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7/6/2024, 3:38:47 PM

小さい頃から会う人会う人に容姿を褒められた。両親共に純日本人だったが、はっきりとした目鼻立ちのせいか、たまにハーフに間違えられた。悪い気はしなかった。

高校の時、同じクラスに根暗な奴が居た。長い前髪、黒縁眼鏡、顔はいつも殆ど見えない。声を聞いた記憶も殆ど無い。
だが一度だけあいつの素顔を見た事があった。整った顔立ちに驚いたのをよく覚えている。あまりにもレベルが違い過ぎると嫉妬心も湧かないのだと、その時初めて知った。
俺は心の何処かであいつを見下していたのだと気付いた。いや、あいつだけではない。自分以外の周りの人間全てを下に見ていた。顔が良いという理由だけで勝った気になっていた自分を恥じた。実際は、俺は顔だけではなく中身もあいつより下だった。いや、優劣をつける事自体間違っているのかもしれない。

何故顔を隠しているのか不思議で、それからよくあいつを観察するようになった。自分でも気持ち悪いとは思ったが、どうしても知りたかった。
どうやら俺と違って、あいつは自分を良く見せようとは思っていないようだった。顔だけではなく頭も良かったが、決して知識をひけらかしたりせず、あくまでも地味に過ごしていた。

「なぁ、生きづらくねえの?」
ある時ついに声をかけた。
「何?急に」当然の反応だった。
「自分を隠して生きづらくねえのかなって」
正直に思っていた事を聞いたが、ぴんときていない様子。暫しの沈黙。
「別に隠していないし、これが僕の姿だけど」
「前髪と眼鏡で隠してる」
「前髪はすぐ伸びるから切るのが面倒なだけで、眼鏡は普通に目が悪いからかけているだけだよ」
拍子抜けだった。てっきり昔容姿の事で何かあったのかと思っていたのに。
自分の容姿についてどう思っているのか聞こうとして、やめた。恐らく何とも思っていないのだろう。何となくそんな感じがした。
自分とは真反対の人間。仲良くなりたいと思った。

あいつが遺体で発見されたのは、それから数ヶ月後の事だった。

7/4/2024, 1:20:13 PM

近所の公園で男子高校生の遺体が発見された。匿名で通報があったらしい。公園の砂場に人が埋まっている、と。
報道によると、男子高校生は数ヶ月前から不登校気味だったという。警察は、学校や友人間で何かトラブルがあった可能性も含め捜査を進めているという事だった。

「大人しそうな子でしたね。一応挨拶すれば返してくれるけど、まぁ自分から積極的に…というタイプではないですね」
男子高校生を知る近隣住民らしき人物がインタビューに答えていた。
「いじめ…じゃないですかね。ほら最近多いから……」
いくら顔がモザイクで隠れているとはいえ、あまり不用意な発言はするものではないと思った。何より、これを報道に載せるテレビ局の判断もどうかと思う。

だが実際問題、いじめを苦にした訃報は後を絶たない。
日本ではいじめへの対応として、被害者救済という点に重きを置いているが、逆に海外では加害者へ繰り返し指導するという対応が中心になっているらしい。これは、加害者が精神面で問題を抱えている可能性を考慮しての事だそうだ。

男子高校生がいじめられていたかどうかは分からないが、可能性はゼロではないと思う。しかし、砂場に埋まっていた点はどう説明する?いじめの延長線上か。それとも全く別の何かがあって……。

思考するのに夢中になって、いつの間にか横に人が立っているのに気が付かなかった。少し離れた位置に女の子が一人、件の公園を見つめていた。
制服姿なので、恐らく中学…いや高校生か?女子高生らしき人物の視線は、先程から同じ場所を見つめ続けている。初めは砂場を見ているのだと思ったが、どうもそうではないらしい。ジロジロ見るのは少し気が引けたが、そっと視線の先を追ってみる。
砂場の先にあるのは、ブランコにベンチ、あとは木があるだけだった。一体どれを見ている?わからない。

やがて女子高生の頬を涙が伝った。彼女は男子高校生の友人なのだろうか。何となくだが、悲しみの涙には見えなかった。
この事件の真相を知っているのは神様だけか。それとも彼女は何かを知っているのだろうか。私には知る由もなかった。

7/2/2024, 2:02:10 PM

「小学生の頃、一度だけ家族で海に行った事があったの」
波の音を背に、彼女は話し出した。
「最初は家族四人で楽しく過ごしていたんだけど、暫くしたらお母さんもお父さんも、お姉ちゃんに付きっ切りになっちゃって」
寂しそうな笑顔で続ける。
「目が見えないお姉ちゃんが退屈しないようにって、色々手を尽くしていたのを見て、当時の私はただ嫉妬してた」
「君はまだ小さかったんだ、仕方ないよ」
「そうだね。でも今ならわかるんだよ。お母さんもお父さんも、お姉ちゃんにもっと笑って欲しかったんだって」
彼女は頭上で飛ぶカモメを見上げるように、ガードレールにもたれかかった。

「それで私、急につまんなくなっちゃって、ひとりで海に入ったの」
「泳ぎに?」
「溺れに」
カモメがしきりに鳴いている。
「溺れたふりをすれば、皆が私を見てくれると思った」
子供って結構怖い事考えるよね、と言って笑った。
「海に入って、バタバタ手足を動かして"たすけて"って叫んで。だけど浮き輪を持って行ったから、思ったよりも岸と離れた位置に来ていたみたいで、すぐには気付いてもらえなかった」
「馬鹿だね」
「……ね。そうしているうちに足がつって、本当に溺れたの。そのすぐ後に、浮き輪が浮いているのに気付いてお父さんが助けてくれたんだけど」

海に沈んでいく途中、うっすら開けた目から入ってきた景色があまりに綺麗でびっくりした。強い日差しが海中に降り注いで、キラキラ輝いて見えたの。海の中ってこんなに明るくて綺麗なんだ、って子供心に感動したな。

「今でもはっきり覚えているんだよね。もちろん両親には叱られて、その後謝られた」
その一件で親子関係に変化はあったのだろうか。お姉さんの反応も気になったが、何となく聞けなかった。
「そろそろ帰ろっか」
そう言って彼女が前を歩き出す。僕もガードレールから降りると、一度だけ振り返って海を眺めた。曇りのせいか海に人の姿はなく、閑散としていた。

7/2/2024, 9:36:42 AM

「私と姉は腹違いの姉妹で、歳は八つ離れていました」
あの時の女の妹だと名乗る人物が訪ねて来たのは、つい一時間前の事だ。同級生だという少年も一緒だった。

「姉が亡くなって一年はあの村で過ごしました。でも、私が小学校を卒業した年、両親に連れられてあの村を出ました」
少女が真っ直ぐこちらを見て話す。
「あなたも被災して、この土地まで避難してきた。偶然とはいえ、彼女と同じ土地に」
そう言いながら、少年が一枚の写真を机に置いた。
墓の写真だった。墓前に添えられた花は、自分が置いた物だと男はすぐに気付いた。
「廃村になったあの村に、今も変わらず足を運び花を添えている人はそうそう居ません。あなたは今も姉を忘れずにいてくれているのですね」
少女の目が潤む。いつの間にか男の目にも涙が浮かんでいた。

「………わたしがした事は間違っていたのだろうか……」
遺族である少女に聞くべきではないと思いながらも、男は聞かずにはいられなかった。
少女はすぐには口を開かず、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「姉は目が見えませんでした。両親……特に母親は、姉の将来について酷く悲観していました。良い教師に巡り会えたおかげで学校生活はそれなりに送れていたみたいですが、卒業後の進路について、母はよく父と揉めていました」
そこまで話すと、ぐっと口を継ぐんだ。涙を堪えているようだった。
「……姉は周りに迷惑をかけていると思っていたみたいです。誰の手も借りずに暮らしたいと言い続け、高校卒業後にアパートでひとり暮らしを始めました」
質素な部屋だと思っていたが、あの女にとっては念願の生活だったのだと、男は何ともいえない感情になった。

「週に一度、母が部屋を訪れるという条件付きでした。でも、母が体調を崩し何週間か寝込んでしまって……姉も一度家に帰って来たのですが、母が気を遣って姉をアパートに帰しました」
あの時だ、と男は思った。女が、恐らくは父親と電話で話していた日時よりも早く戻って来たのは、そういう経緯があったのだと納得した。

「……姉が自ら死を望んだのなら、あなただけに責任があるとは思いません」
少女は涙をこぼしながらも、力強い瞳で男に言った。その瞳に答えるように、男も口を開く。
「わたしは最後まで迷った……。それまでの人生も、決して人に誇れるものではなかったが、人を殺めてしまえば確実に一線を越え、もう戻って来れないと……」
話す途中で女の顔が浮かんだ。
耐えられなくなり、思わず畳に頭を擦り付ける。
「申し訳ございませんでした………」

少女は、そんな男の後頭部を肩を震わせながら見ていた。少年が少女の背中をぽん、と叩く。
窓越しに猫がその様子を眺めていたが、そのうち飽きたのかつまらなそうに、にゃん、と鳴いて何処かへ歩いて行った。

6/30/2024, 11:25:44 AM

突然の来訪者に男は動揺した。この家の家主が三日も早く帰宅したのだ。
おかしい、下調べは完璧なはずだったのに……。
咄嗟に押し入れに身を隠したが、見つかるのも時間の問題かもしれない。男は家主の滞在が一時的なものである事を祈った。

男には持ち家はなく、他人の家から家へ転々として暮らしていた。"借りぐらし"といえば可愛らしく聞こえるが、立派な犯罪である。男に自覚はあった。だが改めようにも、この歳で何か職に従事する事など無謀に思えた。社会経験もほぼ無いに等しい。何かを始めるのに遅い事などないと言うが、男の心が変わるにはあまりにも遅すぎた。
深夜零時、家主が床についた。男は張り詰めていた神経を少しだけ緩めた。これからどうしようか。明日になれば家主はまた家を空けるのか。男に為す術はなかった。
少しだけ開いた押し入れの隙間から、そっと部屋の様子を窺う。布団に横たわった家主の足先が見える。六畳一間の和室に、布団とテーブル、本棚が一つ。テレビはない。初めてこの部屋に入った時、質素な部屋だと男は思った。それでも自分の稼ぎで部屋を借り、日々暮らしているというだけで、既に男よりも何倍も立派で自立した大人だという事実に、男は情けない気持ちでいっぱいになった。

困った事になった。催してから暫くは我慢していたが、とうとう限界が来たようだ。そっと押し入れの戸に手をかける。家主に気付かれぬよう、ゆっくり戸を動かした。
ガタ、ガタ、と戸が音を立てる。古い木造アパートなので、どう頑張っても無音で行動するのは不可能だと悟った。男は無意識のうちに息を止めていた。家主が起きていないか、先程よりも開いた戸の間から恐る恐る確認する。どうやら家主は疲れているのか、深く寝入っているようだ。
どうにか押し入れから出て、畳に足をおろす。家主の足元を通過し、頭側を通ってトイレへ向かおうとした時、急に足首を掴まれた。
「………!」声にならない声が出た。
いつの間にか家主は覚醒していたようだった。
「誰?」
家主の声は小さく、今にも消え入りそうだ。
「誰なの?」
男が黙っているので、今度は少しだけ大きい声で言った。しかし恐怖からだろうか、若干声が震えている。
男の頭はフル回転していた。どうすれば怪しまれずにこの場を切り抜けられるのか。いや、どうしようと男が怪しいという事実は変わらないように思えた。だが、どうにか自分は無害だという事だけでも伝えようと、男は口を開く。

「あ、怪しい者ではありません……」
どう考えても怪しい者が言う台詞である。
「あなたは誰ですか?」
「あの、ちょっと、部屋を……」
男は正直に言おうとして踏み止まった。部屋を借りていたなどと言えば、通報されて終わりだ。
「あなたに危害を加えるつもりはありません。すぐに出て行きます」
そう言って家主の手を振り解くと、一目散に玄関を目指した。
「ちょっと待ってください」
まさか呼び止められるとは思いもしなかったので、男は驚いて足を止めた。
「私は目が見えません。あなたがどなたか分かりませんが、少しだけ手助けしてもらえませんか?」
そうすれば、お咎め無しにしてあげます、と家主は言った。

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あれから五年以上の月日が経過した。
女の墓の前で手を合わせながら、あの時の選択は間違っていなかったのだと、男は自分に言い聞かせた。

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