初心者太郎

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11/5/2025, 9:13:06 AM

—最後の香り—

自分の部屋の窓を開けると、やわらかい果実のような甘い香りが鼻をくすぐる。この匂いを嗅ぐと、秋が来たんだなと感じる。

「このキンモクセイの香りを嗅げるのは、今年で最後みたいねぇ」
「本当に残念だわ。公園は住宅地に代わるらしいわよ」 

近所のおばちゃんたちが話している。二人の声は、自然と耳に入ってきた。

おばちゃんたちの言う通り、家の近くの公園では、規制線の向こうで工事が進んでいる。

「ここの人たち、みーんな反対してるのに市長が勝手に決めたんだってねぇ」
「あら、そうだったの!」

皆、キンモクセイのこの優しい香りが好きなのだ。僕も正直、無くなってほしくない。

「だからバチが当たるのよ。この間のニュース見た?」
「ええ、見たわ。いつかはやると思ってたのよ」

僕もそのニュースは見た。市長にはパワハラの疑惑がかけられているらしい。
でももし、それが本当なら……。

「辞任するのかしらね」
「そうじゃないかしら。もしそうなったら、公園の閉鎖は無くなるのかしらねぇ」

だが既に工事は始まっているので、残念だが無くなるとは思えない。
最後にキンモクセイの香りを胸いっぱいに吸い込んで、窓を閉めた。

来年は別のどこかでキンモクセイを感じられたらいいな、と思う。

お題:キンモクセイ

11/4/2025, 2:57:09 AM

—運命の席替え—

宮野のクラスでは一ヶ月に一度、席替えが行われる。そして今日が、その席替えの日。

(また上原と隣になれますように。また上原と隣になれますように——)

宮野は胸の前で両手を組んで願った。
席替えの方法はくじである。一人一枚くじを引き、書かれている番号の席に移動するやり方だ。

宮野がくじを引く番になった。画用紙で作られたボックスに手を入れる。

(これだっ!)

番号には十九と書かれていた。隣で上原がくじを引いている。息を止めて手元を見つめる。

「私、二十番だ。宮野は?」
「俺は十九番だったよ」

奇跡的に番号が続いていたので、期待して黒板を見る。座席表が書かれており、不規則に番号が振られていた。

「どんまい、真ん中の一番前じゃん」上原は揶揄して微笑んだ。
「マジかよ……」

たとえ先生の真ん前だとしても、上原が隣にいるなら、と思ったが隣は違う番号だった。

「私は……。やった、窓側の後ろから二番目だ」
「いいなぁ」

席を確認した人から移動しろ、という先生の指示でみんな動き出す。

「じゃあね、宮野。一ヶ月、楽しかったよ」
「うん、俺も。また」

『楽しかったよ』と言われて胸が熱くなる。
来月はまた隣になれたらいいなと思いながら机を動かした。

お題:行かないでと、願ったのに

11/3/2025, 2:19:29 AM

—思い出の一ページ—

学校から帰ってきて五分も経っていないのに、僕を呼ぶ声が聞こえた。

「ダイキー、虫とり行こうー」

自分の部屋の窓から顔を覗かせると、虫籠と虫網を持ったタクヤがいた。
彼は学校で『虫博士』と呼ばれている。

「ちょっと待って、すぐ行くー」

僕も虫籠と虫網を持って、外に出る。

もうすぐ夏休みのこの季節には、珍しい虫がたくさんいるらしい。僕達は、近くの森に向かった。

「二人で手分けして探そう。何か見つけたら教えてほしい」タクヤは言った。
「わかった」

僕達は二手に分かれた。
この森は迷子にならないように看板が設置してあるので、奥まで行っても安心だ。ぐんぐんと進んでいく。

「あっ!あれって……」

一時間が経過した頃。
木の根元を歩いている、黒くて小さいカブトムシを見つけた。ポケット図鑑で確認する。

「やっぱり、コカブトムシだ……」

逃げないように、そっと虫網を近づける。タイミングを見計らい、バサっと一瞬で獲物を捕らえる。

「やった」

虫籠に入れ、引き返すことにした。森の入り口まで近づくと、タクヤの姿が見えた。虫はまだ捕まえていないようだ。

「何か見つけた?」
「うん。多分びっくりするよ」

僕は虫籠を見せた。すると、彼は驚きと喜びの顔を見せた。

「コカブトムシだ、すごい!そうそう見つけられる虫じゃない。しかもツノが立派だ。この森にいるとは思わなかった」
「な、すごいだろ」

僕達は目を見合わせて、ハイタッチした。

「持って帰ってもいいかな」
「もちろん」

僕達は二人で虫の標本を作っている。捕まえた虫をタクヤが飼い、死んでしまった虫を標本として記録に残している。
彼の父親が昆虫学者なので、そこは任せている。

「この前捕まえた『オオムラサキ』見に来る?」
「行きたい!」

また二人の思い出が一ページ増える。そう思うと僕の心も喜びで満ちていった。

きっとまだ出会ったことのない虫たちが待っている。夏休みが待ち遠しい。

お題:秘密の標本

11/2/2025, 8:50:28 AM

—正しい有給の使い方—

布団の中でスマホの画面を覗いた。

「六時か……」

金曜日の朝六時。俺はいつもこの時間に起きて、仕事に向かう準備をする。

だが、今日は違う。
なんと有給休暇で休みなのだ!

特に予定があるわけではない。有給を消化してほしいと言われたので、仕方なく今日にしただけだ。
アラームをかけていないのに起きてしまったのは、日々の習慣が定着している良い証拠だろう。

それはさておき、今日はどこに行こうか。
頭の中で考える。

映画館、カフェ、ラーメン屋、本屋……などなど。
行きたい場所はいっぱいある。

「とりあえず寝るか……」

布団の外は寒い。もう少しぬくぬくしていたい。
二度目の眠りに入った。

「あれ……、もう三時⁈」

いつの間にか、午後の三時になっていた。日頃の疲れが溜まっていたのか、ぐっすり寝てしまっていた。

「まぁ今日は家の中で過ごすか」

もう外に出る気は無くなっていた。
よく寝たおかげで疲れは取れた。今日はそれだけでも良しとしよう。

お題:凍える朝

11/1/2025, 7:01:54 AM

—もう一人の私—

「本当に一人遊びが好きね」昔、母は私に言った。

だから私は「一人じゃないよ」と反論したけれど、そう答えると母の表情にハテナが浮かんだ。
小さい頃の私は知らなかったのだ。
みんなの影に、心がないことを。

それから私は中学生になった。バレーボール部に所属し、充実した日々を過ごしている。

「だんだん上手くなってる気がする」

初心者として入部してから、はや三ヶ月が経った。足から体を伸ばした影も、私を見て頷く。

トスをあげ、影のスパイクを打ち返す。今度は影がトスをあげ、私がスパイクを打ち返す。
こういう風に二人でボールを打ち合う練習をしてきた。以前と比べるとやはり、自分が成長してきたのを感じる。

「これからも一緒に頑張ろうね」影はまた頷いた。

光があれば、影がある。私が死ぬまで、影は側にいてくれる。
いつまでもこの子と切磋琢磨して頑張りたいと思う。

お題:光と影

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