白井墓守

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9/24/2025, 4:35:04 PM

『時計の針が重なって』

時計の針が重なって、
――私たちはもう一度死んだ。

世界が赤く染まっている。
血飛沫ではなく、朝焼けで満たされている空間に私は安堵をついた。

もう一度、もう一度だ。
……だが、あと何回チャンスがあるのだろう。

世界が何度も繰り返している。
誰のせいかは置いておいて、誰のためかは決まっていた。

「おはよう、今日は早いね」
「うん……ちょっとね」

何も覚えていない顔で挨拶をしてくる彼氏。笑顔が眩しくて、心に突き刺ささった。

あと、もう少し、学校に辿り着くまでの道のり数十分の間に、彼は死ぬ。
その原因は様々だが、何度やっても、彼を助けられない。
無理に身代わりになろうとしても、一緒に死んでしまうだけ。

「ねぇ、大丈夫?」
「……え?」
「なんか今日は調子悪そうじゃない?」

大丈夫、と声をかけようとしたそのとき、彼の上に落ちてくる植木鉢が目に入り咄嗟に体を動かして彼を突き飛ばした。

驚く彼の表情とこちらに伸ばす手、そして自身の頭に重く響く振動と衝撃。

やった。彼を助けられた。
そんな思いで目を閉じようとしたとき、思わず目を見開いた。

彼の体が空中に舞った。
車に大きく跳ね飛ばされたその体からは、どくどくと赤い血が留めなく流れている。

ああ、また。また。

目を閉じる。固く目を瞑った。
6時32分。
腕時計の針が重なる時間、カチリという音と共に私たちは――もう一度死んだ。

次こそは、絶対……。

9/23/2025, 3:04:38 PM

『僕と一緒に』

「僕と一緒に死んでくれないか」
「え、やだよ……だってアタシまだ冷蔵庫のプリン食べてないもん」

「いや、それは食べてからでいい」
「えっ本当? じゃあ……あ、でもアタシ今度の絵画コンクールの作品に命かけてるからなぁ」

「いや、その後でも全然大丈夫だから」
「ほんとー? じゃあ、飼ってる猫のミケ太郎がお嫁さん見つけて、その子猫を腕に抱きたいんだけど」
「それからでも大丈夫」
「……大人になってお互いがおじいちゃんとおばあちゃんになって、縁側で茶を啜りながら庭で孫が走り回るのを眺めるのは?」
「おばあちゃんが君で、おじいちゃんが僕なら問題ない」

「――それってプロポーズじゃない?」
「うん? 僕は最初からそう言ってるつもりだが?」
「紛らわしいんだよっ!!!」

―僕と一緒に墓に入ってくれ。そう言ったつもりだったんだが……?―

9/20/2025, 10:55:22 AM

『既読がつかないメッセージ』

毎日、毎日。
私は既読がつかないメッセージを送り続けている。

朝におはようから始まるそれは、今日は空気が乾燥しているだとか、道端にこんな花が咲いていたとか、そんな些細な事ばかりを綴って、夜にはおやすみと返信を待っているというメッセージで私の一日は締めくくられる。

「もう、やめなよ。返って来ないの分かってるでしょ?」
「……もうちょっとだけ、お願い」
「…………馬鹿、もう見てられない」

ああ、また友達を一人なくした。
心の灯火が消えたような、冬に一人突っ立っているような寒さが私を襲う。

……それでも、私は既読がつかないメッセージを送り続けることをやめなかった。

ずっと、ずっと、ずっと……何年も、何年も。

真っ白い部屋、そこにあなたが眠っている。
ずっとずっと何年も、眠っている。

あなたが、約束してくれたから。
口下手なあなたが、メッセージを送るのが苦手だと電話ばかりしていたあなたが、次は頑張って返してみると、そう言って約束したのだから。

――これは一種の願掛けだ。

どんなに周りから人が居なくなったとしても、私は既読がつかないメッセージを送り続ける。
……そうしないと、あなたがこの世から消えてしまう気がして怖い。

「はやく、おきて……ばか」

胸からせぐりあげてきた感情と共に、大粒の涙が目から溢れ落ちた。
窓から入った風が私の頬を優しく撫でたその時だ。

ふと、眠るあなたのまぶたが、ぴくりと動いた。

「――」

8/10/2025, 2:27:52 PM

《やさしさなんて》

やさしさなんて、全ては偽善だと思う。

木の葉がかさりと風に揺れ、木々の隙間から温かな木漏れ日が差し込む中。
一人の少女は手持無沙汰に寝転んでいた。
体に刺さらないように柔らかく整えられた下草さえも、どうにも居心地が悪い。
まるで、世界が自分を赤子のように優しく包んでいるように思えた。

自分の母親は、この国の女王だ。
それもかなり独裁者で、気に入らなれば直ぐに首を刎ねる。
だから、だろうか。
この国の人間は、みんな。私にとても優しい。いつもニコニコとして、私が困っていたら、いや困る前に全ての困難を片付けてしまう。

……手持無沙汰だ。
私って、いったいなんのために生きてるんだろう。

だから、私はやさしさが嫌いだ。
やさしさなんて、なくなってしまえばいいと思う。

寝転んだ身体をうつ伏せにし、隠れて泣いた。
誰かの前で泣くことは許されてない。だって犯人探しがはじまって、誰かが勝手に死ぬのだ。やさしさによって。
私は一人で泣くことも叶わない。
……やさしさなんて、嫌いだ。

もう、こんな世界なんて、滅んじゃえばいい。
いっそ、死んで終わらせてしまおうか、いやそれだと私の死後に誰が悪かったかで誰かが死ぬことになる、それはダメだな……。

ふいに、ふわりと身体が浮いた。

「悪いな、嬢ちゃん。誘拐させて貰うぜ」
そんな声がして、視界がまっ白に覆われる。恐らく全身を布の袋か何かに包まれたのだ。
「俺に優しさを期待しないでくれ、俺はアンタの母親に両親の首を刎ねられたヤツでね……アンタに優しくしようなんて気持ちはこれっぽっちも持ってないから」

その言葉に胸がときめいた。
胸の鼓動が激しくなり、頬が熱く感じる。見えない状態で良かった。そう思う。


これが、これから二人で世界を巡って、笑ったり泣いたりする。
おっさんと小さな私の物語の始まりだった。

8/8/2025, 2:37:29 PM

《夢じゃない》

予知夢、というものがある。
夢の中でみたものが現実になることだ。

私はいつの頃からだったかは記憶にないが、それを見続けていた。
まるで、現実と見間違うような夢、というのがあるだろう。
たとえば、学校に行って一日を終え、そして目が覚めてはじめて夢だと気がつくのだ。
毎日、毎日。私は明日の夢を見る。
それの事に私は疲れきっていた。
だが、ふと、視点を変えてみたのだ。
夢の中ならば、何をしても良いのでは?
現実で失敗すると取り返しのつかない事も、夢の中なら覚めれば元通りだ。
だから、私は夢の中で色々やった。
テストの内容を覚えたり、話したことのないクラスメートに話しかけてみたり、……好きな人に告白してみたり。
夢と現実の区別はシンプルだ。
2回目で無ければ、それは全て夢なのだ。
だから、だからこそ。
……相手に対して殺意が芽生えるような事を言われたとき、私は思ってしまったのだ。
これは1回目だ。こんなことは無かった。じゃあ、夢だ。

――じゃあ、殺してしまっても良いのでは??

そう、私は殺した。
だが、聞いてほしい。私は殺したいと思って殺した訳ではない。殺しても此処は夢の中だと思って、殺したのだ。
ねぇ、刑事さん。私の言っている意味が分かりますよね? ここは夢の中なんですよ。だってこんな事は一回目なんだから。
そういう私に対して、目の前の刑事は呆れたように肩をすくめた。

――ここは、現実ですよ。
――嘘だ。

夢じゃないなら、夢じゃないというなら、私はいったい……。
……だって、一回目じゃないか。



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