愛しているつもりだけれど、それは愛なのだろうか。ただの執着なのではないか。
そもそも愛するって何だろう。ただ、好きということは分かる。愛かというと分からない。愛とは? そんな単純なものではない気がする。これが愛だと勘違いしているのかもしれない。
人を愛するなんて、すごいことかもしれない。自分さえもなかなか愛せないのに。それは、自分のエゴなのかもしれない。そんな気になっているだけなのかもしれない。
「愛する、それ故に」
人前に立って何か話をするのは苦手だ。
いざ、話そうと立ち位置に行くと、静けさに足がすくむ。音はしないのに、前にいる人たちの気配が一斉にこちらを向く。意識のかたまりが、うわーっと押し寄せてくる気がするのだ。
すると、怖いほどの寂しさが襲ってくる。たくさんの人がいるのに、その中でひとりきりだという感じがする。
そう思った瞬間、頭の中が真っ白になる。ドキドキ胸の音がして、前にいる人たちの顔は見えているけれど、見えていない。自分の声が聞こえてくる。変な声? 足が地面から浮いているよう。ああ、誰か音を立ててくれないだろうか。話す間ずっとふわふわしたまま、静けさの中心にいる。
「静寂の中心で」
夏は、強い日差しの中、木々の緑が清々しさを感じさせてくれた。朝晩が冷え込むようになると、あっという間に葉の色が変わってくる。
山も、赤や黄の鮮やかな暖色に染まる。もうすぐ枝から離れる葉が、その最後のエネルギーを放出する。それは、燃えているかのように美しい。
「燃える葉」
月が明るい夜は何だか落ち着かない。夜の闇に身を沈めたい、そんな気分の時も容赦なく照らしてくる。
闇の中で、ひっそりとしているいきものたちも明らかになる。いくら身をひそめていても、青白い光が差し込んでくる。
太陽とは違って、月の光はビロードのように、なめらかな輝きを放つ。そこにあるものは、青い陰影で形作られる。
でも見上げると、月は白く清々しい顔をしていて、ずっと見ていたくなる。
「moonlight」
はっと目が覚める。時計を見ると、家を出る時間が迫っていた。あわてて飛び起きて、身支度をする。家を出て、駅までの道を急いだ。
最初の関門は信号だ。車通りが多くてなかなか変わらない。やっぱり赤だ。車の信号が赤になった。もう横の人が歩き出した。行く?と思っていると、ようやく青に変わった。小走りで横断歩道を渡る。その先には細い小道が続く。前の人がゆっくりゆっくり小道に入ろうとしていた。脇から、すっと入って追い越させてもらう。
次は、踏切だ。カンカン…と聞こえてくる。まだ遮断機は降りていない。今日だけ…。慌てて走った。心臓がだいぶドキドキしている。いつからか、あんまり走らなくなっていた。慣れない走りに足がもつれそうになる。
駅に近づくと、向かう人と出てくる人で流れができている。出てくるほうの流れが少ない。今日だけすみません、と思いながら、そちらを通る。やっと駅に着いた。汗をふきながら、大きく息をする。なかなか呼吸が整わない。朝から倒れそうだ。最近の夜更かしがたたった。寝る前に何かしたくなるのを、今日こそ我慢しようと思った。
「今日だけ許して」