『20歳』
僕は20歳になった。
だから何だと言うのだろう。
結局のところ、僕は何も変わっていない。
今も昔も、僕はあの頃の僕のままなのだ。
成人式の様子が、テレビの中で写し出されている。
僕はそれを炬燵の中でミカンを剥きながら観ていた。
外は雪が降りだし、僕はそれを積もりそうだなぁ、なんて気持ちで、ただただ眺めていた。
「君は行かなかったんだねぇ、成人式」
「先生」
「あ~よっこらしょいっと~」
山羊によく似た髭を持つ、僕の三倍は生きる先生。
老人とは思えないハスキーな渋い声で、炬燵に入ってきた。
「……説教ですか」
「いやいや。私はねぇ、説教なんて出来るほど、大した身分じゃないからねぇ~。あ、ミカン美味しい」
「……僕が剥いたんですけど」
「まあまあ、いいじゃあ~ないのぉ~」
ニコニコとしながら、先生は剥いていたミカンを食べてしまった。全て。
……やっぱり、怒ってるんじゃ。
「先生。僕は二十歳になりました」
「だねぇ。お酒とかも、飲めちゃうねぇ~」
「煙草も吸えます……いや、そうじゃなくて」
「ん~? どうしたのぉ~??」
ゴクリと唾を呑む。自然と拳に力が入っていた。
「大人になるって、なんですか。それは、子供と何が違うんですか」
「……それはねぇ」
「…………はい」
「わっかんないねぇ!!」
「…………は、はぁ!?」
ケラケラと笑う先生に、僕は口をひん曲げて青筋を額に浮かべながら、先ほどより強く拳を握った。震えている。
気持ちを落ち着かせるために、先生を視界から外して大きく深呼吸をした。三回だ、三回!!
「先生、ギャグですか」
「違うよ~。あのねぇ、君」
「はい」
「私と君、どっちが大人だと思う~?」
「……先生です」
「本当にぃ~? じゃあ、それは何でぇ~?」
「先生の方が、大人……だから、です」
「じゃあ私と君が同い年だったら、どっちが大人かなぁ~?」
「えっ…………それは、その、わ、分かりません」
「きっとねぇ、君の方が大人だと思うよぉ~?」
「なんで、ですか」
僕が口許をきゅっと結んで唇を噛み締めながら聞くと、先生はまなじりを下げて優しい笑顔でこう言った。
「二十歳になったからって、直ぐに大人になろうとしなくたって良いって事さぁ」
「……意味分かりません、そもそも質問の答えになってないと思います」
「まあまあ、ミカンを食べようじゃあ、ないの~」
「僕が剥いて、ですか」
「そう、君が剥いて」
「あはは、なんですか、それ」
「笑ってくれて、私は嬉しいよぉ~」
先生の言葉に、僕は自分が久しぶりに笑ったことに気づいた。
そっか。いいのか。
「先生も剥いてくださいよ」
「仕方ないねぇ~」
二人でミカンを剥きながらテレビを眺めて笑いあった。
そんな何気ない、どこにでもありそうな日が、僕の成人の日。
僕は、きっとこの日の事を、一生忘れないだろうと思った。
おわり
『三日月』
三日月が、こちらを見てニヤリと嗤っている。
流石、魔界だ。
どうやら、魔界の月は意思と感情があるらしい。
○○○
僕は虐められていた。
きっかけは、なんて事ないありふれた事。
クラスにいじめっ子と、いじめられっ子がいて、いじめられっ子を庇ったら、次のターゲットが僕になったってだけ。
独りぼっちの高校生活は、そこまで悪いものではなかった。
ただ、どうしても不満が一つだけあった。
――彼女が出来ない事だ。
僕には入院しているおばあちゃんがいる。
たいそう僕を可愛がってくれた大事なおばあちゃんで、僕に彼女が居ないことを随分と気にしていた。
さすがに、ひ孫……とまではいかないが、せめて彼女を作って、おばあちゃんを安心させてあげたい。
だが、僕が高校生活で彼女を作るのは至難の業になるだろう。
そんなときだった。
古びた骨董市で、奇妙な魔術書を見つけた。
何の素材で作られたか分からない和綴じの本、そこには古めかしい文字で魔界に行く呪文が書かれていた。
僕が躊躇したのは三秒。
それ以外に、僕を妨げるものは何もなかった。
○○○
三日月が可笑しそうにケタケタ嗤う中。
ふと、視界を影が覆う。
不思議に思って上を見上げると、伝承に出てくる悪魔のような姿の生物が上空からこちらを眺めていた。
「ニンゲン、ナゼ、ココニイル??」
「彼女を作りに来ました」
「…………ハ?」
「僕の彼女になりませんか」
「…………」
僕が大絶賛アピールをすると、悪魔は何か持病でも患っているのか頭を抱えて無言になってしまった。
「大丈夫ですか!? 僕は体調不良の方を気遣える優しさがあります! 彼氏にどうですか!?」
「モウ……シャベルナヨ、オマエ」
○○○
これが、魔界一の可笑しなニンゲンと呼ばれた僕と、そんな僕の側でサポートという尻拭いをさせられた悪魔の出会いだった。
ここから、僕らは魔界を旅することになる。
悪魔は、魔界に起きている問題を解決するために。
僕は、彼女をつくるため。そう、その悪魔を手伝って魔界の問題を解決して、なお魔界の方から好感度を稼いで、僕の彼女になってくれる人を見つけるのだ。
「いやぁ、頑張ったんですけど、今回も僕の彼女になってくれるって人は居ませんでしたねぇ……」
「オマエ、アタマオカシイ、アキラメロ」
「いや! 僕は絶対に諦めませんよ! さあ、次の困っている方々の所に行きましょう!」
「……ハァ、コノシゴト、ヤメタイ」
おわり
『色とりどり』
色とりどりの風船が飛んでいる。
赤、緑、青、オレンジ、紫、ピンク……。
「また眺めているんですか、師匠」
「うん」
振り返ると小柄な少年が一人居た。
金色の猫のような目付きをしており、つんつんした栗色の髪の少年だ。
僕の一番弟子。口では師匠の慕ってくれているけど、リスペクトを感じたことは一度もない。でも、ずっと側に居てくれている。……まるで猫みたいな子だ。
「師匠は、なんであんなものが好きなんですか? 邪魔なだけでしょうに」
「そんなこと言わないであげてよ。あの子たちだって、懸命に生きてるんだよ」
「放っといても勝手に生きて、勝手に死にますよアイツラ」
ふんっ! と眉間に皺を寄せて、顔を横に背ける少年。
彼はどうにもアレらが苦手らしい。
過去に苛められたトラブルでもあるのだろうか。
「まあまあ。あの子たちのお世話が僕らの仕事さ」
「監視、の間違いじゃないですか?」
「あはは。言葉は言い様ってね」
ふと、顔を見上げた。
予兆があった。予感とも言っていい。
「師匠?」
「くるよ」
パァン!
風船が一つ、弾けた。
真っ赤な風船が弾けて、真っ赤な液体を辺りに撒き散らす。
そして、その爆発は連鎖して、周囲の風船も破裂していく。
辺りには数個の風船と、色とりどりの液体が交じり合ってぐちゃぐちゃの汚い床が残った。
「……びっくり、した」
「あはは。君は何度見ても慣れないねぇ」
「む、師匠が可笑しいんですよ! 意味分からないです!」
ぷんぷんと口をきゅっと結んで怒る少年の姿に、くすりと笑いが漏れる。
結局のところ、あの子達の身を一番案じているのは彼なのだ。
僕にはもう、雨や雲なんかの風景の一部と化してしまった。
「さあ、集団自殺した人間の魂を運ぼうか」
「……はい、師匠」
それが僕たち、天使のお仕事なのだから。
おわり
『雪』
雪が降った。
珍しいぐらいの大雪で、古い隣の家の屋根から雪がドサリと落ちる音がする。
純白の花弁を敷き詰めたような新雪の絨毯は、朝になったら消えてしまった。まるで夜中にだけ咲く茉莉花の花みたいに。
「なに、書いてんの?」
「雪のこと」
「ふーん」
雪の精、という存在がいる。
普段は隠れ潜んでいるものの、この世界に雪をもたらす大事な存在だ。
「ねぇ、体調は大丈夫? 仲間の元に戻れそう?」
「……うるさいな。ボクにあまり構わないでくれる?」
「ご、ごめん。僕、君のことが心配で……」
「別に、心配してなんて言ってない……でも、世話してくれるのは、その、ありがと」
彼は雪の精だ。
彼、と言っているが、正直にいうと性別はないらしい。
ただ、僕が女の子と一つ屋根の下に一緒に暮らしていると考えたら頭が爆発してしまうので、便宜上……彼、ということにしている。
真っ白な髪と薄氷色の瞳。中性的な見た目で、ゼウスに愛された絶世の美少年みたいな姿をしている。
その代わり、口はすこぶる悪い。
雪どころか、氷柱のような尖った冷たい性格だ。
「あした、だっけ」
「……うん」
「寂しくなるなぁ……」
「ふん。うるさいのが居なくなって、せいせいする。じゃなくて?」
「さみしいよ、本当に」
「あっそ」
彼は明日、仲間の元へ帰る。
もともと、ちょっとしたトラブルで僕の家に居てもらっただけなのだ。
尖った物言いでも、居ないとこを想像すると、今よりずっと胸がきゅっと痛んだ。
「頭は大丈夫? 溶けて固くなった雪が当たったとこ」
「……もう、平気。人間より丈夫だから」
「よかった」
僕が安堵して、にっこりと彼に笑いかけると、そっぽを向かれてしまった。
○○○
次の日、日付が変わって直ぐの頃。
がさごそと音が聞こえる。
彼が仲間の元へと帰るのだろう。
僕は眠い目をこすって布団から起き上がった。
きっとこれが一生の最期になる。
二度と会えないだろうから、顔を見ておきたかった。
「……なんで、起きてるの」
「君と、お別れが、言いたく、て」
「……ばか」
「ごめん」
うっかり視てしまったソレは、人間の学生証だった。
あぁ、やっぱり。という気持ちが僕の中にはあった。
騙されたことへの怒りではなく、ほんの少しの安堵と包み込むような心配だった。
「人間だったんだね」
「そうだよ。雪の精なんて、本当に居ると思ってたの? 馬鹿みたい。家に戻りたくないから、適当に言って居座っただけ……それだけ、だよ」
「そっか」
「なんか、ないの」
「? うーん。そうだな…………また、来てよ」
「馬鹿なの?」
「馬鹿でいいよ」
「……考えとく。アンタの出すココアは不味くなかったから」
「うん」
冬休みがそろそろ開ける。
だから学生である彼は帰るのだろう。
でも、もしも、また家出したくなったときは、此処に来てくれたら嬉しい。
彼を見つけたときの、手足に傷を負って鼻を真っ赤にしながら体育座りに屋根の下に座り込んでいた姿を思い出してそう思う。
「またね」
「……また」
おわり
『君と一緒に』
君と一緒にお菓子を食べた。
想像よりずっと苦い味に、僕は苦笑した。
「考えることは、同じなんだなぁ」
驚いた君の目が大きくなるのを見ながら、僕は目蓋を閉ざす。
僕らはずっと一緒に居た。
生まれてきた病室のベットは隣だった。
赤ちゃんのときは、お家が隣だった。
それから、幼稚園児、小学生、中学生、高校生、大学生……ずっとずっと、君と一緒に僕は居た。
僕は、君とずっと一緒に生きていくものだと思っていた。
幼馴染みで、なんでも知ってる君と、ずっと。
だけど、世界ってのは残酷で、いつだって僕らを引き剥がそうとする。
『どうしていつも二人で居るの? あたしもまぜてよ!』
『ねぇ、あなた彼の何なの? 兄弟? まあ、いいわ、私が彼の彼女になれるように手伝って! いいよね?』
『いや、お前ら友情ごっこはいいから、そろそろ彼女見つけろって。一生童貞のまま終わるつもりか??』
何も知らないくせに。正義だ善意だ、そんなレッテルで一方的な願望を押し付けてくる。
……もう、うんざりだった。我慢の限界だった。
だから、だから、だ。
君を殺して、僕も死のうと思った。
君と一緒に死んで、ずっと一緒にいようって。
誰にも邪魔されないところまで、逃げようって。
大きく音を鳴らす心臓と震える指で注文した毒薬。
素知らぬ顔で、僕は二人の“お茶”にそれを混ぜた。
そして、内心ドキドキしながら菓子を口に入れ……気づいた。
――ああ、君も同じだったんだね。
身体中の内蔵が焼けるように痛い。
ごぽりと口から血が溢れる音を聞いた。
うっすらと目を開く、泣きながら嬉しそうに笑う君の姿を見た。
僕は緩やかに微笑むと、なけなしの力を振り絞りお茶を指差した。
僕らの間では、言葉なんてそれで十分。
これで、僕らは両想いだって、伝わる。
「あいしてる、」
「ぼ……く、も」
体が冷たい。いや、寒いのか? もう、分からない。
僕は穏やかな気持ちで目を閉じた。
誰がなんと言おうと、これが僕らのハッピーエンド。
君と一緒に居られる最高の終わりだ。
おわり