僕は門限をあんまり守ったことはない。
遊んでいると、時間はあっという間に過ぎるから仕方がないんだ。
いつも怒られるけど、門限が早すぎるのが悪い。
友達の家は五時なのに、ウチは四時半。
お母さんにも言った事あるけど、ヨソはヨソ、ウチはウチって言って変えてくれなかった。
今日も門限を五時半に家に帰ると、お母さんの様子がおかしかった。
お母さんがリビングで泣いているんだ。
いつもは怒るのに、なぜ泣いているんだろう。
「お母さん、どうしたの?」
「たっくんが悪い子だから泣いているの」
「門限守らなかっただけじゃん」
「それは悪いことだよ」
声がしてビックリして振り向くと、知らない男の人が立っていた。
「誰?」
「サンタクロースだよ」
「嘘だ」
だってサンタクロースは赤い格好をしているけど、男の人は黒い格好している。
サンタクロースじゃない。
「本当だよ、たくやくん。
もっとも私は悪い子のところにやってくるサンタクロースだけどね。
クネヒトって呼んでくれ」
クネヒトって名乗った男の人は、ボクをじっと睨む。
コイツは多分悪いやつだ。
お母さんを守らないと。
「よくもお母さんを泣かしたな」
「それは言いがかりだ。泣かせたのは、たくやくん、君だよ」
クネヒトは意味不明なことを言う。
「どういう意味?」
ボクは門限を破ったけど、泣かしてはいない
「私はね、悪い子を連れて行くのが仕事なんだ」
連れていくって言葉に、ボクはドキッとする。
「君が悪い子だから、お母さんは泣いているんだ」
「ボクは悪い子供じゃない」
「本当に?」
クネヒトはボクの目を見てくる。
まるでボクの心の中を読もうとしているみたいだ。
「門限を守らないことは、悪い事だよ。
そして今日も守らなかった。
違うかい?」
「それは…」
ボクは答えに一瞬つまる。
「それは…。門限が早すぎて守れないんだ」
「なるほどね。それは仕方がない」
クネヒトは納得したようにうなずく。
大丈夫かもしれない。
「じゃあ、お母さんの方を連れて行こう。悪いのはお母さんだからね」
「それは―」
「クネヒトさん」
泣いていたお母さんが、僕がしゃべるのを遮る。
「この子を連れて行かないでください。
私が悪いんです。この子は悪くない」
ボクはショックを受けた。
なんでお母さんはそんなことを言うんだ。
「分かった。お母さんの方を連れて―」
「待って」
ボクは大声を出して、クネヒトを止める。
「悪いのはボクだ。お母さんは悪くない」
「たっくん…」
お母さんはボクが守る。
「これは困ったな。どうしようか」
クネヒトは困っているようだ。
「ホーホーホー。あんまり意地悪するもんじゃないぞ、クネヒト」
声の方を見ると赤い格好をしたおじいさんが立っていた。
「サンタさん!」
ボクは思わず声を上げる。
「ホーホーホー。
たくやくん、安心しなさい。
クネヒトは、君もお母さんも連れて行かないよ」
「本当?」
「ホーホーホー。本当だとも」
サンタさんは優しく笑っていた。
「ホーホーホー。
確かに門限を守らないのは悪いことだ。
でもお母さんを守ろうとするのは、とてもいい事じゃ」
サンタさんは僕の頭を撫でてくれる。
「ホーホーホー。
君は本当は優しくていい子だ。
儂はちゃんと見ておる。
だが、門限を破るのはいけないな」
「うん」
ボクは頷く。
「ホーホーホー。
クネヒトは君を連れていくつもりは最初からないんじゃ。
たくやくんが、最近悪い子だから注意しに来ただけなのじゃよ」
「そうなの?」
クネヒトの方を見ると、彼は黙ってうなずいた。
「ホーホーホー。
じゃあ、明日からちゃんと守るんじゃぞ」
「分かりました」
「もし守らなかったら、私が来て、君を連れて行くからね」
「わ、分かりました」
「ホーホーホー。
じゃあ儂らは用事が済んだから帰ろうかの」
そう言って二人は帰ろうとする。
「あ、待って。えっと」
プレゼントは?って言おうとしたけど、やめた。
だって、サンタさんの言う通り、最近悪い子だったから。
もらえるわけがない。
でもサンタさんは僕の心を読んだように、優しく微笑む。
「ホーホーホー。
たくやくん、これからお母さんのお手伝いをしなさい。
そうすれば、今夜プレゼントを持ってきてあげよう」
「分かりました」
ボクは元気よく答える。
お母さんの方をみると、ちょっと笑っていた。
「ホーホーホー。
もうお母さんを困らせては駄目じゃよ」
「はい」
その答えに、二人のサンタクロースは満足したようにうなずいた。
「ホーホーホー。
いい子でいるんじゃよ。
メリー クリスマス!」
久しぶり銭湯に行くと、柑橘類の香りがした。
一瞬不思議に思ったが、今日は冬至で、ゆず湯をやっていることに思い至る。
浴槽を見ると、ゆずがたくさん浮かんでいた。
俺は最近まで知らなかったのだが、あのゆずは潰してはいけないらしい。
何でも風呂の掃除が大変になり、時には配管が詰まるとのこと。
若い頃の俺は、アレは潰して楽しむものばかり思っていた。
だっていつ行っても潰れているだよ。
そういうものとばかり…
確か去年か一昨年の今頃、ツイッターで話題になってた気がする。
その時の反応を見ても、やっぱり知らない人が多いようだった。
やっぱり張り紙なり何なりやっとくべきだと思う。
当たり前のことだから、知らないほうが悪いというのは傲慢な考えだ。
誰だって知ってる事しか知らないのだ。
ここの銭湯の利用客はこのことを知っているのか、潰れたゆずはなかった。
良いことだ。
銭湯の人が掃除する時、苦労することはないだろう。
風呂は癒やされに来る所なので、誰かが不幸になるのはいただけない。
不幸になる人がいないことに安心して、風呂に浸かる。
いい湯加減の湯とゆずの香りでリラックスする。
これで、悪い気を払い、病気にならなくなるのだから、お得である。
やはり、ゆず風呂はいいものだ。
空を見上げると、月が出ていた。
まだ太陽の出ている時間なので、お供の星はいない。
そして太陽は雲に隠れて、お月様は一人ぼっちだ
だが、そんな事を気にしていないかのように、月は明るく輝いている。
寂しくないのだろうか。
俺は寂しい。
仲の良い友人が、海外に引っ越したのだ。
いつも当たり前のように隣りにいたアイツがいないと、どこか物足りない。
親はラインができるでしょと言うけれど、寂しいものは寂しいのだ。
空を眺めていると、スマホが振動した。
見ると、海外に引っ越した友人からのメッセージが写真付きで送られてくる。
『見ろよ。月が綺麗だ』
写真は星と一緒にいる月が写っていた。
思わず笑ってしまう。
こんなに離れているのに、同じ月を見ているとは。
スマホで月を撮って友人に送る。
すぐに返信が返ってきた。
『日本の月はいいなあ』
よく言うよ、違いなんてわからないくせに。
外国に行っても、アイツは変わらないらしい。
気づけばさっきほど寂しくなかった。
多分、場所は違っても、同じものを見ていることが分かって安心したんだ。
俺達は同じ大空の下にいる。
その当たり前の事が、俺は一人ぼっちじゃないという事を教えてくれる。
太陽が雲からひょっこり顔を出して、まるで俺の心の中のように、周囲を明るく照らしていくのだった。
ジリリリリリン
目覚ましのベルが鳴ると同時に、アラームをすぐさま解除する。
この目覚ましは物理的にベルを鳴らすタイプの目覚ましで、時間が来ると凄まじい爆音でなり始める。
もはや死人すら飛び起きそうな爆音だ。
この目覚ましで起きれなかったことはない1度もない。
この時計はフリーマーケットで百円で買った時計だが、どうしてなかなか優秀である。
外見も新品のようにもキレイで気に入っている。
だがキレイ過ぎるので、買う時に何かあるのかと聞いてみた。
売っていたやつが言うには、怪奇現象が起きるというので売るとのこと。
それもう捨てろよと思わなくもなかったが、呪われるとか思ったのかもしれない。
だが俺は細かいことは気にしない男だ。
それに時計壊れたばかりで困っていたので、そのまま買った。
そして今に至る。
それにしても、疑問に思うことはある。
怪奇現象とは何だったのかと。
未だに怪奇現象というものに出くわしたことがない
考えても見当がつかないので、一緒に暮らしているヤツに聞いてみることにした。
「この時計の怪奇現象ってあったか?」
「…さあ」
同居人は答える。
相変わらず陰気なやつだ。
それに顔色も悪い。
「顔色悪いぞ。飯食ってんのか」
「…別に」
「何だよ。やっぱり食っていないのか。いつも食えって言ってるだろ」
「…食べれないし」
屁理屈ばかりこねやがる。
同居人は時計を買った時ぐらいから、一緒にに住んでいる。
だが一回も食事をしているところを見たことがない。
行くところがないと言うから、住まわせているんだが、餓死されても困る。
「ずべこべ言わずにそこにあるパンでも食え。
俺は、家を出るからなちゃんと食っっとけよ」
俺は、そう言い残し家を出る。
だが、あいつは食わないだろう。
そろそろ本気で食べさせないとヤバい。
だがどうやって食べさせたものか、考えながら道を歩く。
まったく。
何も食べないからアイツの顔は死んだように青いんだよ。
古池や
蛙飛び込む
水の音
日本人ならみんな知っているであろう、松尾芭蕉の詠んだ俳句である。
恐らく今回の「寂しさ」というお題に相応しい文章であろう。
短い文で情景を浮かび上がらせて、寂しさという感情を抱かせる。
ここまで無駄がなく完璧な文もそうそう無い。
そしてこの俳句は、もう一つの寂しさを浮かび上がらせる。
そう自分の知識とボキャブラリーの寂しさである!
上の文章、なんか薄っぺらいって思っただろ。
その通りだよ。
この俳句のことを述べようとしても、あまり言葉が出てこないんだ。
別にこのの俳句の完璧さに打ちのめされたわけじゃない。
単純に知識とボキャブラリーが無いんだ。
背景を語ろうしとしても、意味以外の事なんて知らない。
松尾芭蕉のことなんてもっての外。
ていうか、俳句を詠むだけでどうやって生活していたのか、全く見当もつかない
褒めようにも、褒め方も褒め言葉も知らぬときた。
一応物書きなのに恥ずかしい限りだ。
これは人間としての引き出しの寂しさを明るみに出す、恐ろしい俳句だ。
これを読んでいる人も、多分そういう人が多いと思う。
なので巻き添えにした。
スマンが一緒に、自らの引き出しの寂しさに震えてくれ。
八つ当たりばかりも何なので、ネットで調べた時にプログで見つけた、興味深い解釈を紹介したいと思う。
最後に、忘備録も兼ねてここに引用する。
(下の文の下品というのは、当時は蛙は鳴かせるもので、「蛙を鳴かせずに飛び込ませるなんて、なんと下品な」ということらしいです)
“つまりこの句は「生命の無い白黒の世界」からはじまり、さいごは「みずみずしい生命あふれるフルカラーの世界」へと大展開を遂げているのです。
いま説明したように「古池や蛙飛び込む水の音」という俳句は「侘び」「雅」「下品」「寂び」が融合している。当時のひとからすると、一句のなかでさまざまなドラマがおきている。これが松尾芭蕉のすごさです。”
「考え続ける力」著者:石川善樹