永遠なんて、ないけど
永遠は一瞬にある
永遠を一瞬に感じる
永遠と成って終わってしまう
時間は精神に宿るし
精神は肉体と共存してる
存在しない永遠って自分にはないだけ
自分にないから繰り返してる
自分にしかないなら
存在の確認が出来ない
自分にしかないも単なる他者との比較だね
物質的に存在する
あらゆる物には永遠があるはず
私達は死ぬ道でしか確認が出来ない
そもそも常に確認なんてしてられはしない
涙の理由
訳ありな涙
訳はともかく
涙は涙で
訳も無くはないけど
訳だけが涙でもないのです
言葉には出来る
しかし
言葉とは当てはまらない
好き嫌いでもないと思うんだよ
理由があるからって涙とは関係がない
理由は涙の直ぐ後で
だからって他の人達と関係ない
泣くのと涙には違いを作れたりする
自分へと
他人にで
多分この理由が最も顕著
理由を誰に語るかによっても理由が変わる
理由なんかよりも
涙を流すことに効果がある
コーヒーが冷めないうちに
コーヒーって割と早く冷めるし
コーヒーを冷まさないように?
とかを書いていて、不思議に感じて調べたら
小説のタイトルらしい
映画にもなってるみたい
冷めてもコーヒーは美味しいよ
冷めないうちに
飲みきってしまう
それくらいに美味しいのかも
美味しいかったから次も飲みたいんだと思う
コーヒーの味だけの問題でもないし
寒かったり
冷たかったり
疲労困憊だったりで
味以前の状態があるんだよね
実はカフェイン中毒で
味は二の次とかもあるはず
コーヒーに限らず
コーヒーとは別の理由が
コーヒーを飲むことにある
小説はタイムスリップものみたいで
色々とルールがあるらしい
シルクソングってゲームで
ラスボスの前で止まっている
多分は繰り返したら勝てるんだけど
もう一度最初からやってみることになりそう
元々は第二章ラスボスで終わるつもりで
何故か第三章ラスボスの前にいる
雑魚連戦は嫌いなのに進んでやる不思議です
パラレルワールド
並行世界
私たちの世界や時空とは別に
並行して存在する世界
そんな概念
広大そうに読めるけれど
あったとして
どの様な関係なんだろうか?
って、別に並行して存在する世界なんだけど
概念は
同類なものに対していだく意味内容
遠過ぎて小さく
近過ぎて大きい
みたいなの、みたいな部分が概念なんだけど
並行世界はあるとは思う
でもより大きいな世界に挑む事で
より小さな世界の足掛かりに出来るくらい
並行するからには
重なる視点があるはず
この世界と繋がってるけど
並行世界とも繋がっていて
それとは別な世界があるって考える
無限に世界があるって考え方が簡単だと思う
仮に世界が有限でも
私たちには私たちすら無限
理解も認識をも及んだりしない
概念に過ぎない
時計の針が重なって
時計として見てると重なっている
重なってないんだよね
重なるからには
間がある
重なる間がないと打つかるから
簡単な話だけど
簡単ではないんだね
言葉や想いには隙間がある
時計的に見ると
表現には必ず空白がある
詰め過ぎると疲れさせる事になるんだよ
緻密さは嫌いではないけど
隙間の捉え方くらい自由がないと息苦しい
精密まで行ってしまうと
理解なんて無用で真似で良い
ただ仕組みを一部でも使えると
解らないが判る様になるから
最低限は真似をしてみる姿勢が大切かと
色々遊んでると知らぬ間に使えてたりするし