今日は期末試験の日。
この結果次第では休み返上で補習がありうるほど重要な試験である。
俺には休みのスケジュールはぎっしり詰まっているので、この試験だけは落とすわけにはいかないのだ。
だが俺は答案用紙に何も書き込めないでいた。
筆記用具が無いわけじゃない。
純粋に答えが分からないのだ。
これまでの試験は、授業聞いてちょっと勉強すれば何とかなった。
それどころか、平均より上を取るのも難しくはない。
だから今回は全く勉強しなくても大丈夫だろうと思ったのだが、この有様である。
あと最近面白いゲームが出まくったのでそのせいでもある。
……いや、ゲームのせいにするのは良くない。
すべては期末試験と言う制度が悪いのだ。
だがそんな現実逃避をしても目の前の解答欄は埋まらない。
こういう時、凡人ならばカンで答えるだろうが、俺はそんな無粋な真似はしない。
秘策があるのだ。
この絶望的な状況を切り開いてくれるたった一つの希望。
それはサイコロ鉛筆である。
断面が丸ではなく、六角形の鉛筆。
これに数字をそれぞれの面に書けばあら不思議、答えを教えてくれる魔法の鉛筆に早変わりだ。
昨晩寝る前に、『さすがに全く勉強しないというのは、いくらなんでも不味いのでは?』という不安に駆られ急遽《きゅうきょ》作ったものだ。
使わないに越したことは無いと思っていたが、結局使う羽目になってしまった。
反省すべきことはたくさんあるが、それは家に帰ってからの話。
ともかくこれで合格間違いない。
俺は鉛筆を転がし、解答欄を埋めていく。
先生もそんな俺の様子を見ているが何も言わない。
これはカンニングではないから当然だ。
もしも口出ししようものならSNSで炎上待ったなし!
最近の先生は大変ですな。
すべての解答欄を埋めると、ちょうど試験終了のチャイムが鳴る。
さすがに記述形式のものは埋めることはできなかったが、選択問題は全て埋めた。
けっこう調子が良かったので、平均は堅いだろう。
少しの休憩ののち、次の教科の試験が始まる。
この試験もこの魔法の鉛筆さえあれば、赤点回避は確実だろう。
配られた解答用紙を受け取り、教師の合図とともに書き込み始める。
ぱっと見で選択問題が多い。
これはサイコロ鉛筆の独壇場だな。
勝利を確信し、回答用紙に名前を書きこもうとして、しかし鉛筆が止まる。
俺は致命的なミスを犯したことに気が付いたのだ。
さっきのテスト、名前書いてない
欲望。
何かを欲しいと思う心。
人間なら誰しも持ちあわえている心の動き。
今私はその欲望によって突き動かされていた。
ここは週一で訪れる、お気に入りのゲームセンター。
そこに置かれているUFOキャッチャーと格闘していた。
そのガラス張りの箱の中には私の欲望がそのまま形になったようなぬいぐるみが鎮座している。
白くてフワフワした可愛いクマのぬいぐるみ。
上品な赤色のリボン。
そして私に助けを求めるつぶらな瞳。
私のストライクゾーンど真ん中である。
私の中の理性が『取っても置くとこないZE』といっているが無視する。
欲しいものは欲しいのだから仕方ない。
オタクたるもの欲望に忠実であれ。
私の格言である。
だが、状況は悪い。
すでに2千円溶かしているのだが、元の位置から半分くらいしか動いていない。
残弾も心もとない。
これ以上お金を投入して、果たして勝てるのだろうか。
撤退すべきか?
私の心は揺れ動く。
もしこの世界がラノベなら、『俺が取ってやるよ』と言ってUFOキャッチャーの得意なクラスの男の子がサラッととGETしてくれるのだろう。
だけどそんな奴はいない。
現実は非情である。
「あの、いいですか?」
後ろから男性から声をかけられる。
救世主来たか?
だがクラスメイトではなく、店員だった。
何の用だろう?
「景品少し動かしましょうか?」
店員の発した言葉に耳を疑う。
店員の『アシスト』。
都市伝説だと思っていたが、実在したのか!
何が目的かは分からないが、断る理由は無い。
「お願いします」
そう聞いた店員はカギを取り出し、UFOキャッチャーのガラスの扉を開ける。
「ぬいぐるみが好きなんですか?」
一瞬呆けた後、自分に話しかけているのだと気づく。
「これ人気があるんですよ」
「そうなの?」
「はい、絶妙に不細工なのが可愛いって評判です」
は?何言ってんだ、この後輩。
どこから見ても可愛いだろ。
……いや、絶妙に不細工だな。
熱くなってて気づかなかったわ。
可愛いけど。
「ここで大丈夫ですか?」
店員は一歩下がり、ぬいぐるみの置いた様子を見せてくれる。
出口にかなり近い場所に置いてある。
これならば数回で取れれそうだ。
「ありがとう。これで大丈夫」
「分かりました」
そういうと、店員はUFOキャッチャーのカギを閉める。
「がんばってください」
そういってイケメンの店員は帰っていく。
別にカッコよくはないけれど、助けてくれたのでイケメン認定した。
私は恩に報いる女である。
そんなことを思いながら次弾を投入し、UFOキャッチャーを操作する。
すると、なんと一発でとることができた。
やったぜ。
あの店員、仕事が出来ると見える。
取り出し口から、熊のぬいぐるみを取り出す。
見れば見るほど絶妙に不細工だが、可愛いので良しとする。
ぬいぐるみの抱き心地を確かめてから、そのまま家に帰る。
と、クマのリボンの隙間に、紙が入っていることに気が付いた。
なにかと思って中を見てみると、書かれていたのは名前とL〇NEのID。
まさかさっきの店員!?
何か裏があると思ったが、私が目的だったか!
周りを見渡すが、彼の姿はどこにもない。
逃げられたか。
まあいい。
それはともかく、この紙どうしたものか。
よく知らない相手に連絡するなと、親からもよく言われている。
だが心の中では連絡してもいいと思っている自分がいた。
理由はともかく助けてくれたので、もう一度お礼を言うのもいい。
よく思い出してみれば、普通にイケメンだった気もする。
あの店員、あのアシストだけで私にここまで意識させるとは只者ではない
私のハートは、彼にがっちり掴まれたのだった。
UFOキャッチャーだけにね。
みんな元気かー?
みんなのアイドル、世直し系ユーチューバーTADASHIです。
さっそくファンからのコメントが――っておい、迷惑系じゃなくて世直し系だと言ってるだろ。
何回言ったらわかるんだ!
では気を取り直して。
今日、俺はとある人から世直しを依頼され、列車に乗ってとある駅にいます。
みんな分かりますかね?
分かんないかな?
正解者がいないので答えを言いますね。
ここはあの伝説の『きさらぎ』駅です。
はい、証拠の駅名の看板ね。
見える?
ちゃんと『きさらぎ』って書いてるでしょ。
この駅はみんなも知っての通り、たくさんの人を招き入れて、閉じ込めているという、悪ーい駅なんです。
そこで俺に懲らしめて欲しいって依頼が来たわけ。
おっとコメントがたくさん来てますね。
『危ない』、『帰れなくなるぞ』、『無理しないように』みんな心配してくれてありがとう。
でも大丈夫、依頼者から注意事項とか、対策とかばっちり聞いているんで、何が来ても問題ないぜ。
『どうやって行ったの?』それは秘密。
誰かが真似したら大変だからな。
何よりもファンの安全が第一だからさ。
『いつから迷惑系から怪談系に転向したの?』っておい!
よ・な・お・し。
二度と迷惑系と間違えるんじゃねえ。
まったくアンチはコレだから……
アンチに構って目的が果たせなくなるのも本末転倒なので、次行きます。
ます最初にするのは、駅員に天誅を下すこと。
ここで働いている時点で悪人確定なので、罰を与えないとな。
改札口は――あそこだな。
よっしゃ、悪の駅員め、俺の必殺剣をくらえ!
いざ、天ちゅ――
あれ?誰もいないじゃん。
というか使われている形跡がない。
ここ無人駅じゃん!
『きさらぎ駅はもともと無人駅』だって?
いや、依頼人から駅員がいるって聞いてたんだよ。
駅の外も聞いてた話と違うし、全然話が違うじゃんかよ……
それに依頼人もここで待ってるって言ってたのにさ。
どこにもいねぇじゃんか。
騙しやがったか。
はあ、なんか白けたな。
いったん帰るわ。
『ビビった?』、いやビビってねえよ。
嘘つきやろうの思い通りが気に食わないだけ!
まあ世直しやってれば、こういう事もあるわな。
じゃあグダグダだけど、配信終わりまーす。
……ちょっとも待ってくれ。
まだ見てる奴いる?
よかった、何人かいるな。
ここからどうやって帰るのか、だれか知らない?
依頼人のやつが、帰る方法は会ったときに教えるって言ってて、俺知らないんだよね。
『煙を出す』、オッケー。
ライター持ってるから、それで――
あー、燃やすもんないな。
とりあえず、ポケットに入ってたレシート燃やすか。
『お前はそこにいた方が、世のため人のため』、なんだと!?
アンチのやろう、まだいたのか。
『俺が依頼してそこに行くよう仕向けた』だと!
ここ出たらお前の所に行ってやるからな。
覚悟しろ!
ところで煙を出したら、どうすればいいんだ?
『知らない』、いや煙を出したら助かるんだろ。
『調べてもそれ以上の情報が無い』、冗談はよせ。
もっと何かあるだろ。
そろそろスマホのバッテリー切れそうなんだよ。
早く脱出方法を教えてくれ。
『諦めろ』黙れ、アンチ。
俺いやだよ。
こんなところで、ずっとここで暮らすなんて。
だれかたすけt
日曜日の朝、誰もいないリビングで一人パンを食べながらニュースを見る。
いつもは妻と二人で昼食をとるのだが、妻は出張でいない。
そして今日は出張に行ってから、初めての休みの日。
一人きりで過ごす休日なんて何年ぶりだろうか?
数年ぶりの一人の時間なので、何をすればいいのか分からず、とりあえず朝からテレビを見ている。
けれどどうにも落ち着かない。
結婚してからいつも妻と一緒にいるのが当たり前だったので、一人でいるとなんだか悪いことをしているような気分になる。
これが寂しいって事なのだろうか?
テレビを見ていても、何一つ頭に入ってこない。
結局テレビを見ることをやめて、気分転換に散歩に出ることにした。
少しは気が晴れるといいけれど。
玄関を開けて、外に出ると霧が出ていた。
ここは地形的に霧の出やすいところなので、珍しいものではない。
珍しいものではないが、ここのところ毎日霧が出て気味が悪い。
異常気象であろうか?
自分の小さな身で気にしても仕方が無いので、考えないことにする。
霧の中、あてもなく近所を歩いていく。
歩きながら考えるのは妻の事。
本当は一緒に付いて行きたかった。
だけど自分の仕事のこともあるので、それは叶わなかった。
それにしても短い間かから大丈夫だと思っていたが、まさかこんなに心をかき乱されるとは……
妻と話をしたい。
そう思って何かメッセージを送ろうと思ったが、何を送ればいいのか分からない。
しばし熟考した末、この霧を送ればいい事に気が付いた。
スマホを取り出して写真を撮り、妻にメッセージと一緒に送ってみるとすぐに着信が来たので、通話ボタンを押す。
『君が行く 海辺の宿に 霧立たば 我が立ち嘆く 息と知りませ』
妻は開口一番、短歌を詠む。
妻は短歌が好きで、事あるごとに詠んでくるのだが、あいにくこちらは無教養である。
それを知ってか、短歌を送ってきた後は必ず訳文を言う。
『あなたが行く海辺の宿に霧が立てば、それは私の立ちつくして嘆く私の息と知って下さい』
なるほど、吐く息と霧を同じものをみなしたのか。
昔の人はなかなかロマンチックだと感心する。
「じゃあ、この霧は君のため息って事?」
『そう。君がいなくて寂しいの』
妻は普通恥ずかしくて言えないことを平然と言う。
聞いているこっちの顔が赤くなりそうだ。
『でも、こっちに霧が出ない。私の事、もしかして寂しくないの?』
「えっと、俺も寂しいです」
『ふふふ』
電話越しに嬉しそうな声が聞こえる。
『知ってた。君、寂しがり屋だからね』
「お互い様だろ」
そうして妻と取り留めのないことを話す。
彼女の声に安心している自分がいる。
やはり俺は寂しかったのだ。
朝から感じていた憂鬱な気分は消えていた。
妻もそうなのか、彼女のため息だという霧がどんどん晴れていく。
『そろそろ、切るね』
十分くらい話したところで、妻が終わりを切り出す。
電話の終わりを告げるのはいつも妻だ。
「じゃあ、また」
『うん、またね』
電話を切ると、さっきまで満ち足りていた気持ちが消え、急に寂しくなる。
なんとなく昔の人の気持ちが分かる気がする。
遠く離れていても、ずっと繋がっていたい。
いつでも話せる電話があるのにコレだから、昔の人はもっと切ない思いだったのだろう。
俺は昔の人の思いをはせながら、大きな息を吐く。
どうかこの息が、妻のいる遠くの街へ届きますように。
最近の頭皮は軟弱で困る。
俺は風呂の排水溝にたまった髪の毛を見てそう思う。
せっかく育毛剤入りのシャンプーを買ってやったと言うのに何たるざまだ。
それだけじゃ頑張れないというから、マッサージも毎日やっているというのに……
ネットでも調べ、ありとあらゆる育毛法を試したが、全く効果が出ない。
二次元のキャラクター頭を見ろ。
例外を除いて誰もがフサフサだ。
中にはドンドン髪が伸びるやつもいる。
それに比べて、現実の頭皮はすぐ音を上げる。
お前にもああなれとは言わないから、百分の一でも真似できないのか……
くそっ、分かってる。
これが現実逃避だということに。
二次元は二次元。
『こうなったらいいなという想像』であって、『こうなれる現実』じゃない。
鏡には自分の薄い頭が映っている。
現実と理想の差に絶望し、大きなため息をついた、まさにその時だった。
「困っているようじゃな」
「誰だ!」
一人しかいないはずの浴室から、別人の声がする。
声のしたほうを見れば、頭には潤いに満ちあふれた髪を持った老人が立っていた。
あきらかに高齢にも関わらず、髪には天使の輪が光っている。
「我は髪の神。髪に困っている者たちを助けるのが使命じゃ」
なんだって。髪は、じゃなかった神は自分を見捨てていなかったらしい。
「お願いします。髪をフサフサにしてください」
「叶えてしんぜよう」
髪の神の持っている杖が光り輝くと、自分の頭が急に重くなる。
一瞬恐怖に駆られるが、すぐに安堵に変わる。
目の前の鏡を見れば、自分の頭がフサフサになっていたからだ。
これならハゲと馬鹿にされることは無い。
「これでどうじゃ?」
髪の神が笑いながら、
「ありがとうございます」
心の底からの礼を述べる。
「ほっほっほ。わしは切っ掛けを与えただけじゃ。未来もそうなのかはお前さん次第じゃ」
「分かっています」
「では髪を大切にな」
そう言って髪の神は去っていった。
そしてウキウキしながらもう一度鏡を見れば、そこには豊かな髪の毛が無かった。
そう無かった。
そうさ、現実逃避だよ。
神様なんて存在なんかしない。
こんなの風呂に入る度にする妄想さ。
俺は憂鬱な気分のまま、浴室をでる。
脱衣所で体を拭いていると、目に入るのは洗面台の横の棚に並べられたコレクション。
「今日は冒険して、赤のやつにしよう」
そして赤色のウイッグを手に取りって頭にかぶり、洗面台の鏡でポーズをとる。
「悪くねえな」
初めて気づいたが、俺は赤い髪の色が似合うらしい。
俺は満足してから脱衣所を出る。
現実逃避で始めたウイッグのコレクション。
始めは現実逃避で始めたものだが、今ではその日の気分でかぶって楽しんでいる。
もはや趣味の領域を超えて生きがいですらある。
友人には最初こそ驚かれたが、今では「髪切った?」くらいの気軽さでいじられる。
まさかハゲの事を前向きにとらえられることができる日が来ようとは!
まさに人生塞翁が馬。
ハゲも案外悪くない。