凍死寸前まで身体の芯が冷え切ってしまうと、息はもう白くならない。
いつか友達が言っていた、そんなことを思い出す。
防寒具に守られた私の身体の芯から、白い吐息が漏れる。
氷水に浸した左手の指は、もう感覚すら無くなっている。
温かい身体の芯が、左手の痛さを超えた異常な冷たさを拒絶して、左手が、もう氷水に溶けて無くなってしまったような錯覚がある。
それでも、目を落とせば冷たく真っ白にふやけて血の気の抜けた奇妙な左手が見える。
身体同一性障害。
その言葉を知ったのはいつ頃のことだったろうか。
少なくとも、そんな専門的な病名を知る前から、私は、自分に左腕がついていることが、奇妙で仕方なかった。
いくら動かしても、使ってみても、自分の腕という気がしなかった。
何度も無意識で無視をして、左腕をよく壁やドアやなんやらにぶつけた。
気がつけば、いつも私の左腕は、斑らに青痣が浮き出ていた。
性の同一性障害は、最近やたらと取り上げられるくせに、私の病気は理解なんてされなかった。
その話をすれば、みんな奇妙な怪物を見るような、好奇と嫌悪の混じった目で、自分を見た。
自分で腕を切り落としたいなんて、障がい者に失礼だ、なんて言う人もいた。
私は言い返せなかった。
それは、私を傷つける悪口みたいな言葉だったけど、しかし紛れもなく真実で、正論だったからだ。
けれども、奇妙な左腕が私の身体にくっついて30年、平均寿命から言えば、私の人生はあと50年続く。
私は我慢の限界だった。
だから、腕を冷やして、氷水に凍死させてしまうことにした。
自分に不要なパーツは、凍死させてしまえばいい。
誰に文句も言われない、正当に切り落とす理由を作ってしまえばいい。
これは甘えなのだろうか。
命や人体への冒涜なのだろうか。
私にはもう分からない。
左手はもうほとんど感覚を失っていた。
息が漏れた。
白い吐息が、少しためらって、冷たい透明の空気の中に溶け込んでいった。
蝋燭も マッチも火種を 守る家も
消えない灯 師走が暮れる
ゴミ箱の蓋をどうにか開けようと、カラスが跳ね回っている。
あちらこちらに打ち捨てられた、薄汚れた紙屑が、冬の冷たい風に転がっていく。
街並みのメインロードから外れた、薄暗い細い道は、べっとりと貧困と混沌がこびりついている。
道の壁に塗りたくられるようにベッタリと書きつけられた下品な汚い言葉。
道の隅には、至る所に、社会に見捨てられ回収されなかった人々の生活の抜け殻が、無遠慮に捨てられている。
安物のファストフード店の包み紙。
錠剤が抜かれた精神薬のケース。
割れた酒壜。半分液体の中味をたたえたプラスチック。
空になった薬瓶が、ここだけは丁寧に並べて捨てられている。
世の中はクリスマスや年末を控えたアドベンド真っ最中だというけれど、そんなおめでたいイベント、ここには存在しない。
あるのは、いつも通り汚れた貧相な生活と、モノのように打ち捨てられた私たちのような人の物乞いだけ。
鼠が道角に走っていくのが見える。
寒さが堪える。
こういう時期は、中心街の方は見ないに限る。
アドベンドを祝い、連日、温かいシチューだの、チキンだの、シュトーレンだのを暖かな部屋で食い、街の澄み切った壁をギラギラのイルミネーションで飾り立てる、中心街のこの時期の浮かれっぷりは、このスラム街からでもよく見える。
中心街は人が多すぎる。常に電気すら来ない、この路地に住む私たちには眩しすぎる。
しかし、そんな努力も無為に等しい。
中心街を見なくとも、目を上げれば、すぐそこにきらめく街並みが見える。
薄暗く、決してきらめくことのないこの路地とは対照的に、ちょっとでもまともな街は途端にこの時期に煌めき出す。
何せ、年末で、クリスマスで、アドベンド期間だからだ。
足元を鼠がコソコソ走り抜けていく。
カラスがゴミ箱を打ち倒し、何人かの孤児が、そちらへ走っていく気配がする。
少し目を上げれば、すぐそこにきらめく街並みが見える。
北風が、私たちの肌を容赦なく刺して、通り抜けてゆく。
物置の奥にこっそりしまった秘密の手紙。
私と私以外の人間は、汚いという証明の手紙。
しんどかったあの時に、悪口や嫌なことを全部吐き出したあの手紙。
私の秘密の手紙。
北風が冷たく乱暴に走りだし
ドアの隙間から冷気が忍び込む
真っ黒な雲から朝日が赤く見え
手先が氷のように冷え始める
冬の足音が近づいてくる
北風と、冷気と、暗闇と一緒に