凍える指先
指先が凍えて何度も何度も手を擦ったり息をかけたりするけど、全然あったまらない。
ギュッと彼に手を包まれる。
暖かくて大きな手に安心して思わず顔が綻んだ。
「知ってる?手が冷たい人は心が温かいんだ。君は温かくて優しい人って証拠だね。」
その言葉に私はムッとした。
「じゃあ、手が暖かいあなたは冷たい人?」
「…そうかもね?」
彼はからかうように私の手を包み込んだまま応える。
「ねぇ、知ってる?手が暖かい人は手が冷たい人よりももっともっと温かくて優しい人なんだよ!」
彼の口調を真似て得意げにすると、彼は目を丸くしたあと、子供みたいに笑いだした。
雪原の先へ
記憶が日に日に薄れていく。
完全に消える前に行かなくては、あの場所に。
あの、雪原の先にあった小さくて暖かいあの家。
村の人々はあそこには人ならざるモノが住むと恐れ、誰も近づくことはなかった。
僕は孤児で身寄りもなく街をただ彷徨っていた。
ある吹雪の日、寒さと飢えで僕は雪原の中に倒れた。
死を覚悟したが、意識が戻り目覚めると小さな小屋の中で手当され寝かされていた。
その小屋には1人のおじいさんがいた。
子供の僕とほぼ変わらない背丈で長くて立派な髭を蓄えていた。
「おぉ、人間の少年。目が覚めたようでよかった。だが、まだ弱っているようだ。まだ眠っていなさい。」
目の上からゴツゴツした彼の大きな手に包まれ、僕は静かに目を閉じた。
次に目を覚ますと、村の村長の家で目覚めた。
村はずれの道端に倒れていたらしい。
説明したが、誰もそんな小屋もそんな人物も知らないという。
あれから成長するにつれて、その時の記憶がだんだん薄れていく。
あの時の記憶だけが、誰かに意図的に消されているかのように、僕の記憶から抹消されていく。
覚えているのは雪原の先の小さな小屋、小さな老人だけ。
記憶が完全に消えるまであとどれ程の猶予があるのかもわからない。
僕は雪原に向かって歩き出す。
あの日と同じように吹雪の日、無計画に飛び出した僕はまた寒さと飢えで雪原に倒れた。
暖かな空気を感じてうっすら目を開けると、
僕を手当する小さくて立派な髭を蓄えたあの老人が見えた。
雪原の先へ辿り着いたんだ───
白い吐息
朝から凍てつくような寒さだった。
その日、今年の初雪が降った。
そしてその日、私は生まれて初めてキスをした。
16時過ぎに辺りは真っ暗になった。
けれど、お互いまだ帰るのは惜しくて、なんとなく公園のベンチに座る。
肌に刺さるような空気に思わず身震いをすると、君はおそるおそる距離を縮めて、背中から腕を回して私をぎこちなく抱き寄せた。
長い沈黙。
だけど自然と苦痛ではなくて、でも、なんだかソワソワしている。
そうこうしてるうちに空から雪が舞い降りてきて
「あ!雪だ。」 そう言って、君の方を向いた時、君の顔がゆっくり近づいて唇が触れ合った。
スローモーションみたいにゆっくり。
頭の中で理解が追いつかないけど、頬と唇が熱を持ったように熱くなって、
火照った唇を覚ますように口をうっすら開けると、きれいな白い吐息が漏れた。
消えない灯り
俺は俗にいう死神を生業としている。
死神は人間の魂、寿命の管理をして、最期に魂と肉体を切り離して冥土に案内する仕事を担っている。
寿命の管理は無数にある長さも太さもバラバラのロウソクで行っている。
ロウソクの灯りが消える頃に、現世に赴いて仕事をする。
ただ、死神界にも不思議な話はあって。
昔、先輩が飲みの席で話してた噂話で、長さがずっと変わらずに、ずっと灯り続けているロウソクがある事を聞いた。
俺はまだ実際に見たことは無いが、
今も、実はどこかにずっと消えずに灯り続けるものがあるようだ。
消えない灯り、そう、現世には不老不死の人間が実在しているらしい。
ま、噂話だから眉唾だけどな。
きらめく街並み
街並みはいつもと同じなのに、なんでだろう。
君が隣を一緒に歩いてるだけなのに、まるでドラマの世界に迷い込んだみたい。
見慣れたいつもの街並みがきらめく。
君の綺麗な横顔が眩しくて、私は目を細める。
恋をすると、見える景色も変わるんだ。