2月29日。
閏年のこの日は特別な日。
この日の黄昏時に、夕焼け堂に、夕日を向いて入る。
すると
もう会えない、愛する人に会えるらしい。
よくありがちな、ありきたりな噂。
その噂を信じて私は、ここに足を踏み入れた。
私の彼は、事故で死んだ。
そんなことは知っている。
だって私もその現場にいたから。
彼の顔は、原形がないほどにぐちゃぐちゃで、見るに耐えない姿だった。
らしい。
その姿が私にとって、よほどショックだったのかもしれない。
私は彼の顔を覚えていない。
知りたかった。
彼を愛していると、会って言いたかった。
夕焼け堂に入った。
見覚えのある、柔らかい歌声が聞こえた。
彼だ。
彼の顔は、夕焼けのオレンジでよく見えない。
でも
彼だという事だけは、理解する事が出来た。
彼が気がつく。
絞り出すような声で、私は言い放った。
大好き。
一生一緒に居たかったよ
ずっと忘れない
彼も言った
俺もだよ
ずっと好きだから
そう言われた時、彼の顔が、頭の中に浮かび上がった。
ああ
なんだ忘れていたんだろう。
安堵の息を漏らす私のそばで
見えない彼の顔が、
ほころんだ気がした。
きっと明日は晴れるはず。
大丈夫だよ。
そう言って姉は眠りについた。
姉の言葉を信じた。
信じていたかった。
ある日地球の水は枯れ果てた。
馬鹿な人間が使いすぎたから。
世界は砂漠と化し、すべての生き物が自分の死を悟った。
そんな時科学者がある発明をした。
砂を原子分解して、雨雲を作る装置。
みんなで協力して使えば世界を救える大発明。
なのにね。
馬鹿な人間はそれを独り占めし、怒った他の人間は装置を壊した。
壊れた機械は、世界を水没させる兵器となった。
その日から、雨が止むのを見たものは、一人もいないのだと言う。
恐ろしい兵器は徐々に故障し、死んでいった。
あと二人だけ。
そう。
私と姉は、あの恐ろしい兵器だ。
姉は、明日は晴れると嘘をついて眠った。
もう目覚めることはない。
私の涙は、もう雨か涙かわからない。
私はこの世界の全てを砂と認識した。
温もりも感じない機械である姉を抱きながら、私のたつ地面は、私に吸い込まれ、雨となり、
埋もれていった。
はあ?
お前みたいなやつ好きになるわけないじゃん。
早く消えろ。
これが私の初恋の終わり方。
ずっと好きにさせるために頑張ってきた。
そんなのも無駄なんだって思うと苦しい。
苦しいよ。
君が好きだから毎日を生きてきた。
君が私をいらないと言うなら
私は明日目覚める理由などない。
依存と呼べるほどに好きなひと
あなたは私がいらないんだね。
あなたは私の告白など見向きもせず
この屋上から立ち去ろうとしている。
そんなの嫌。
別れ際の最後の一押しのように、彼の手を捕まえる。
彼は私の手を振り払おうとする。
離さない。
怒りと悲しみと無気力な気持ちが混ざって、もうどうでもいい。
気持ち悪いほど満面の笑みを浮かべる。
屋上の端へと彼を引っ張る私を見つめる彼の顔は、みたことのないほど引き攣っている。
「お前どこからこんな力が」
彼は叫ぶ。
まあそうだよね。
私はヴァンパイア。
恋に飢えた私を傷つけたあなたは、もう私と離れられないね。
ずーっと一緒だよ。
真っ白な腕で彼を抱きしめながら私は屋上の端を蹴り
共に宙に舞った
ジャングルジムに座る女の子が一人。
その子は歌を歌っている。
その歌を聞いてはダメよ。
人間で居たいなら–---
こんな言い伝えが、私の村にはある。
私はこの村に住む住民の一人。
私には特別な能力がある。
私は人間以外の話す言語がわかるのだ。
そのことは村の人には言っていない。
でも村の人たちは、親もいないのに森の中で一日中楽しく歌う私が、嫌いみたい。
いつも私が来ると意地悪するし、今度の儀式?では私を生贄にするらしい。
その時、この噂を聞いた。
その歌を聞きたいと思った。
女の子も私と同じだと思った。
村の人に嫌われている私でも、その子になら嫌われない気がした。
その歌は何を言っているか分からないらしいけど、そんなの気にしないと願った。
村は夜の闇に包まれた。
今なら動いても大丈夫。
私はジャングルジムに向かった。
歌が聞こえる。
何を言っているのかもはっきりと。
つまり。
あの子は人間じゃないと言うこと。
恐る恐る話しかける。
村の人なんて嫌い。
私を人間じゃなくして。
そう言うと女の子は満面の笑みで笑う。
いいよ。
この歌が聞こえるなら、
あなたは私の友達。
やっと一人じゃなくなったね。
お互いに。
その子は泣いていた。
その子の着ているものは、生贄にされる時に着る、白い着物だった。
死んでからずっと一人だったんだね。
これからは二人一緒だよ。
そう言う私も泣いていた。
女の子は歌を歌い出す。
その歌を聞きながら私は思い出した。
昨日私が生贄となって死んだことに。
でも
もう一人じゃないならどうでもいいと願い目を瞑った。
生贄の女の子二人は、人ではなく、二人の白いカラスとなって、天へと飛び立った。
この世界は音で溢れている。
そんな常識誰でも知っている。
そんな常識がある日、覆った。
私はある日、倒れてしまった。
原因は分からない。
急に視界が真っ白になって、気づいたら白い部屋にいた。
ただそれだけ。
なはずだったのに。
その日から私の世界は、止まってしまった。
音のない世界に私だけ取り残された。
そんな気がしてたまらない。
最近では、だんだん頭も真っ白になっていくように、記憶さえも音と一緒に消えていく始末だ。
なんで私だけ。
置いてかないでよ。
泣きそうになる私の部屋に、一筋の風が吹き抜けた。
カレがきたんだ。
そう気づいた。
やあ。
笑いながらカレはそう呟く。
カレをみて、溢れそうな涙が溢れる。
カレは小さな手で撫でてくれる。
大好きなカレ。
カレの声が聞けたらいいのに、。
ある日私は手術をすることになった。
失った聴覚の部分を提供してくれる人が見つかったらしい。
しかも両耳だ。
カレにそのことを話すと、笑って喜んでくれた。
でも
その顔が少し憂いた顔に見えたのは、気のせいだろうか。
手術が終わった。
世界に色がつき、音が戻っていく感覚に安堵しながら、彼の所に向かった。
カレの病室に行く。
ドアを開ける。
カレは居なかった。
困惑しながら、カレのベットを見ると、小さな手紙が置いてあった。
手紙を開ける。
ごめんね栞菜ちゃん
ずっと君と一緒に居たかった
僕は病気だったんだ
君の聴覚を提供したのは僕なんだ
音で溢れる世界で、笑って生きてね
悠人より
涙が溢れた
カレには会えない。
そんな絶望が押し寄せた。
でも
カレは笑って生きてと願っている。
なら私は笑って生きよう。
そう誓って窓の外に耳を澄ました私に、カレの拙い歌声が
聞こえた気がした