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2/5/2026, 11:16:28 AM

132.『街へ』『I love…』『あなたに届けたい』



 今年もバレンタインがやってくる。

 近年ではあまり特別視されない一日だけど、私のなかでは依然として勝負の日。
 恥ずかしがり屋の私にとって、愛を言葉にするのは至難の業。
 だからこそ『チョコを渡す=愛してる』の図式が成り立つこの日は、非常にありがたい。
 気持ちを伝えられない私が、『彼』に愛を届けるために、毎年チョコを渡している。

 けれど、上手くいっているとは言い難い。
 これだけチョコを渡しているのに、気持ちが伝わっている実感がない。
 『三分の一も伝わらない』という歌詞があるけれど、それすらも怪しい。

 例えば一年前のバレンタイン。
 奮発して海外ブランドの超高級チョコを用意してみたものの、結果は惨憺たるもの。
 いつもと全く変わらない反応をされた時は、正直殺意を覚えた。

 だから、今年はお安く済ませることにした。
 街へ出て、手ごろな有名ブランドのチョコをいくつか買った。
 今年のコンセプトは『質より量』である。

 だが適当な物を出して手抜きと思われたくない。
 渡すチョコと一緒にメッセージカードを付けることにした。

 とはいえ大したことを書くつもりはない。
 こういうのはシンプルにいくべき。
 バレンタインでは、定番の『I love you』。
 あの朴念仁も、さすがに私の気持ちに気づくだろう。
 そう思い立ち、さっそくペンを取った。

「I love……」
 と、途中まで書いたところで手が止まる。
 急に顔が熱くなり、呼吸も激しくなってきた。
 ああ、なんなんてことだ。
 今更とんでもない事に気づいてしまった。

「これ、めちゃくちゃ恥ずかしくない?」
 そう言えば私、恥ずかしがり屋だった。

 直接愛を伝えるのが無理だからチョコに頼ったのに、メッセージカードで愛を伝えるのは本末転倒。
 私はいったい何を考えていたのか。
 さっき食べたウイスキーボンボンのせいだと思いたい。

 違うメッセージにする?
 『この愛を、あなたに届けたい』。
 うん、無理。
 さっきよりも恥ずかしい。

「これどうしよう……」
 こうして三日間、悶々と悩み抜いた末、結局メッセージは付けないことにした。
 『どうせ、付けても付けなくても同じ反応をするだろう』という結論にたどり着いたからである。
 言い訳ではない、決して。

 ともかく、書かないと決めて気持ちが楽になったのは事実。
 あとは、さり気なく渡せば任務完了だ。
 

 そしてバレンタイン当日。
 私は『彼』の元に近寄り、チョコの入った袋を差し出す。

「ん」 
 素っ気なく差し出される紙袋に、『彼』は一瞬呆気に取られていた。
 しかし袋の中に何があるかが分かると、すぐに顔を綻ばせた。

「やった!
 娘からのチョコだ」
 まるで宝くじでもあたったかのように喜ぶ父。
 毎年のことだが、よくまあ、あんなにも喜べるものである。
 それにしても……

「明治の板チョコ(200円)であんなに喜ぶなんて……
 来年からはあれにするか」

 私の愛も、最近ではめっきりコスパ重視だ。

2/2/2026, 10:14:25 AM

131.『安心と不安』『ミッドナイト』『優しさ』


 友人の沙都子がおかしくなった。

「百合子。
 ふふ、呼んだだけ」
 耳元で、沙都子が甘い言葉を囁いてくる。
 まるで恋人に接するかのような距離感に、私は動揺を隠せない。

「緊張しているの?
 女同士なんだから、気にすることはないわ」
 口を開けば罵詈雑言の嵐、私をいじめることに喜びを感じている沙都子が、私に対し柔和な笑みを向ける……
 悪夢だと思いたいが、紛れもない現実だった。

「クッキーを食べましょう。
 ほら、口を開けて」
 始めは新手のイタズラかと思った。
 でも違った。
 かれこれ一時間くらいこれだし、なんならさっきよりも距離が近い。

「美味しい?
 ふふふ、私のお気に入りなの」
 沙都子と私は気の置けない仲はあるけど、決して百合な仲じゃないし、間違っても睦まじく愛を語らうような仲では決してない。

「ふう、はしゃぎ過ぎちゃった。
 ちょっと休むね」
 そう言って肩に寄りかかる沙都子。
 何の警戒もなく、身を委ねるように体を預ける。
 普段の沙都子なら絶対にしない行動。
 疑いようもなく、沙都子はおかしかった

「うわああ」
 私は沙都子を突き飛ばす。
 私はもう、限界だった。

「どうしたの、沙都子!
 今日は様子がおかしいよ!」
「私はいつも通りよ」
「嘘だ!」
 私は叫ぶ。
 少しだけ『調子に乗るな』と沙都子から罵倒されることを期待した。
 けれど沙都子は、悲しそうな瞳でこちらを見ただけだった。

「そうね、百合子がそう思うのも無理はないわ。
 あなたには、いつも酷いこと言っているもの……」
「そうだよ、沙都子は私をいじめて喜ぶような性格破綻者なんだよ。
 甘い言葉なんて囁かないでよ!
 罵ってよ!」
「いいえ、それは出来ないわ」
「なんで?」
「反省したの。
 いつもひどいこと言ってごめんなさい」
「そんなこと言って!」
「実はね、百合子のことが大好きなの」
 私は頭が真っ白になった。
 あの暴言しか出てこない沙都子の口からそんな言葉が出てくるなんて!
 衝撃のあまり、気を失いそうだった。

「照れくさくて、つい乱暴な言葉を言ってしまったわ。
 ごめんなさい、愛してるわ、百合子」
「……ありえない」
 耳を疑うとはまさにこのこと。
 絶対に沙都子が言わないであろう、その言葉。
 もはや、目の前にいる沙都子が偽物であることは明白だ。

「沙都子を返せ!
 この偽物め!」
「何を言っているの。
 私は本物よ」
「沙都子はね、愛なんて語らないんだよ」
 私は続ける。
「沙都子はね、クッキーを食べさせてくれないし、優しさなんて欠片もない。
 やること全部がメチャクチャじゃなきゃいけないの」
「うーん、なかなか分かってもらえないなあ」
 聞いているのかいないのか、沙都子は顎に手をあてて考え事をし始めた。

「仕方ないわね。
 言葉で分からないのなら、体で分からせてあげる」
「え!?」
 私が何かを言う前に、沙都子が私を押し倒した。

「分かってくれないのなら最後の手段よ」
「ちょ、待って」
 危険を感じた私は、身をよじり脱出する。
 けれどここは狭い部屋の中。
 逃げる場所なんて限られていた。
 あっという間に部屋の隅に追い詰められる。

「ねえ、やめない?
 ちょっと悪ふざけが過ぎるよ」
 私は懇願するように沙都子を見る。
 すると沙都子は、怯える子供を前にしたような、穏やかな笑顔で言った。

「優しいキスと、激しいキス、どっちがいい?」
「助けてー!!!」
 でもここには、私と沙都子の二人しかいない。
 絶体絶命だった。

「騒がしいわね、何をやっているの?」
 だが神は私を見捨ててなかった。
 騒ぎを聞きつけて、家族の誰かがやって来たのだ。

 (助かった)
 私は助けを求めるために、入り口の方を見て、そして固まった。

「ひぇ?」
 我ながら間抜けな声が出たなと思った。
 だってそうだろう。
 部屋に入ってきたのは、他ならぬ沙都子だったのだから。

 馬鹿な、私は沙都子に迫られていたはず。
 なのに、なぜ沙都子が部屋の入り口にいるのか……
 意味が分からなかった。

 正面を見た。
 沙都子がいた。
 聖女のような微笑みで私を見ている。

 横を見た。
 沙都子がいた。
 汚物を見るような目で私を見ている。

 どっちが本物かって?
 そんなの決まってる!

「助けて、沙都子!
 ニセモノに襲われてる」
 ドアの近くに立っている沙都子に助けを求めた。

「ニセモノってなによ。
 馬鹿だと思っていたけど、いよいよ本物の馬鹿に……
 ――あら、姉さんじゃないの」
「お、お姉さんなの!?」
 思わず沙都子の言葉を繰り返す。

「沙都子、お姉さんがいたの?」
「言ったことないかしら?
 私には姉がいるの」
「……よく遊びに来ているのに、全く知らなかったよ」
 私は二人を見比べる。
 一卵性双生児だろうか、沙都子とその姉は瓜二つであった。

「全然見分けが付かない」
「すぐ分かるでしょ。
 こんなに違うのに」
「そっくりだよ!?」
「容姿じゃなくて、性格が」
「……うん」
 なるほど、たしかに性格は似ていない。
 私が感心していると、お姉さんが深々とお辞儀をした。

「改めまして、私は沙都子の姉の沙夜です。」
 そして、お姉さんは申し訳なさそうな顔で私を見た。

「ごめんね、百合子ちゃん。
 少しだけからかうつもりだったんだけど、あんまり可愛い反応するからつい苛めちゃった」
 『嘘だ』、そう思った。
 私を追い詰めた気迫は、『つい』で済まされるようなものじゃなかった。
 絶対に私の唇を奪おうとしていただろう。
 私は一歩、お姉さんから距離を取る。

「姉さんは部屋から出て行ってくれる?
 ここは私の部屋よ」
「もう、沙都子ちゃんたら意地悪ねえ。
 3人で遊びましょうよ」
「出て行って!」
「はいはい、分かりましたよ。
 またね、百合子ちゃん」
 そう言って、大人しく出ていく沙都子(姉)。
 それを見て、私はようやく胸をなでおろした。

「ありがとう、沙都子。
 危ない所だったよ」
「まったく気を付けなさいよ、姉さんは危険だから」
「やっぱり?」
「ええ、性別関係なく気に入った人の唇を奪おうとするキス魔よ」
「……へえ」
「手段を選ばないところがあって、深夜の闇討ちも辞さないわ。
 姉さんを知っている人からは、ミッドナイト沙夜なんて呼ばれることもあるわ。
 暗い夜道に気をつけなさい」
 その言葉を聞いて、私はもう一度震えた。
 私はとんでもない化け物に気に入られたらしい。
 もう一人でトイレ行けない。

「それより百合子、あなたに聞きたいことがあるんだけど」
「な、何かな?」
「あなた、私のクッキー食べたでしょ?」
 私はビクリと体を震わせた。

「あれ、後で食べようと取っておいたんだけど、知らない?」
「それ、お姉さんが食べてたよ。
 ほら、そこに残りがあるでしょ」
 咄嗟に嘘をつく。
 お姉さんに『あ~ん』して食べさせられたクッキー。
 絶対に私の責任じゃないけけど、絶対に怒られるので誤魔化した。

「いいえ、姉さんは甘いものが駄目で、クッキーは食べないの」
 でも無駄だった。
 沙都子は、親の仇とばかりにジロリと私をにらんだ。

「きっちり詰めてあげるから覚悟しなさい」
「私、悪くないよ。
 お姉さんが――」
「問答無用!
 歯を食いしばりなさい」
 拳を固く握り始める、沙都子。
 その様子を見て、私は安堵にも似た感情を抱く。
 やっぱり沙都子はこうでなくては!

 いつもの沙都子が戻って来た安心。
 そして、未来の自分の身に起こることへの不安。
 その矛盾した感情を抱えた私は、もう笑うしかないのだった。

1/31/2026, 9:34:35 AM

130.タイムマシーン『こんな夢を見た』『逆光』


 こんな夢を見た。

 夢の中で、俺は見渡すかぎりの大草原に横たわっていた。
 いつから居たのかは分からない。
 だが、とても居心地が良く、いつまでも身を委ねられる気がした。

 だが、一つ奇妙な点があった。
 その草原は闇の様に黒かった。
 緑色の草は一本も生えておらず、黒い草しか生えていない。
 異様な風景であったが、不思議と嫌な感じはしなかった。
 夢だったからかもしれない。

 どれくらいそうしていただろうか。
 ふと、視界の隅に動くものがあることに気づく。

 ゆっくりと顔を向けると、そこにヤギがいた。
 ムシャムシャと草を食べている。
 ヤギが草を食むのは道理だが、なぜか説明のできない焦燥感に駆られてしまう。
 追い払うべきか迷っていると、ヤギがこちらに気づき顔を上げた。

「どうも、おじゃましてます」
 そう言って、お辞儀するように頭を一段下げる。
 俺も釣られて頭を下げると、ヤギは満足そうな笑みを浮かべて言った。

「実は私、未来から来ました」
「未来?」
「はい、タイムマシンで」
 『ヤギがタイムマシンに乗って過去へ』
 荒唐無稽な話だが、ここは夢の中。
 俺は疑うことなく、ヤギの言葉を信じた。

「なぜ過去へ?」
「もちろん、草を食べに来ました」
「それはおかしい。
 お前のいた未来でも、草はたくさん生えているだろう?」
 俺がそういうと、ヤギは悲しそうな目をして言った

「残念ながら、私のいた未来ではこの草原はないのです」
 俺は思わず目を見開いた。
 うっかり夢から覚めてしまいそうになる。

「なぜそんな事に?
 こんなに豊かに生い茂っているのに……」
「分かりません。
 少しずつ数が減っていき、私のいた未来ではほとんど絶滅してしまいました」
「そうか……
 ならば防がないといけないな。
 前兆のようなものはあったのか?」
「そうですね。
 発端は、白い草が生え始めた頃でしょうか。
 始めは数も少なく気にも留めてなかったのですが、次第に数を増し、段々と黒い草が生えてこなくなり……

 ああ!!!」
 突然ヤギが叫び出す。

「どうした?」
「あ、あれを見てください」

 ヤギの視線を追った俺は、息をのんだ。
 この草原の悲劇の予兆、不吉の象徴。
 白い草が、ポツンと一本だけ生えていた。

「もうダメだ、おしまいだ」
「落ち着け、まだ一本だけだ。
 あれさえどうにかできれば――」
 だが、それ先は言うことが出来なかった。
 黒い草が、見る見るうちに枯れていったからである。

「馬鹿な、早すぎる」
 俺が嘆いている間も、黒い草がどんどん枯れていく。
 そして枯れた跡からは白い草が芽吹き、草原が白く染まっていく。
 
 その光景に恐怖を感じたが、自分には止める術がない。
 そもそも何が起こっているか分からないからだ。

 だが恐怖は終わらない。
 その白い草すらも枯れ果て、大地がむき出しになり――


 ◇ ◇ ◇

「――ろ。
 おい、起きろ!」
「うーん」
 体が揺らされる感覚で、意識が夢の世界から浮上してくる。
 さっきまで見ていた光景が夢であることに気づき、俺は心の底から安堵の息を漏らす。

「うなされていたぞ。
 大丈夫か?」
「あ、ありがとう。
 悪い夢を見ていた」
 そう言いつつも、目の前の人物が誰か分からない。
 家族の誰かだろうが、逆光で眩しくて顔が見えないのだ。

「早くリビングに来い。
 母さんがご飯を作っているから」
「うん」
 そこで声の主が誰か気づいた。
 父親だった。

 しかし父親の顔は、逆光で未だに見えない。
 なんでこんなに眩しいのか、不思議に思った。
 そして、すぐに気づく。

 父親の頭が光っているのだ。
 正確には、父親の毛の無い頭に、蛍光灯の光が反射しているのである。
 それに気づいた時、俺は猛烈な不安に襲われた。

 聞いたことがある。
 夢は、体が発するメッセージであると。
 その時は眉唾だと思ったが、今なら信じることができる。

 そして確信した。
 さっき見た夢は、紛れもない体からのSOSであるということに。

「顔が真っ青だぞ。
 本当に大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
「水でも取ってこようか?」
「いや、それよりも……」
 俺は自分の頭を触りながら、震える声で言った。

「育毛剤、使っていい?」

1/26/2026, 1:17:51 PM

 彼の顔を見た瞬間、右手に持った買い物袋を取り落としそうになった。
 会いたくて、でも会えなくて、ずっと探していた彼。
 二度と会えないと思っていたのに、こんな所で再会するとは思わなかった。

 あの日、彼は私に別れを一方的に告げ、引き留める間もなく部屋を出ていった。
 過ごした時間は少ないけれど、私の大事な物を盗んでいった彼。
 あの特別な夜を忘れることが出来ず、少ない手掛かりを頼りにずっと彼を探していた。

 しかし再会するのはドラマチックな場所ではなく、食材の買い出しの時に会うと言うのは、いっそ笑うしかない。
 心の準備が出来ていなかっただけに、衝撃度は大きい。
 私は胸の高鳴りを押さえるべく、ゆっくりと深呼吸をした。

 じっと熱い視線を送っていると、彼がこちらに気づいた。
 その顔に驚きの表情が浮かぶ。
 どうやら彼にとっても、この再会は思いがけなかったらしい。
 私は平静を装って、彼に手を振りながら近づく。
 そして、手を伸ばせば届く距離まで近づいたところで。

「……君に会いたくて、探していたわ」
「そうか」
「言いたかった事があるの」
「何かな?」
 私は人生で一番の笑顔を浮かべて言い放った。

「死ねぇ!」
 私は腕を振り上げ、思い切り殴りかかる。
 しかし悲しいかな、喧嘩の作法などろくに知らない私の拳は、あっけなく彼に避けられた。

「いきなり殴りがかるなんて、何考えてやがる
 何もしてないだろ?」
 眉をひそめて私をたしなめる彼は、本気で心当たりがないと困惑している。
 その様子に、どうしょうもなく腹が立って、人目もはばからず叫んだ。

「数週間前、お前は『願いを叶える魔人』として、私の前に現れた!
 覚えているか!?」
「よく覚えているよ。
 最近呼ばれることが少なくなったからね」
「なら私の家から日記帳を盗んだのも覚えているるわよね!」
 忘れもしないあの夜。
 私が骨とう品屋で大枚をたいて買った日記帳を、『自分のものだ』と言って、去り際に持ち帰ったのだ。
 願いを叶えた対価のつもりらしいが、私は了承してない。

「あー、それは悪かったと思ってる。
 他人に日記を読まれたくない一心で焦ってな……
 反省してる」
「反省が何になる?
 殴らせろ、そして海の底に沈めてやる」
「物騒だなあ。
 願いを叶えてやったろ?
 チャラにしてくれよ」
「あの粗品でもらえるボールペンと、本気で釣り合うと思ってるのか?」

 目の前にいる魔神は、『日記の魔人』である。
 買ってきた日記帳から出てきて、『日記に関する願い』を叶えてくれると言った。
 すったもんだの末に、彼が置いていったのはあのボールペンなのだが、高価な日記帳と釣り合うはずがない。
 私が抗議の意を込めて睨んでいると、魔神は「やれやれ」と首を振った。

「日記帳は返せない」
「ああ!?」
「その代わり、こういうのはどうだ?」
 そう言って、魔神は私の右手を指差した。
 訝しみながら差した方を見て、私は衝撃で身体を震わせた。

 そこにあるのは占い館。
 しかもテレビで話題沸騰中の『予約の取れない占い館』だった。

「それ、俺がやってるんだ」
 平然と言い放つ魔人。
 信じられない思いで魔人の顔を見るが、嘘を言っている様子はない。
 私は衝撃の事実に、何も言えないでいた。

「占ってやるよ。
 予約なし、料金なし、運命の相手を占う特別コースだ」
「か、からかっても無駄よ!
 アナタは日記に関することしか出来ないんでしょ」
「まあ、そうだな。
 俺が出来るのは……
 交換日記を通じて恋人を作ってやることくらいかな」

 (それ、ちょっといいな)
 一瞬だけそう思ってしまった。
 そんな私の迷いを見透かしてか、魔人は不敵に笑う。

「一名様ごあんなーい」
「待って、私はまだ……」
「じゃあ、さっそく恋人の好みでも聞こうかな」
「ちょっと!」
 こうして占いの館に連れ込まれ、恋人の条件を根掘り葉掘り聞き出される羽目になった。

「くっそー、あんな恥ずかしい事まで言わされるなんて……
 絶対に許さないわ」
 私は顔が熱くなるのを自覚しながら、またしても魔人に復讐を誓うのであった。

1/25/2026, 9:41:23 AM

128.『美しい』『木枯らし』『閉ざされた日記』


 近所の骨とう品屋で日記帳を買った。
 その気品ある装丁は、少しも古さを感じられず、まるで新品のように美しい。
 この日記帳に書き込めば、木枯らしが吹くような味気ない私の毎日も、きっと素晴らしいものになるように思えた。

「この日記帳なら、三日坊主の私も日記を書き続けれるはず」
 私はその場で購入を決めた。

 だが一つだけ誤算があった。
 それはこれが骨とう品であるという事。
 つまり、既に使用済みの物であり、新たに書き込むことは出来ないという事だ。
 せっかくやる気になったのに、とんだ肩透かしだ。

「まあ、インテリアぐらいには使えるか」
 そう思って、少しでも見栄えを良くしようと、汚れを柔らかな布で拭いていた時だった。

 ――――ドロロローン。
 突然日記帳から煙が噴き出す。
 驚いた私は、思わず本を放り出してしまう。
 呆然とその様子を見つめていると、煙が晴れた先には見知らぬ人影があった。

「どうも、初めまして。
 私、ランプの魔神ならぬ、日記帳の魔神です」
「日記帳の魔神!?」
 私は思わず叫ぶ。
 何が起こっているか分からないが、○○の魔神と言えば相場は決まっている。
 私は興奮を抑えきれず、魔神に尋ねた。

「願い事を叶えてくれるんですか?」
「もちろん」
「やった!
 じゃあ、じゃあですね――」
「ただし!」
 魔神は私の言葉を遮った。

「願い事は一つだけ。
 日記に関するものに限ります」
「ケチ」
「文句を言わないでください。
 一つでも叶うだけ、運がいいんですよ」
「ま、そんなうまい話はないか」
 私はそれ以上追求せず、考え事をする。
 いったい何を願うべきか。
 私は腕を組んで考える。

「純金のペンをください」
「ダメです。
 日記を書くことに、純金である必要はありません」
「未来の私が書いた日記が浮かび上がる日記帳をください」
「ダメです。
 それやるとタイムパラドックスとか大変なんです」
「じゃあ、考えるだけで自動的に書き込まれる日記帳ください」
「ダメです。
 そんな便利なものはありません」
 希望するものを悉く否定されてムッとする。
 日記帳に関する願い事ばかり提案しているのに、この魔神、一向に首を縦に振らない。
 
「……じゃあ、何があるんですか?」
「日記を書き込むと登録した相手に届く」
「それメールで良くね?」
「悪いけど、私が叶えられる願いは、たいていテクノロジーの方が優秀」
「役に立たねえ」
 私は失望のため息を吐いた。

「まあいいや。
 なんか適当に書き味のいいボールペン下さい」
「はいよ」
「胸ポケットから出て来た……」
「それお勧め。
 書き心地いいよ」
「これ、商店街で配ってるボールペンじゃん……」

 商店街の名前がでかでかと入っている、ダサいボールペン。
 見た目に反し、書き心地はいいので、地元民は文句を言いながらも愛用している。
 たしかに魔神がおすすめするのも無理はないほとの逸品。
 けれど、

「でもたくさん持っているんだよね……」
 確かにいいボールペンだけど、何かにつけて配るので、腐るほど持っている。
 なんだか損をした気分だ。

「いいものなんだけどなぁ……」
 釈然としない思いでボールペンを見つめていると、魔神が玄関の方に向かって歩きだす。

「願いを叶えたので私は帰ります」
「帰りは歩きなのか……


 って、ちょっと待って」
 私は魔神を呼びとめる。
 そして魔神が脇に抱えている『もの』を指さして言った。

「なんで私が買った日記帳を持っているの?」
 チッと小さく舌打ちしたかと思うと、魔神はこちらに向き直った。

「単刀直入に言います。
 これは私の日記帳です」
「はあ」
「泥棒に盗まれてしまいましてね。
 あちこち探していたんですが、こうして見つかりました。
 ご協力ありがとうございます」
「待て、あげるとは一言も――」
「失礼!」
 魔神がそう叫ぶと、来た時と同じように煙が噴き出した。
 驚いてひるんでいると、耳には玄関のドアが開く音。
 まんまと逃げられてしまった。 

「あのくそ野郎め」
 思わず口から悪態が出る。
 けっこうなお金を出して買ったものなのに、その対価がタダでもらえるボールペンとは……
 全然釣り合わない!

 百歩譲って、このボールペンと交換なのはいい。
 でも、騙し打ちのような真似をして持っていくのは、誠意がないと罵られても仕方がない。

 私は胸の奥に沸き上がる怒りを感じながら、本棚を漁る。
 そこにあるのは、魔神に盗まれたものとは別の日記――去年の1月に買って、結局使わなかった未使用品。
 私は長らく閉じられた日記を机の上に開き、今日あった出来事を書く。
 書くことは、もちろん魔人のことだ。

「あの野郎、絶対に許さないからな」
 魔神の人相、体型、鼻につくしやべりかたなど、まらゆる特徴を執念深く書き込んでいく。
 自信はないが似顔絵も描いた。
 これで奴の憎い顔を忘れることはないだろう。

 商店街仕様のボールペンを持っていたということは、この辺りに住んでいる可能性が高い。
 商店街に足繁く通えば、いつか必ず尻尾を掴めるはずだ。

「逃さないからな」
 魔神を見つけるその日まで。
 私はこの『復讐日記』を書き続けることを誓うのであった。

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