風が吹く。それが今までとは違い、肌を撫でると、体が芯から冷えていくようだった。
とうとう秋が来た。それどころか、秋を越えて冬になろうとしている。
まだだ。まだ待ってほしい。まだ秋でいてほしい。
だってまだ、秋を堪能していない!
栗、さつまいも、かぼちゃ、きのこ、サンマ、柿……まだまだある!
秋は美味しいものがいっぱいだ。食欲の秋。秋って最高……!
だから、まだまだ秋でいてね。
秋の風に吹かれながら、出来立ての焼き芋を頬張った。
『秋風🍂』
「今日はいい日になる予感がする!」
私の予感は当たらない。
さっきまで晴れていたのに大雨に降られたし、車に泥を引っ掛けられた。何がいい日だ。こんなことばかりだ。
でも、予感がしてしまうのだから、どうしようもない。止められるものでもない。
一度くらいは当たってほしいものだ。
「あ、今日は特段にいいことが起きる気がする!」
今日も予感がする。
今度こそは、この予感が当たりますように!
『……現在、直径およそ10キロメートルと推定される小惑星が、地球との衝突コースにあることがわかりました。衝突確率は99%。日本時間で本日午後8時20分と予測されています。世界各国は時間を争う形で、迎撃作戦の立案と実行を――』
『予感』
カラオケへ行って大声で歌を歌う。
しっとりした曲からみんなで歌って踊れるネタ曲まで。
腹の底から歌って、心の底から笑う。
それから、ファストフード店へハンバーガーを食べに行って、くだらない話をしながら爆笑する。
今ならうるさくて迷惑だろうなと思うけど、あの頃は周りなんて見えていない。箸が転んでもおかしくて、馬鹿だな~と思いながら笑ってた。
今はそんな些細な出来事で爆笑することもなくなったけど、今でもまだ。
『カラオケ行かない?』
『いいねー』
私達が友達なのは変わらない。
『friends』
君から『声が出なくなった』とメッセージが届いた時はとても驚いた。
君は歌うのが大好きで、その歌声で大勢の人を魅了していた。
そんな君が声を出せないなんて。
メッセージを受け取った僕は、慌てて君の元へ飛んでいった。
部屋のインターホンを鳴らすと、君が生気のない顔をして出てきた。
部屋に入り、事情を訊く。
「原因はわかってるの?」
『はっきりとはわからない』
スマホのメモで返事をしてくれる。
「風邪引いてたとか」
『元気』
「元気ならいいんだけど……」
その割に、表情は暗い。
当たり前だ。君は、歌うのが大好きなんだから。
「医者には行った?」
『うん』
「医者はなんて?」
『ストレスじゃないかって』
「思い当たることはあるの?」
短い沈黙が訪れ、それから、君はゆっくりとメモを打ち出した。
『上手に歌わないといけない
みんなが期待してる
私を否定する人もいる
歌が大好きなのに歌うのが辛い』
プレッシャーか……。
君のことを小さな頃から見ていた。
君は歌が心から好きで、いつも楽しそうに歌っていた。
たしかに最近の君は、表情が硬かった。
期待に応える為に、焦って、必死になって、そして、ストレスから声が出なくなってしまった……。
「歌ってよ」
君が驚いた表情で僕を見る。
「声が出ないのはわかってるよ。でも、僕は君が楽しそうに歌ってるのを見るのが好きだ。観客は僕だけ。上手く歌おうとか考えなくていい。声が出なくなっていい。僕の為に歌ってくれないか」
君は戸惑った様子で、それでも歌い始めた。
声は出ていない。でも、少しずつ表情が崩れていく。だんだんと、昔みたいに楽しそうな表情に変わっていく。
声は出ていないけど、僕には聴こえる。楽しそうな君の歌声が。
君が歌い終わると同時に、大きな拍手を贈った。
「やっぱり君の歌声は最高だ!」
「声聴こえてないのに?」
君が楽しそうに笑った。
『君が紡ぐ歌』
山の中で迷子になった。遭難だ。
辺りは暗く、霧に包まれ、疲労困憊の私はもう歩くのも精一杯だ。
すると、前方に光が見えた。山小屋か?
ふらふらと光の方へ進んでいくと、突然霧が晴れ、目の前に山には場違いの綺麗な建物が現れた。山小屋というより、小さなお屋敷だ。誰かの別荘だろうか。
助かった! 安心からか、さっきまでの疲労が嘘のように感じた。
しかし、ノックをしてみても、反応はない。
遠慮がちに扉を開け、声を掛けた。
明かりが点いているのに、誰もいないのか? やはり反応はなく、人の気配すらしなかった。
申し訳ないと思いつつ、こちらも命がかかっている。そのまま屋敷に上がらせてもらった。
部屋に入り、ふかふかのソファに座ると、眠気が襲ってきた。
そして、そのまま山から戻ることはなかった。
『光と霧の狭間で』