もう一歩だけ
誰かの優しい声がする
あと一歩
誰かが背中を押してくる
その繰り返しの中で
僕はあなたの人生を生きてきた
とっくに気づいてはいたんだよ…
もうすぐあなたの夢が叶い
あなたが僕に置き換わってしまう
でもあなたに飲み込まれてしまう前に
1%の僕が抗い始めたんだ
もう
もはやこれまでって
もう一歩だけ、
もう一歩で、
あの声が執拗にすがりついてくる
僕は涙声で別れを告げる
母さん僕はいい子のままでいたかったよ
机のキズを心のはけ口にすることですむなら
でもねこの瀬戸際にきて
1%の自分が封印してきた扉を開けてしまったんだ
もう引き返さない
今日を僕が悔いなく生きるはじめの一歩にするんだ
空が白んできた
東の窓の太陽はまだ遠い
浄化されひんやりした大気を深く吸う
鳥の囀りが1日の始まりを告げている
巣立ちをしくじったあの場所からの巣立ち
よし
母さんに会いに行く
見知らぬ街
初診時
紹介状を握り締め都内の知らない街へ降り立った
そこはコンクリートに覆われたビルの谷間
沢山の人が無表情で足早に行き交う中で
私はさながら迷い込んだ子猫のようだった
乗り慣れない路線の電車を乗り継いでここまで来たのには
そこまでしても会いたい医師がいたからだ
行きだけで路線アプリを何十回開いただろう
勿論手書きのメモもスクショも撮っていた
それでもドキドキ不安しかない
道中トラブルが起きず予約時間に病院へ辿り着けるか…
というのも私は極度の方向音痴なのだ
あれほどこだわっていた診療の事など入り込む余地がない
ようやく最終駅に着いた
地下の人波に押されるように出口へ向かう
立ち止まって出口3を確認したいが進むしかない
予めシュミレーションしていた場所にいることを信じて左手階段を上がる
やっと出た
地上だ
浅い呼吸を一つしたところで息をのんだ
そこは田舎者には気後れするような都会だった
街の喧騒がドッと押し寄せ音圧にくらっとするビルの壁脇に立っているのがやっとの状態で
エネルギーを使い果たした
これからが本番だというのに既に拒絶された気分だ
自分が望んだ医師に会える期待と不安を抱えて
そそり立つビルを呆然と見上げた
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あれから1年半 毎月の通院
乗り換えの度 同じ路線で迷子になるという失態を繰り返しながら 今日もあの診察室を目指す
患者に寄り添う真摯な人
彼がそこで待っていてくれる幸運に引き寄せられるように
猫まっしぐらだ
見知らぬ街の只中を脇目もふらずに
遠雷轟く
苦虫を噛み潰したような夫の顔
一品多い手料理を前に
修行僧の夕餉
君と飛び立つ
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ありがとう
その言葉だけで十分幸せよ
飛び立つ翼もなく
行き先も持たないままじゃ
ファンタジーと同じよ
現実味ないからね
とりあえずそう返すしかないじゃない
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アハハそう言うと思った
はいどうぞ
これみて
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うわっ
これっ
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そうだよ
マイルーツは佐渡島
代々受け継がれてきたタライ漁
海女をみくびってもらっちゃ困る
男たちや殿様の監視下に置かれていた頃にだって女には意志があったんだ
竜宮城は彼女らの秘密基地
たらい舟はさながら亀ってとこかな
幼かった私が初潮を迎えた晩に
大ばばが声を潜めて聞かせてくれた話は
この島の女達だけの秘密
男に頼らず自由を得られる宮があると…
長い時の流れの中で
女が自立し女を伴侶にする世が来て
とは言え まだまだ息苦しさが残っているのも事実
私は君と飛び立ちたい
そのための翼は150年前から粛々と準備されて来た
はいこれ
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真剣な眼差しで古く短いオールを差し出した彼女
受け取った瞬間のドキドキ
エンゲージリングってこんな感じかも
それにしても2人ともダイビングで名を馳せた者同士よ
これを使うの?って言いかけて言葉を失った
さっきまでの年代物のたらい舟が
いつの間にか金色の光を放っている
彼女は俯瞰するようにそれを見据えていた
肩口で切りそろえられた髪がうねるように乱れかかり彼女の表情を覆ってしまっている
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長い間この風と潮を待っていた 気がする…
行き先は
海女の秘密の宮
あの夜何故だか…きっと忘れないはずと確信した話が ようやく五感を伴って蘇った
君と飛び立つ準備は整った
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彼女はそう言い
私の手を強く握り締め
ゆっくりと舟を跨いだ
言葉通りの覚悟の表情だった
きっと忘れない
このお題が何となくしっくりこない響かない
どうしてだろう?
そこで
きっと を調べてみた
※自分で予想して確信する/決意すること
※推量の表現と一緒に使うことが多い
きっと〜だと思う
だろう
でしょう
だよ
はずだ
に違いない
そうか!なるほどね!
きっと忘れない…に
違和感をもったのは推量の表現を省略していたからだと気づいた
そうすることで書き手の自由度を高めてくれていたんだね
自分の予想が確信に変わった
きっと忘れないはず
より自分自身に引き寄せた表現を加えてみたら
イメージ湧いてきたーさあ書くぞ!