雪が重たいのは、周りの音を吸い込み溜め込んでいるからかもしれない。
雪をシャベルに掬っては、放り投げながら、そんなことを考える。
ふわふわと砂糖菓子のように真っ白な雪が、辺り一面を覆っている。
裸の木々の枝が複雑に絡み合い、その上にアイシングのように雪が覆い被さっている。
雪の静寂が、山奥の私とあなたを包んでいる。
防寒具の下に汗が滲んでいる。
熱った首筋とマフラーの内側の隙間を、一筋の汗粒が伝っていくのがくすぐったい。
朝出たときはあんなに寒かったのに、雪かきとは、こうも重労働なのだ。
しかし、ここで作業を辞めてしまうわけにはいかなかった。
幸い、この辺りは人通りもなく、見た目だけが柔らかくて優しそうな、冷たい雪の静寂ばかりが木々を包んでいる。
まだ時間はありそうだった。しかし、のんびりはしていられない。
分厚い手袋に覆われた腕で、額の汗を拭う。
シャベルを持ち直し、雪の静寂の下に差し込み、腕に力を込めて雪を持ち上げる。
大丈夫。
綺麗に箱に分けたのだから、あなたに気づく人はきっといない。
パッと見れば他人からは、欲張りで無邪気な子どもが宝物を木の根っこに埋めようとしているようにしか見えないだろう。
二十歳を過ぎた私は、持病のおかげで、子どもほどの背丈しかなかったし、あんなに大柄だったあなたは、もう数個の小さな箱くらいの大きさでしかないのだから。
雪をたたえた木々を見上げる。
この辺りは、春は山桜が美しいらしい。
叶うことなら、あなたとお花見で来たかったようにも思う。
でも、ここで眠れるのなら、あなたにとって幸せなことだと、私は思う。
あなただって分かってくれるはずだ。
雪の静寂が私たちを包んでいる。
私はシャベルを持ち直し、静寂を守っている雪を掘り進める。
雪の静寂が私たちを見つめている。
君が見た 夢のかけらを かき集め
君救いたい 満月の夜
君が見た 夢を隣で 見ていたくて
2人で見つめた クリスマスツリー
もう少し もう少しだけが 繋がって
明日への光 一筋に差す
花壇の黒い土に、金魚を埋めた。
夏祭りの金魚掬いで掬って、まだ半年だった。
水の温度が悪かったのか、餌をあげすぎたのか、誰かが間違えてカルキを抜いてない水を足してしまったのか…
考えれば、死因になる可能性はいくらでもあった。
けれど、どれが真実かわからないまま、金魚は死んだ。
金魚を掬ったのは私だったけれど、金魚を誰より愛していたのは、同居人である私の妹だった。
仕事柄、彼女が家にいることは少なくて、でも、だからこそ、その少ない帰宅の時には、彼女は毎回飽きずに、水槽の中を悠々と泳ぐ金魚を眺めた。
赤と白の綺麗な金魚だった。
図太かったのか、父の持ち物だった物置に置き去りにされた水槽で飼い始めた金魚は、すぐに掬った時よりもずいぶん立派になった。
金魚が大きくなるのを、妹は飽かずに眺めた。
私はあの時も、そして今も何も気づけていなかった。
秋風の吹き荒ぶある日、妹は病院に運ばれた。
心因性の体調不良、重篤な過労だ言われ、仕事が生き甲斐だった妹は、自宅にすら帰れずに入院になった。
妹が帰ってこなくても、季節は過ぎていった。
秋風に澄んだ青空が光る秋晴れは、だんだんと厳しく冷たい牙を剥き、まもなく、澄んだ鋭い冷気の中に煌々と月が輝く冬が来た。
妹はまだ帰ってこない。
容態が芳しくないらしい。
そして今日の朝、金魚は死んでしまっていた。
重たい心を抱え上げて、私は黙って金魚を埋めることにした。
悲しみとも、なんとも言えない胸の支えのような心が、重たくて仕方なかった。
死んだものは星になるのだ、と、いつか、子どもの頃に私たち姉妹は母から聞いた。
昨日の夜は星が綺麗だった。
今日の星も綺麗なのだろうか。
この金魚も星になるのだろうか。
星になるのなら、病室の妹にもきっと別れを告げられるだろうか。
私はひとまず、ピクリとも動かない、生臭い金魚を埋める。
黒々としたこの土の中に。
願わくば、金魚が星になるといい。
そう思う。
鐘の音が 遠ざかる暮れ トラックの
小さい窓から 見る故郷
青空に 遠い鐘の音 鳴り響く
白い鳩たち 飛び交う8月