贈り物の中身は、長命の不死薬か、一気に歳を取らせる煙か…。
浦島太郎の結末のパターンを思い浮かべながら、箱に手をかける。
差出人不明の謎の贈り物。
「助けてもらったお礼に」
届け先は確かに、私になっている。
小包サイズのダンボールは、きっちりガムテープで固定されている。
全く覚えがない。
私は誰か助けただろうか。
過去の私が助けていたとして、このご時世に、助けた-助けられたというその場だけの関係性の相手に、名前や住所なんていう個人情報を喋るなんて、そんなことあるだろうか。
よしんば助けていたとして、それがお節介で逆恨みとかされていないだろうか。
なにせ人の感情のこもった情の強い行動は、それが善意であれ悪意であれ恐ろしい。
そんな教訓はインターネットや世界中の歴史の中の至る所に散らばっている。
小包は思ったより軽い。
しかし、開けるのには勇気がいる。
ダンボールの蓋も、いつもよりずっと重たい気さえする。
いったいこの正体不明の贈り物の中身はなんなのか。
私はハッとして手を離し、小包の前で立ち尽くす。
「助けてもらったお礼に」
送り主のメッセージが、不気味だ。
冬の夜は 凍てつく星空 結露越し
凍ってみえる 窓からの星
私は怪盗に向いてない。
手先は器用ではないし、身のこなしも軽くない。
洒落たことを言うのも、派手な動きも下手くそだ。
器用なのは口先だけで、華やかさに欠ける。
それが私だった。
会社経営のアドバイザーとして繁栄している我が家。
しかし、その正体は裏で代々、義賊として活躍している、知る人ぞ知る世直しのために悪党から宝を盗み出す怪盗一家だ。
私の父と母も、その裏では、息のあったタッグの怪盗だった。
私は、表向きの家業、すなわちアドバイザーとしての能力には長けていたけれども、怪盗業についてとなるとさっぱりだった。
両親は私に怪盗としてやっていくためのあらゆる訓練をつけてくれたけど、そのどれもが無意味だった。
けれど、私たち一家が怪盗を辞めることは不可能だった。
理由は私たち一家の秘密にある。
怪盗の才能が開花しないまま、自分でも諦めの気持ちで私が十五になった日、父が我が家の繁栄の秘密について教えてくれた。
その昔、私の先祖のひいひい爺ちゃんは、悪魔と取引したらしい。
本当のことを言うと、その悪魔は神にあだなすから悪魔と自称する厳密には悪魔ではない超自然的なナニカだったらしいし、契約の内容も、少なくとも大悪党とは言い難いないようなのだが、ともかく、私の先祖はソイツと契約を結んだ。
その契約は以下のようなものだった。
この家と子孫の表家業に永遠の繁栄を約束する代わりに、この家の者は皆世直し怪盗として、悪人を改心させる義務を負う…。そんな感じだ。
そういうわけで、私は怪盗を辞めるわけにはいかなかった。
人が生まれながらに得ていた生活水準を手放すのは非常に困難で苦痛の伴うものだ。
繁栄を享受して生活してきた私たち一家にとって、一人娘が如何に怪盗に向いていなくて、捕まりそうだとしても、伝統に基づいて、私を怪盗にするしか道はなかった。
そう、稀代の大怪盗がこんなあっさり君に捕まったのは、そういう理由。
体力と身体能力だけが取り柄で、推理がてんでダメで、今日も名前をなんとかあげたくて警察のお手柄のおこぼれをあわよくば頂戴しようと現場を彷徨いていた君みたいなのに、稀代の大怪盗が捕まったのは、そういう理由。
ああ、ごめんなさい。
でも本当のことでしょう。怒らないで。警察を呼ばないで。
だって、そういう君が来るから、私は今日を決行日にしたのだから。
ねえ、私たち、手を組まない?
君の身体能力と体力と特技のマジックがあれば、怪盗業やってけると思うのよ。
私は…作戦と調査と交渉役担当。そういうのは得意なの。
君にとっても悪くない話のはず。
だってこうすれば、君は恨めしい警察という機関を手玉に取れるし、なにより、本名を明かさなくとも、有名人になれるのよ。
…そうでしょう?
君の過去やコンプレックスを調べた甲斐があった。
じゃあ契約成立ね。
それじゃあ、よろしく。とりあえずここから逃げましょうか。
君と紡ぐ物語、楽しみにしてるわ。
その文明はただ、吟遊詩人の旋律の中にだけ、存在していました。
かつては、どの吟遊詩人も、ごぞってその街を歌いました。
どの吟遊詩人も一通り歌い終えたその後に、伝説の文明が、代々歌い語り、作り上げたというあの街の美しい旋律を語って聴かせるのでした。
というわけで、その文明は、誰も実物を見たことがなかったのですが、その昔、世の人はみんなその街の様子を仔細に知っていました。
なにしろ、どの吟遊詩人も語り継ぐ街で、いつ何時も、どの吟遊詩人も、みな、語る時には一つ二つ、その街についての新作の詩歌を携えていました。
どの話も他の吟遊詩人の詩歌と矛盾もなかったので、世の人はみな、その街が本当に存在する桃源郷だと、憧れてならなかったのです。
その街の歌で、特に人気があったのは、その街に住む娘たちのお話でした。
庶民だけれど個性的でいろいろな村娘が主人公で、その子達の日常的なちょっとした冒険が生き生きと歌われるのでした。
その話から元気をもらったという同じ年頃くらいの子どもたちや、娘や息子を思い出して元気をもらったという大人もおり、それはそれは人気でした。
世の人にとっては、詩歌に歌われるその街が、どんなに離れていようと、隣村や近隣の国よりも、最も身近に感じられていたのでした。
その街が、人々にとって最も身近で幸せな物語となってから、何年も過ぎました。
時代が移り変わるにつれ、人々の生活は忙しくなりました。
物語を聴く人々も少なくなり、吟遊詩人の仕事もずいぶん減りました。
ところが、その中でただ一つ、あの街の文明が伝える響きだけは、人々に人気であり続けました。
しかし、ある年の暮れ、戦争や科学技術が発展し始めたある日、ある王命が出されました。
それは吟遊詩人が歌うあの街の歌についてでした。
王立の科学者曰く、あの歌われる街の正体は、ミームと呼ばれる集団妄想であるということでした。
そして、王は、そんな実在しない妄想の街を歌うことは国の弱体化を招くため、その街の話や詩歌をすることを一切禁じる、吟遊詩人も一人残らず逮捕する、と命を出したのです。
こうして、あの街のあの文明は、命を絶たれました。
あの文明についての記録は、徹底的に潰され、吟遊詩人は一人残らず逮捕されて、職命を絶たれました。
それから長いこと、科学と技術と戦争と勝利を求める時代が、末長く続きました。
時がたち、大きな戦争がいくらか終わり、科学や技術は少しずつ問題点も指摘されるようになりました。
人々は熱狂と苦しみからようやく目覚め、多くの人が、物語やかつての穏やかな生活を望むようになりました。
そういう人たちは、やがて、世の人々が皆知っていたという、あの架空の街と文明を求めるようになりました。
人々は、優れた美しいあの文明の旋律を求めて、必死で探しました。
しかし、どんな痕跡も、あの失われた響きを記録してはいませんでした。
一度失われた命は、もう戻らないのです。
それが、たとえ空想や物語の産物であろうと。
失われた響きは、もう二度と響くことはありませんでした。
霜降る朝 砂を巻き上げ 走る我らの
影映る土地 今日も晴れなり