はす

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5/11/2025, 3:28:42 AM

静かなる森へ

荒涼とした峻厳な森に、気付けば私は迷い込んでいた。幾重にも重なる茂った葉に光は遮られ、行く道の先は酷く冥冥として、恐ろしいほどに静かである。どうして私がこの森にやって来たのか、おおよそ見当はついている。其れは私の罪深さの所為であろう。太陽の黙するこの森で私は恐ろしさに震えていた。
幸いにも、道のりの中途、ある御方に出会った。
「どうか、そこのお方。お助け下さい」
かの人は助けを求めた私に優しげに微笑むと、掠れた声で、私について来なさい、と言った。私はこの森の奥、その先へ行くべきだという。彼は私を導く先達であり、聡明で博識であった。美しく端正な面に微笑を浮かべ、師は私を導いた。
「ついておいで。恐れずとも良い。お前の行先は祝福されているのだから」
「どうしてそう言い切れるのです」
「私はある御方に命を受けてお前を導きに来たのだ。そのお方はお前の愛した御方だよ」
嗚呼、と溜息が漏れる。彼女の美しい目を思い出した。天を流れる星を閉じ込めたかのような、美しい目。
「ああ、なんて情け深い御方であったことだろう。私は貴女に会いたい」
「その為に、お前はこの先を進むのだ」
師の言葉に陰鬱な森を見渡すと、先の情熱の花が萎んでいくかのように恐ろしさが体のうちに湧き上がって来た。師は私の恐れを感じ取ったのか、情愛に富んだ目で此方を見つめた。
「私がお前についているのだから、安心なさい。お前はこの先にある、見るべきものを見なければならないのだから」
師は私の手を取り、優しく握り締めた。その温もりに、不思議と力が湧いてくる。
師に手を引かれ、私は漸く森深くへ進んで行った。
「先生、この先には何があるのですか」
「この先は、憂の国だ。罪深き人が未来永劫、此処に苦しんでいる。一度入ったものは、もう二度と戻れない」
「私の罪はどうなるのです」
「あの御方に会えば分かるだろう」
しばらく歩くと門が見えて来た。永遠で満ちていた世界に初めて創造された、地獄の門。
「さあ、行こう」
優しい師の目配せに、私は頷いた。

Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate.

───迷いは捨てた。ただ進むのみ。





迷走しました。なにこれ。

5/8/2025, 12:37:50 PM

届かない……

どうしたって届かないものはある。荒唐無稽な夢であったり、高すぎる理想であったり。届かない、と分かっているものはいい。まだ、諦めがつくから。一番辛いのは、ほんの少し、手の指の先が掠めるように、届きそうで届かないものだと、私は思う。
将来の夢、職業、それ以外でもいい。何か、自分の憧れるもの、なりたいものへ向かって人は努力する。憧れに向かって、必死で努力を重ねる人も大勢いる。そして、夢半ばで届かなかった人もまた、きっと大勢いるのだろう。私には、なりたいと本気で努力したことがあまり無いから、その気持ちを完全に分かるわけではないのだけれど、短い人生の中でも、私なりに努力してそれでも届かず挫折した経験が幾つかあるから、ほんの少しはその辛さを理解できるつもりだ。
何が辛いって、今までの努力、時間全てが無意味に水泡に帰すことだ。結局その目標に届かなければ、ただ辛いだけで、何の意味もない。努力した事実があれば、実らずともそれが自信に繋がるのだと、何処かで聞いたが、それは敗者の負け惜しみのような、屁理屈のような、慰めの言葉でしかない。
どうせ届かぬなら、最初から手を伸ばさなければ良かったと、思った。届きそうだと、手を伸ばし続けるから、終わりが見えないから、辛いのだと。ならば最初から手を伸ばさなければいいのか。

当てもなく広大な砂漠を歩く自分を想像する。喉が渇いて、何処にあるのか、まず存在するのかもわからぬオアシスを探して、私はひたすら歩くだろう。そしてそれは果てしなく辛い。オアシスなど無いと分かることができたなら、きっと諦めて潔く死を待つだけ。ありもしない水を求めて、過酷な道を歩む必要は無い。
……果たしてどちらが幸せなのか。経験したことがないから分かりやしないけれど。救いがないことが救いなのだと、何処かで読んだ気も、している。

5/8/2025, 9:39:52 AM

木漏れ日

前を歩く君の後ろ姿に木漏れ日の影が落ちた。柔らかな頬の輪郭を、温かい光が縁取っている。僕は後ろから、それを見つめていた。青い並木道を歩いていく君の姿は、まるで一つの絵画のようで。
「どうしたの」
君が振り返って、こちらを見た。僕はどうやら立ち止まっていたらしい。なんでもない、と首を振る。
「早く」
君はそう言って、前を向いた。すっかり間の空いてしまった道を、少し早足で歩く。

向こうのほうにあった薄暗い雲が此方に来たようで、ぽつぽつと小さな雨垂れが僕らに落ち始めた。幸いにも、僕らは傘を持って来ていた。
「青時雨ねえ」
「青時雨?」
「時雨みたいでしょう。木立から雨粒が落ちて」
ぱらぱらと青時雨が僕らの傘を鳴らした。彼女は物知りだから、色々な言葉を知っている。雨催いの木立を歩く君も、とても綺麗だ。
「また、」
君が振り返って、僕を見て笑った。どうやらまた立ち止まっていたらしい。
「早く来て、置いていくよ」
君はまた歩き出した。その姿は綺麗で、いっそ神秘的に見えた。僕が入り込める余地がないほど、完成されているかのような光景で。どうにも、君へ向かう足が進まぬまま。
「綺麗」
君の後ろ姿を僕は見ていた。



うしろすがたのしぐれてゆくか

5/5/2025, 12:21:20 PM

手紙を開くと

拝啓

新緑の候、いかがお過ごしでしょうか。早くも夏の気配を感じる日差しに、過ぎ行く春を恋しく思います。桜ももう、とうに散ってしまいましたね。そちらの様子はどうですか。夏の芽吹きは綺麗でしょうか。
貴方と最後に会ったのは、もうずいぶん前ですね。それぞれ離れた所に居ますから、仕方がない事だとは分かっているのですけれど、やはり会えないと言うのは寂しいものです。貴方と話がしたい。他愛の無い事でも良いから、と時折考えます。
この手紙を出したのは、ただ貴方に手紙を出したい、と思ったからです。安直すぎるでしょう?でも私にはそれ以上でもそれ以下でもないのです。ただ、貴方と言葉を交わしたいと思いました。何でも良いのです。最近あったことでも、美味しかったものでも、綺麗だったものでも、何でも。貴方が見た世界を、貴方の言葉で綴ってはくれませんか。私もきっと、私の言葉で私の見てきた世界を貴方に送りましょう。ゆっくりでも構いません。貴方からの返事を心待ちにしています。
突然の手紙で、本当に申し訳なく思います。最後に一つ、手紙と共に私からささやかな贈り物を送ります。手紙を開いた時の貴方の顔を見れないことだけが口惜しいですが。それでは、くれぐれもお体には気をつけて。

                       敬具


懐かしい字をなぞると、インクで指が少し黒くなった。封筒の中から、はらりと何かが落ちてきた。
「桜…」
淡い桃色をした、桜の押し花だった。そうっと破けぬ様に拾い上げて、光にかざして見ると、薄らと光を透かして淡い色に見える。手紙を開くと、入っていたのは、貴方からの言葉と温かな春の思い出だった。
「綺麗」
桜の押し花をつまんで、空に透かして見る。指にはインクの黒がついたまま。桜の花を縁取る、かすかな真夏の気配を纏う空の先に、春の淡い景色を見た。

5/2/2025, 1:00:42 PM

sweet memories

美しい、天国の様な場所で、貴方に恋をした。貴方に初めて会った時、優しく会釈をした貴方が、途方もなく綺麗で、美しくて。

蝶が舞い、花は笑い、鳥が歌い、光は踊る。花があやなす白い光の中、一際赫く咲いた薔薇を摘んだ。遊星の降る楽園の中、二人、喋喋喃喃の睦言を交わす。君に射す光があまりに眩くて、まるで魔法にかかった様だ。夢見心地に目を開いた君の眼は、銀河を閉じ込めたかの様に煌めいている。
「私、海が見たいの」
「海は青くて深くて、綺麗だよ。君に見せてあげたい」
「なら、連れていって」
遠つ国を夢見る深窓に育つ少女の様に、君は遠くへ思いを馳せる。駄目だ、ここを出てはいけない。出ることは許されない。でも、と呟く僕に、君は彫刻の様な美しい笑みを浮かべた。
「僕らの罪は、どうなるの」
「貴方と一緒なら、それでも良いわ」
君の目見の中の美しい炎を見た。海を夢む君の、熱く燃える魔法の火。見惚れた僕は、君の手を取った。

二人、手を繋ぎ、楽園を抜け出す。怖くはなかった。君がいるから、それも良いかと。
「日が暮れてしまうね」
「気をつけて。この先は少し暗い」
手を握るのが、少し弱くなって、慌てて力を込めた。行く道の先に、門が見えてくる。
「行きましょう」
「もう、二度と戻れないよ」
「大丈夫」
舂く空の下、二人、門をくぐる。繋いだ手はまだ離れぬままで。その先は天国か、或いは…
僕はもう、解っていたはずなのに。


「堕天」


Nel mezzo del cammin di nostra vita mi ritrovai per una selva oscura, ché la diritta via era smarrita.

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