟いた。
少女は小さく笑う。
「じゃあ決まりだね。これからよろしく」
「……ああ、よろしく」
寄せては返す波の音が、まるで拍手のように響いた。
この場所で、二人の物語は始まった。
【題:花束】
少しアルコールに酔った彼と共に帰路をたどる。
別れ際、私は足を止めて鞄からあるものを取り出し、彼に告げる。
「20歳の誕生日、おめでとう!」
彼に大きなバラの花束を手渡す。
黄色とオレンジの中に赤がアクセントとして輝いている。
我ながら良くできた花束だ。
「でかっ……花束? ああ、ありがとう」
すこし戸惑ったあと、優しい手付きで受け取ってくれた。
「嬉しいけど、なんで花束なんだ? いまさらそういうのを贈りあう仲じゃないだろ」
――まあ、そうなるよね。『幼なじみ』にプロポーズ用みたいな大きさの花束を贈るだなんて聞いたことがない。
「うーん……そういう気分だったから? それに、昔っからお花好きだって言ってたから、喜んでくれるかな~って」
一呼吸おいて、言葉を続ける。
「それに、友達にバラを送るっていうのも結構ある話らしいよ~。黄色いバラの花言葉は『友情』、オレンジのバラの花言葉は『信頼』とか『絆』らしいし!」
「……へえ、そうなのか。知らなかった。ありがとうな。それと――」
大人っぽい笑顔をこちらに向ける。
「これからもよろしくな」
「……うん、よろしく! 今日は楽しかったよ! じゃあね~」
「ああ、また」
手を振り、彼と別れる。
大きくため息をつく。
――ああ、緊張したな。でもやっぱり、あの反応なら……無理だよね
隠したいけど、報われてみたい恋心。
終わらせたいけど、10年以上諦めきれなかった恋心。
終わってしまう前に少しでも行動してみたい。そういう思いで作ったのがあの、99本もの赤系統のバラを束ねた花束だった。
99本のバラの花言葉は『永遠の愛』。
遠回しすぎるメッセージの伝え方に、自分でも呆れてしまう。
でも仕方ないよね。告白に失敗して、友人関係まで失いたくなかったんだ。
それに――もし本数まできちんと数えてくれたなら、私に大きく気をかけてくれているということで……
指摘されたら、彼にもちょっとは私への愛があるって思ってもいいんじゃないだろうか。
家に着き、どさりとベットに横たわる。
私はお酒は飲んでいないはずなのに、顔がとても熱い。
私からのメッセージに彼が気づくのを今か今かと待ってしまう。
くるわけもないのにメッセージアプリを開いて、彼からの返答を待ち続けてしまう。
諦めてしまえれば、想いを直接伝えられたら、こんなじれったい時間過ごすことはなかったのかな……
スマホの画面は、何時間たっても黒いままだった。
【題:スマイル】
ニコリと穏やかに話す先方の方々。
いつもとは違う笑みをはりつける同僚たち。
俺にはその笑顔が、この空間が、とても恐ろしく映る。
笑顔は俺にとって、どす黒い社会の象徴だ。だから怖くて、嫌いなんだ。
昔からだ。中学のときからずっと、両親や塾講師からの笑顔が、なんだかおかしく見えた。
全教科ほぼ満点のテスト。すべての欄に5と記された成績表。名門高校への入試の合格印。
全てが、大人たちにいびつな笑顔を与えた。
大人が使う笑顔なんて、ただの道具だ。そこに喜楽はひとつもない。
それは、俺も例外じゃない。皆と同じように笑顔を装備して、武器にしている。
金を稼ぐため
名誉を得るため
弱さを隠すため
そして生きていくために、笑顔を使う。
あのとき嫌っていた大人たちのようになるなんて、自分が嫌になる。
~~~
ある日、会社で『笑わない人』に会った。
この春から、ともに仕事をする同い年の女性だ。
仕事はできるものの、常に無表情で必要以上の会話をしない彼女は、一般的に見ると社会人として異端だった。
俺は気になって、休憩時間に少し、彼女と話すようになった。
彼女との会話は楽だった。笑顔という呪いに気を使わなくてすむからだ。
二ヶ月ほどそんな日々を送ったある日、週末に二人で出掛けようという話になった。
提案は彼女から。駅前で小さく芸術品の展示をするらしいから、よければ一緒に行かないか、ということだった。
駅前の小さな展示と、休憩がてらよった小さな喫茶店。
少し、出掛けるにしては地味かもしれない。
お出掛けの間、彼女は相変わらず無表情だった。
けれど、展示の前では足を止める時間が長く、気に入ったものの前では、ほんの少しだけ姿勢が前のめりになる。
喫茶店の扉をあけるスピードが、いつもよりわずかに速い。
会話のトーンも心なしか上がっているような気がする。
表情には出ていないが、楽しんでくれているんだと理解した。
胸の奥が、少しだけ温かい。その温度が心地よかった。
そのうち夕方になり、駅で別れることとなった。
去り際、彼女は一瞬だけこちらを見て、言葉を紡ぐ。
「……やっと、心から笑ってくれましたね」
思わず立ち止まる。自分の頬に触れて、ようやく気づいた。
――ああ、今、笑えてるんだ
その時、笑顔が呪いから喜びへと変わった。
【題:どこにも書けないこと】
白紙の日記を前にして、右手にペンを握る。
SNSアプリを起動して、フォロワー数0の私のアカウントに投稿しようとする。
だめだ、書けない。
わたしだけの日記になら、なんでも書けると思っていた。
誰にも見られないXの鍵垢でなら、なんでも呟けると思っていた。
嬉しかったことも、腹が立ったことも、恥ずかしかったことも。
私しか見ないのだから、正直でいられるはずだった。
でも、これだけは書けない。
なんだか、書いた瞬間に形がひとつに決まってしまいそうだから。
その正体は、私は今苦しいんだとか、幸せなんだとかの、妄想か本当か分からなくって、揺れ動き続けている感情。
本当は楽しいこともあるのに苦しいって決めつけたり、嫌なこともあるのに幸せだって自分に催眠をかけてしまうのが、きっととっても怖いんだと思う。
だから、これはどこにも書けない。
書くべきじゃない。
人なんて皆あやふやだ。
迷い続けないといけないんだ。
……ああ、この文章も、本当は書いてはいけないのかもね。