世界のすべては『光と影』の中にある。目に見えるすべての物は光に照らし出され影を持つから、世界を絵にしたかったらその光と影を、注意深く見極めないといけない。
例えば、僕が一枚の絵にして切り取ってみせたい世界では、どこに誰に光が当たっているのか、それを魅せるために影をどう描くべきなのか──手元に描くための手段があるときもないときも、僕はいつもそれを、頭の中でずっと考え続けているんだ。
絵にしたい、と思えるその瞬間はふいに、僕が思ってもみないときに訪れる。僕の目、そして胸の奥がそれを脳裏に焼き付けるようとして、カシャリ、と音を立ててシャッターを切る瞬間がある。
世界がその一瞬、いちばんに照らし出し、浮かび上がらせ、際立たせたいと願ったもの──僕はその美しいもの、光と影が世界から切り取ったそれを、どうにかして僕の絵に表現したくて、だから……。
「それで俺を、お前のモチーフ……モデルにしたい、と」
僕のまわりくどくて下手な説明を最後まで、イヤな顔もせずに聞き終えた彼が、やわらかな微笑みを浮かべて言った。
「いいよ。ってか、ここンとこ俺の姿ばっかシャッター切ってる、とか……そんな目で見られて口説かれたらそりゃ、な」
そんな目って、どんな目? ……あっ、ちょっとジロジロ見すぎだったかも? 慌てて顔ごと視線をそらすと、彼の伸びてきた両手が僕の顔を挟み込み、顔を元の位置に戻される。
至近距離で見る彼の瞳もとてもキレイで、見惚れてしまって、触れてきた唇がやわらかくて……って、あれっ? どういうこと、いったいなに、が……?
「『そして、』それから!」
ああ、なんということだろう。二人が手に手を取って走り去る後ろ姿を目にするまで、私は私の罪に気がつかなかった。
私はいままで、どれだけ彼らを蔑ろにしてきたことだろう。事あるごとに彼らを使い、だが彼らに報いることなどはなく──その度に彼らは、歯を食いしばって、その仕打ちに耐えていたのだ。
「待ってくれ、お願いだから……」
哀願の声は彼らに届くことなく宙に消え。私は彼らに向かって伸ばしていた手を下ろし、それか……グフッ、下ろして、ゲフンッ、えっと、下ろしてー、ゆっくりと立ち上がる。
そし……ゴフッ、んーとえっと、えーゴホッ、ゴホン! ……そんでもって、もう片方の手に握りしめていたスマホに気づくと、その画面上に残っていた文字の羅列に目を落とした。
《ワタシたちがいなくても、アナタなら大丈夫》
「嘘だ、そんなの……私にはそんな語彙力ないんだってば! えー無理無理、無理だよぅ……」
メソメソと泣き始めた私の肩を、そんでもってがポンポン、とあやすように叩く。そし……ゲフゲフッ、ゲフン!
『tiny love』
♪ tiny love このちっぽけな恋を
かけがえのない、って思うのに
tiny love 誰も彼も神様も
ありふれている、って笑うんだ
tiny love わかってるよアタシにも
どうしようもない、ってことくらい
tiny love ちっぽけな恋なのに
どうしたらいいの、ってあの人は
悲しそうに笑うんだ
「お前んちに行きたい、とか言われたって無理無理、『おもてなし』とか考えなくっていいからさ、ってね、いやもうおもてなし以前の問題でね? 部屋狭いし勿論汚いし掃除したってたかがしれてるし、あースリッパないお皿もカップも揃ってるのないしその前に椅子&テーブルもしくはちゃぶ台&座布団もない、最悪それら買ってくるとしていったいいくらかかるんだろ? そもそもお金ないからねその時点で無理なモンは無理だしあとよく考えたら他人を自分ちに入れるってトコから無理なんだわ〜。ね〜やっばりさぁこのミッションクリアしないと彼とバッドエンドになっちゃうよね? でも頑張って部屋に呼んだとしてそっちのほうが即バッドエンドな気がするぅ……」
「……あーうん、なるほど? ……で、一応訊くんだがな、いま現在この部屋に招かれてる俺は、どういう扱い?」
「え? いやだって、アンタは他人じゃないし。招くとかそんな、お客サマ扱いする必要ないでしょ?」
「…………」
ったく、オマエは。部屋に呼べない男なんかと付き合うんじゃねえよ。俺だったら部屋にオマエがいるってだけで『おもてなし』完了なんだ、早くそれに気づけっての!
いくつもの焔を身の内に抱えて生きるのはもう嫌だ、そう言いながらお前はそれを消さない。『消えない焔』だって? ハッ、そりゃ消えないだろう、お前が日々コツコツと油を継ぎ足しているのだからなぁ。怒り、憎しみ、恨み、嫉妬……どの火種もお前が四六時中夢中になって囚われるほどの好物、ならば、よくよく油を絶やさないことだ。さすれば焔が消えることはなかろうよ。