「bye bye…」
公園で散歩をしていると、外国人の小さな男の子がサッカーボールを持って近づいてきた。
言葉は分からなかったが、一緒にサッカーをして遊んであげることにした。
遊んでいると、父親らしき人が迎えに来た。
「bye bye…」
なんだか少し寂しそうに手を振って、その男の子は帰って行った。
ある日、中東での戦争のニュースが報道されていた。
恐ろしい爆撃音と酷く崩壊した瓦礫の海。
悲鳴をあげ避難する国民達の中に、あの男の子らしき人物がいたような気がした。
あの時の帰り際の寂しそうな「bye bye…」が頭の中で反芻して、胸が苦しくなる。
どうか、あの子じゃありませんように。
どうか、争いなくただ幸せに生きられる世の中になりますように。
「君と見た景色」
病床に伏してからというもの、終わりゆく生命を惜しみ、これまで歩んできた人生を回顧する日々が増えた。
思い返すのは仕事のことばかりで、我ながらうんざりしている。
ふと、妻との結婚生活を振り返ってみる。
妻は大人しく私の後ろをついて来てくれるような良妻賢母な女性……ではなかった。
快活で、私の小言などほとんど聞かない。幾つになっても天真爛漫な女性だった。
ある時、退屈だからと山登りに連れて行かれた。私は生来、体力のある方ではなかったので、苦痛でしか無かった。
やっとの思いで山頂まで登りきった時、妻は一言「生きててよかった。」と一筋の涙を流した。
あの時、私はそれを見て、山頂からの絶景よりも、力強く光り輝く君の生命が美しくて涙が出た。
「手を繋いで」
あれは忘れもしない小学校のレクリエーション。『手つなぎ鬼』をした。
当時好きだった男の子が鬼で、とろかった私はいち早く狙われた。
タッチされて、その子と手を繋いで走った時のあのドキドキする気持ちは一生忘れられない。
そして、その男の子は今も私の隣で私と手を繋いでいる。
「小学校の頃のレク覚えてる?」
「ん?レク?」
「手つなぎ鬼。…あの時、一番最初に私のこと捕まえたよね。やっぱり、とろかったから?」
自虐的に笑って聞いてみた。
「…いや、その時から好きだったから。好きな子と手繋げるチャンスだったし。」
悪戯っぽく笑う彼。
「!?」
予想外の答えに一瞬パニックになったが、私は言葉にならない感情を彼の手をギュッと握って返した。
「どこ?」
「ノロマ」「出来損ない」「バカ」「無能」
心無い言葉を数え切れないほど浴びせられてきた。
いつしか私の心は動かなくなった。一体、私の心はどこに行ってしまったのだろうか。
「どうしたの!?大丈夫??」
突然、声をかけられふと我に返る。
「え?」
「急にごめん、でも、急に涙を流すから…驚いて。…辛かったんだね。もう大丈夫。」
友達は優しく私の涙を拭うと力強く抱きしめた。
自然と両目から涙が次々こぼれ落ちていたのに自分では気づかなかった。
良かった、私の心が見つかった。
「…ありがとう。」
「大好き」
もう、潮時かな。
喧嘩も増えて、気持ちも冷めている。思い切って、彼に別れを告げた。
「…うん。わかった。それじゃ、元気でな。」
彼の答えは驚くほど呆気なかった。私にそう告げると足早に立ち去っていった。
私は呆気にとられ、何も言えずにその場に立ち竦んでしまった。
失ってから気づくとはよく言ったものだ。私への愛情が無くなった途端、無性に寂しくなる。
わがままな自分に嫌気がさす。
気分転換に外の空気を吸うため玄関から出ようとすると、扉の向こうに人の気配を感じ、耳を済ませる。
「ぅ、ううぅ…ぐすっ、ごめん。ごめんな。ぐすっ、本当はずっと一緒に居たい。大好きなんだよ…うぅ。」
彼だ。彼が泣いてる。
今更、そんな事言わないでよ。私が欲しい時には全然言ってくれなかったくせに。
「私も、大好きだったよ…。」