薄暗くて、少し肌寒い教会内。
皆、神様に向けて祈っている。
「神様はいつも皆さんのことを見て下さっている。祈り続ければ、神様から幸福を与えて下さるでしょう」
教会の会長が、皆の前で言った。
そっか……こんな私でも、神様は見てくれているんだ。
沢山祈って、幸福を頂こう。
……また会社でいじめを受けた。
課長は見てみぬふりをしていて、助けてくれない。
でも大丈夫、神様が助けてくれるから。
お金は必要だから、毎日頑張って耐えながら会社へ行っている。
両親が行っていたバス旅行のバスが交通事故に遭い、お母さんとお父さんが死んでしまった。
私、ひとりぼっちになっちゃった……。
でも、大丈夫……神様が助けてくれる。
この日から、毎日が辛い。
信用していた彼氏が私の貯金を全て下ろして、姿を消してしまった。
大丈夫、神様が……。
「教会へ支払う金がないだと?そんな者に神様を祈る権利はない。出ていきなさい」
会長から冷たい言葉を浴び、教会から追い出されてしまった。
……そっか、最初から神様は私を見ていなかったんだ。
だからこんなに辛いことばかり起きたんだね。
ひどいなぁ……神様。
教会の裏口からこっそり侵入し、ペットボトルに入れていたガソリンを床に垂らす。
ライターで火を点け、教会を燃やしてやった。
これで空にいる神様に、私の辛さが届くだろう……ふへへへへへ。
心の中に広がる巨大な迷路。
一度迷い込んだら、長い間迷い続ける。
出口はどこにあるのだろうか?
行き止まりが多く、なかなか前へ進めない。
飛び越えようとしても、下から行こうとしても、壊そうとしても、巨大で丈夫な壁だから進めなかった。
……進めなくなってから何日経つだろう?
まだ迷路の中で、迷い続けている。
ふと上を見上げると、光と共に手が出てきて、差し伸べてくれた。
手を掴もうと、上に向かって手を伸ばす。
ガシッ!と力強く掴むと、そのまま引っ張りあげてくれて、迷路から脱出することが出来た。
「助けてくれてありがとう」
改めて、友達というのは大切な存在だと感じた。
我が家の汚れた台所とは不釣り合いの二つの綺麗なティーカップ。
妻が近所の人から貰ったらしい。
「早速このティーカップでコーヒー飲む?」
「ああ、そうしよう」
本当なら、このティーカップに相応しいコーヒーを入れたいところだが、我が家にはない。
妻はティーカップに粒状のインスタントコーヒーを入れ、お湯を入れてかき混ぜる。
インスタントと言われなければ、喫茶店に出てくるコーヒーと瓜二つだ。
ティーカップの持ち手を掴み、口へ運び、コーヒーを一口飲む。
いつも飲んでいるインスタントコーヒーだが、ティーカップ効果なのか、美味しく感じる。
「ティーカップで飲むコーヒーは美味しいわね」
妻も、俺と同じ感想らしい。
「ああ、美味いな」
いつもならすぐに飲んでしまうコーヒーだが、俺達は時間を掛けて、ゆっくりと味わった。
無駄に広くて、陽当たりのいいリビング。
最近一人暮らしを始めたが、やはり一人だと寂しく感じてしまう。
そこで、思い切って人型アンドロイドを買ったのだが……。
「ゴシュジン、センタクモノガオワリマシタ。コンヤハ、ナニガタベタイデスカ?」
購入したアンドロイドには感情がなく、ロボットのように喋る。
……感情キットも購入するべきだった。
口調がロボロボしくて、寂しさから虚しさへと変わっていく。
でも、感情キット高いんだよなぁ……。
ロボットより生身の人間のほうがいいのかもしれない。
「はあ……」
思わず、溜め息が出てしまう。
「ゴシュジン、ゲンキダシテ」
ロボロボしい口調で励ましてくれるアンドロイド。
感情はなくても、励ましの言葉が、すごく嬉しかった。
真っ直ぐに引かれた真っ赤な線。
これは、私の心の境界線だ。
心を許した者にしか、この境界線を越えられない。
今まで何人か越えてこようと近づいてきたけど、下心ある人や信用出来ない人ばかりで、すぐに追い出している。
いつになったら、境界線を越える人が現れるのだろう?
「理想が高過ぎるのよ。あんたは」
お母さんが呆れた声で言った。
理想が高過ぎる……確かに、そうかもしれない。
私は気がつけばもう三十路。
結婚して、お母さんとお父さんに孫の顔を見せてあげたい。
もう一度、チャレンジしてみるか。
スマホを手に取り、マッチングアプリを起動した。