「行くのか」
老人は声をかけられたことに驚く。
「ほう、儂に気づいておったのか」
老人は興味深そうに声の主の男を見る。
「ああ。あんた、ぬらりひょんなんだろ」
「その通り」
ぬらりひょんと呼ばれた老人はクツクツと笑う。
「なぜ分かった?」
「そうだな、この家には主人がいないって知ってるからかもな」
「なるほど。そういうこともあるか」
ぬらりひょんは仕切りに感心していた。
「どこに行くんだ」
「ちと渋谷へ。ハロウィンにな」
「さすがにハロウィンはまだ早いだろう」
「早めに行って渋谷がよく見える家に居着こうと思っておる」
「ハロウィンに思い入れがあるのか」
「思い入れはないが、仲間たちが集まると聞いてな。百鬼夜行でもしようかと思っておる」
「そうなのか」
男は老人に目をじっと見た。
「何じゃ。まさか行くなと言うつもりか」
男は肯定した。
「ああ、行かないでくれ。この家には主人が必要だ。偽物でも」
「何言っておる。自分でも言うのもなんじゃが儂は邪魔者であろう」
ぬらりひょんという妖怪は、忙しい時にその家の主人のように振る舞い、お茶と茶菓子を食べてくつろぎ、そして帰っていく。
ただそれだけの妖怪である。
何の役にも立たない。
強いて言えば、作業の邪魔である。
「もう何ヶ月もいるだろ。何ならまた帰ってきてもー」
「お前、怖いのだろう。家の主人なるのが」
ぬらりひょんは男の声を遮る。
「それはー」
「子供が生まれるのだろう。自信がなくとも、この家を支える人間に、家の主人にならねばならん」
「俺には、出来ない。怖い」
「それでもだ」
老人は若者を諭すように話す。
「自信が無いのなら、周りを頼るといい。儂を見てみろ。一人では何もできん」
男は思わず吹き出す。
「話しすぎたな」
ぬらりひょんは玄関の方へ向かう。
男は黙ってその姿を見送る。
ぬらりひょんがドアノブに手をかけ、思い出したように話はじめる。
「一つ、言い忘れたことがある。この家を出る理由だが、実はもう一つある」
男は何も言わず、続きを待つ。
「一つの家に、主人は一人だけだ。二人は多すぎる」
そう言ってぬらりひょんは出ていった。
「ただいま」
ぬらりひょんが出ていくと同時に、妻が産婦人科から帰ってきた。
「検査、問題ないって。順調に行けばあとー、ってどうかした?」
妻が顔を覗き込む。
「何にもないけど」
「ほんとに?ならいいけど」
「あのさ」
「何?」
「俺、頼りないけど、頑張るから」
妻は笑う。
「なに言ってるの。いつも頼りにしてるわよ」
自信は相変わらず無い。
だけど、もうちょっとだけ頑張ってみようと思う。
生まれてくる子供のために。
ハロウィンまであと7日
「どこまでも続く青い空、白い砂浜。くぅ~、サイコー」
「こんなんで喜ぶなんてすげーな、お前は」
「だって、仕方ないよ。こんなに綺麗な砂浜なのに、誰もいないんだよ」
「そりゃそうだ。もう秋だぞ。泳ぐには寒すぎる」
「沖縄ではまだ入れると聞きましたが?」
「そりゃ沖縄の話ですから」
今朝、彼女がどうしてもと言うので、海へ連れてきた。
その彼女は、楽しそうに波打ち際で波と格闘していた。
だけど、どこか無理しているようにも見える。
「それで?相談あるんだろ」
「‥太郎君にはお見通しか」
「突然海に来たいと言われれば怪しむさ」
そう言って、俺は彼女に歩み寄り隣に立つ。
彼女は水平線を見ていた。
俺もそれにならう。
「実はさ、親から彼氏に会いたいって言われてんだよね」
「そうなのか。俺は御両親に会ってもいい。でも、なんか会って欲しくないように聞こえるけど?」
「‥今まで秘密にしてたけど、あたし実は鬼なの」
「前に言ってたな。由来が分からないけれど小鬼の末裔だって」
警備の仕事の時に、酒に酔って暴れた彼女を取り押さえたが馴れ初めだ。
人化の術を使って、初めての人里で慣れない酒(鬼ころし)を飲んだかららしい。
鬼というのはその時聞いた。
「違うの。由緒正しい鬼の末裔なの」
嫌な予感がして彼女を方を見る。
彼女は真剣な顔でこちらを見ていた。
「由緒正しいって、まさか」
「そう、鬼ヶ島の鬼なの」
思わず天を仰ぐ。
一面青い空だった。
とりあえず深呼吸しよう。
最悪のケースだった。
「俺が桃太郎の末裔なの知ってるよな」
俺は桃太郎の家系として生まれた。
俺のご先祖様は鬼ヶ島の鬼退治をして、その功績が認められた。
それから桃太郎の家系は、代々人に害をなす妖怪を捕まえたり、懲らしめたりしており、俺もその仕事をしている。
「うん。だから言い出しづらかった」
ごめんねと彼女は言って言葉を続ける。
「こういう時代だから、桃太郎に興味あるひと、あんまり居ないの。お母さんも応援してくれてるし。でもお父さんがね」
「お父さんが?」
「バリバリの桃太郎アンチです。ハイ」
「ああー」
口から変な声が出る。
「今まで色々理由付けて、会わせないことができたの。お父さんは人化の術を使えないし」
「じゃあ、何かあったのか。人化の術が使えるようになったとか」
しかし、彼女は首を振った。
「お父さん、桃太郎嫌いを拗らせて、人間の文化もよく知らなかったんだけど、この前ハロウィンの事知ったの」
なるほど、ハロウィンか。
ハロウィンなら鬼の格好でも怪しまれないだろう
「それに合わせてこっちに来る、と」
突然彼女が俺の手を掴む。
「お願い、会って欲しいの」
「そう言われても、桃太郎じゃあ反対されるだけだよ」
「そこは大丈夫。天狗の末裔ってことにしてあるから。お母さんも全面協力。天狗のフリしてやり過ごせばいいの」
準備万端だった。
「駄目かな?」
彼女が上目遣いで見てくる。
俺はこいつのコレに弱い。
「分かったよ」
というと、満面の笑顔になり、そのまま海の方に走って行き、はしゃぎ始めた。
現金なものである。
俺は、ため息をこぼす。
一週間後のハロウィン。
それまでにボロを出さないよう特訓しなければいけない。
あの日は警備の仕事が有ったが、休むことにしよう。
忙しいが頼み込むしかない。
今から気が重い。
もう一度空を仰ぐ。
どこまでも続く青い空。
鬼退治のほうが絶対に楽だよ。
ハロウィンまであと8日
我々はがしゃどくろ。
骸骨の妖怪である。
そして私は、そのがしゃどくろを率いるファッションリーダーである。
我々には長らく服を着る習慣がなかった。
しかし、個体数が増えるに連れ、個体識別出来ないと不便という声が出てきた。
そこで人間のマネをして、服を着ることにした。
初めは適当にシャツを着るだけであったが、次第にファッションに目覚める個体が出てきた。
その中でも特に優れたセンスを持つのが、この私ということである。
ファッションとは不思議なもので、気合を入れると見せびらかしたくなる。
しかしなんの用意もなく街へ行けば、陰陽師や霊媒師などに祓われてしまう。
恐らく嫌われているのだろう。
なので身内で楽しんでいた。
そんな我々にも衣替えの季節がやってきた。
もちろん我々には、衣替えの必要などない。
人間は服で気温変化に対応しているらしいが、我々は気温の影響を受けないからだ。
実際ほとんどの個体は行わないし、やっても上着を着るだけである。
しかし今年は違う。
去年の今頃、命知らずの個体が街へ出た。
無事に帰ることはないと思われたが、普通に帰ってきた。
そしてある情報を持ち帰った。
ハロウィンである。
その日は怪物が街を練り歩いても問題ないというのだ。
それを聞いた我々は興奮した。
そうファッションを見せびらかす事ができるのである。
今までファッションに興味を持たなかった個体も、オシャレし始めた。
そして多くの個体が衣替えを期に、ハロウィンを視野に入れたコーディネートで着替える。
みんなで出ていく街を話し合ったが、渋谷に決まった。
どうやら、どこでもやっているわけでもない様で、今回は無難にということで、規模の大きい渋谷ということになった。
最近は、ファッションに不慣れな個体のサポートで忙しいが、全く苦にならない。
みんながファッションに興味を持ってくれて嬉しいのもある。
それ以上にハロウィンの事が楽しみなのだ。
あと一週間ほどでハロウィン。
その日ばかりは、ファッションの中心は我々だ。
僕は登山が趣味である。
山を登頂したあとは必ず行うことがある。
「ヤッホー」
そう山彦である。
せっかく高い山に登ったのだから、これをしないのはマナー違反であろう。
しかしその日はおかしかった。
山彦が帰ってこないのである。
「ヤッホー」
もう一度、大声を出してみる
やはり山彦が帰ってこない。
信じられないことだった。
確かに場所によっては帰ってこないこともある。
しかしここはヤッホーポイント百選に選ばれた場所だ。
少しの間思案する。
山彦の調子が悪かったのかもしれない。
もう一度すれば、きっと返してくれるはず。
そう思って息を大きく吸った時、突然肩を掴まれる
驚いて後ろを振り向く。
そこにはガタイのいい中年の男性がいた。
「止めな、坊主。無駄だよ」
その男性は諭すように言う。
「あなたは?」
「俺か?俺はこの山の管理人だ」
男性の方に向き直る。
「何かあったんですか?」
「ああ、ヤマビコ様の喉が潰れたんだ」
男性の発言に耳を疑う
「待ってください。神様が返すというのはおとぎ話です」
「カモフラージュというやつだ。信じられないのは分かるが、実際に山彦は帰ってこないだろう?」
ありえない話なのだが、実際そうなっている。
もしかして本当の話なんだろうか。
「続けるぞ。最近ヤッホーポイント百選に選ばれただろ。それで人が増えたんだが、ヤマビコ様は律儀な方でな。たくさんの山彦を返して、声が枯れるまで返し続けてドクターストップ、というわけだ」
「そんな。僕らは無理をさせていたんですか?」
「ヤマビコ様も、人が増えて喜んでいたんだがな。まあ、何事もほどほどが一番というやつだ」
僕は男性に別れを言い、下山していた。
冷静になってみると自分は騙されたんじゃないかと思い始めた。
だが彼が騙す理由と、山彦が帰ってこない理由が分からなかった。
色々考えていると、前の方から老人が歩いてきた。
足取りがしっかりしていて、山登りの経験の多さを物語っている。
「こんにちは」
挨拶をすると、老人の方も笑顔で手を上げて応える。
そうしてすれ違った瞬間。
「ヤッホー、ヤッホー」
かすれた声が聞こえた。
驚いて振り向くと、さっきの老人はどこにもいなかった。
なるほど、律儀な神様である。
1日の始まりはいつもVサイン。
元気が出るおまじない。
嫌なことばかりあるこの現代社会で、自らの士気を高めることは必須スキルである。
今日も鏡の前でVサイン。
でも今日は元気になれない。
何故なら、就職の面接があるから。
連敗記録更新中。
私には何の価値もないのだろうか。
世界は価値のない人間に厳しい。
なんて生きづらい世の中なんだ。
「そんな顔をするなよ。俺がいるだろ」
「その声は!」
振り向くと、そこには同棲中の彼くんがいた。
彼は理解のある彼くんだ。
「一人では出来なくても―」
理解のある彼くんが歩み寄り、私の隣に立つ。
「二人で力を合わせれば、出来ないことはない。そうだろ」
彼くんが私の目を見る。
確かに私は自分一人では何もできない。
でも彼くんとなら。
私はコクリと頷き、鏡を見る。
「いくよ、彼くん」
「いつでもいいぜ」
「1日の始まりは」
「いつも」
「「Vサイン」」
決まった。
私と彼くんの息のあったVサイン。
そして鏡には見事なWサインが写っていた。
元気が溢れてくる。
今日の面接はバッチリだ。
「もう大丈夫だな」
彼くんはしんみり言う。
どうしたのだろうと思い、彼くんの方を見ると少し薄くなっていた。
「彼くん!」
「お前はもう俺がいなくても大丈夫だ」
彼がさっきより薄くなっていた。
「無理よ。私一人じゃWサインなんてできない」
「大丈夫だ。お前にはもう一本腕がある。それを使えばいい」
彼くんの体はほとんど透けていた。
「彼くん!」
彼くんを捕まえようとして手を伸ばす。
「大丈夫だよ。君ならできる」
しかし、触れる直前で光の粒子となって消えていった。
「そんな‥彼くん」
彼くんが成仏してしまった。
私の様子を見て満足したのだろう。
つまり彼くんとはもう会えない。
その事実が私を叩きのめす。
崩れ落ちて、目から涙が溢れる。
しばらくして私は立ち上がる。
彼くんは言ってくれた。
大丈夫だと。
頑張ろう。
自分は信じれないけど、彼くんの言葉なら信じることが出来る。
―君ならできる―
その言葉を胸に生きていこう
それが彼くんの望みだから。
1日の始まりはいつもWサイン。
元気が出るおまじない。
嫌なことばかりあるこの現代社会で、自らの士気を高めることは必須スキルである
あの後の就職面接は完璧で、採用を勝ち取った。
でもいつも側にいた理解ある彼くんは、もういない。
でも寂しがってはいられない。
彼くんがくれた言葉で、今日も私は元気です。
見守っててね、彼くん。