moonlight
夜は少し冷える。海沿いは寒いくらいだ。
それでも君が「海を見に行こう!」と無邪気に言うから、僕は君に手を引かれて夜の海辺を歩く。
風が吹いて、月を覆っていた雲が流れていく。
君は僕の手をパッと離して、波音をBGMに軽やかに踊り出す。
現れた月の光は君を照らすスポットライトになった。
僕はその光景にただただ心を奪われていたんだ。
今日だけ許して
血の繋がってない我が子。
私へのよそよそしい態度は仕方がないことだと割り切っていた。
あなたの本当の母親からあなたを奪ったのは確かに私だから。
彼女が何をしたかどんな罪を犯したのかまだ伝えられないけれど、私は彼女からあなたを奪って良かったと思っている。
毎年、あなたの誕生日には盛大にお祝いする。
あなたが「大変だから辞めてください。」と気を遣って言うけれど、毎年私はあなたを強く抱き締めて言う。
「生まれてきてくれてありがとう。今日だけは私があなたの母親でいることを許して。」
すると、ぎこちなくギュッと抱き締め返される。
誰か
(※10/2 「遠い足音」の続きのお話)
意識を失って何時間が経ったのだろう。
深い深い眠りから急に現実に戻って来るようにパッと目を開けた。
私はまだ同じ場所に倒れていた、不思議と痛みは感じない。
普通に起き上がれたのでその足で教室に戻ると、誰もいなかった。
学校中を歩き回って「誰か、誰か、誰か──」と叫んだが誰も反応しない。
一周して教室へ戻ると、私の席に中年くらいの女性が2人居た。
2人とも静かに涙を流しながら口々に何かに謝っているようだった。
「ごめんなさいごめんなさい。あなたから、人生を奪ってしまって…。」
「一瞬の浅はかな嫉妬心で、なんて恐ろしい事を。ほんとうにごめんなさい。」
その言葉を聞いて、私は思い出した。
彼女たちだ、私を突き落として殺して、ほくそ笑んだ。
彼女たちの顔や手には深いシワが刻まれていた。
私がこの世を去ってそんなに長い時間が流れたんだ。
死ぬ時、私は不思議と穏やかだった。今涙を流しながら謝る彼女たちの姿を見て、彼女たちがまだのうのうと生きている事に不思議と恨みが湧いてくる。
『殺してやりたい、誰か、誰か、こいつらを殺して。誰か──』
遠い足音
私は学園のいわゆるマドンナ的な立場だったと思う。
毎日、色んな男の子たちが代わる代わる私に声をかけてくる、私も悪い気はしなかった。
だからこそ、知らない間に私への憎悪が無数に産まれたのだろう。
3年生の卒業間近のある日、教室棟と管理棟を繋ぐ3階の渡り廊下で私は誰かに突き落とされた。
落ちている間は本当にスローモーションのようで逆さまに写る世界が摩訶不思議で面白くて、きっと私は笑っていた。
落ちたあとの事はあまり覚えていないが。
目の前が真っ暗になって何も見えなくて、微かに耳だけが聞こえていた。近くに誰かがいる、けれどその誰かは「クスッ」と笑ってどこかへ去っていった。
遠くなる足音を聞きながら私の意識は完全に消えていった。
秋の訪れ
朝起きて窓を開けると、さらりと涼しい風が素肌を撫でる。
昼前にスーパーへ買い物に出掛けると、店頭には新米、秋刀魚、栗、かぼちゃ…秋の味覚がめじろ押し。
午後、窓辺で読書をしていると外に黄金色のススキがはためくのが見えた。
夕方、日の入りが早くなり辺りが薄暗くなると、どこからともなく鈴虫の声が聞こえてくる。
夜、満月の灯りが部屋を照らす。
月明かりをぼんやりと眺めながら鈴虫やコオロギの声をBGMに眠りにつく。
ごく平凡な一日を通して私は秋の訪れを感じる。