「バカみたい」
「わたしは、おおきくなったら、くにのために__」
またこの夢かと、大きくため息をつく。
目の前には己の幼い頃の姿。
目を輝かせ、曇りの一つも見せぬ瞳が今の私を逃さない
子供とは時に残酷なまでに純粋なものだと思っている。
夢を追いかけ、呆れるほどに自分の夢を叶うと信じて疑わない。
「…なぁ、わたし。おおきいわたしはくにをすくえた?」
ニコリと笑う。
左目は殴られてできた青あざ、右足は折られ、まともに歩けもしない。
「…バカみたいなことを聞くな。不快だ。」
目の前にいる子供の頭を右足で思い切り蹴る。
足に嫌な感覚が残る。
子供は頭から血を流し、目の焦点が合っていない。
夢から醒める。気分が悪い
「2人ぼっち」
何もない、白色が広がるだけの空間に飛ばされてから二時間が経過した。ひたすらに歩いてみたが、何もない。
不思議と不安はなかった。わたしには公がいるから。
「…うん、扉も何もないや。通信も繋がらない。」
「でもね、そんなに絶望してないんだ。貴方と一緒だから」
「何年振りだろうね。最近はいっぱい人がいたから、一緒に話すことも少なくなっちゃったから、少し嬉しいかも」
「…」
「ねぇ、王様。私ここで死んでも良いわ。」
「貴方と一緒にいられるなら、貴方と一緒に死ねるなら」
壁にもたれかけるように置かれた死体は、すでに腐敗が進んでいた。
「夢が醒める前に」
ああ、きっとこれは夢だ。直感的にそう思えた。
今私がいるこの空間は、城の一室のようだが、窓がなく、扉に鍵がかかっていた。そして、部屋の中には1人の少年が床に倒れ込んでいた。
その少年のは酷く痩せ細り、いくつもの打撲跡と切り傷が体の至る所にあった。私は、この空間にきた瞬間、彼に近寄り抱き抱えようとしたが、当然夢なので触れることは出来なかった。
私は彼のそばに座り、彼のことをもう一度見た。
私はこの子を知っている。だからこそ、今の私の無力さを恨んだ。傷付いている子供を救うことすらできない。これのどこが聖人だと言うのだろう。
これのどこが英雄であろうか。
罪悪感が胸を埋め尽くしている。情けなくて、もどかしくて、涙が出そうになった。その時だった。
彼が目を覚ました。
薄く目を開けて、辛そうに身体を起こす。辺りを見渡し、またここかという顔をした。
窓のない、扉が施錠された部屋に子供を1人。
ここは懲罰部屋のようだった。
彼が扉に向かって歩くと、さきに扉が開き、男が彼に捲し立てるように怒鳴った。
異国の言葉。私には理解できなかったが、それが酷い罵詈雑言いうことはわかった。
男はひとしきり言い終わると、彼の髪を掴み、部屋の奥へ投げた。驚き彼に近寄ると、咳き込み流血していた。
か細い声でただ一言、子供は言った
たすけて、ください
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎…、わた、しの、えいゆ、う
そこで目が醒めた。横を見ると、彼はまだ眠っていた。
あぁ、先ほどまで見ていたのは彼の過去のようなものだったのか。私は納得した。
彼の顔にかかっていた綺麗な金糸の髪を彼の耳にかける。顔を見ると、彼は泣いていた。
私は、彼を抱きしめるようにして彼の背中に手を伸ばした。
ごめんなさい、貴方を救えなくて。
貴方はこんな私のことを英雄だと言ってくれたのに。
幼子1人の願いも叶えることができない。
だから、今は、貴方の夢が醒めるまでは、
貴方が望んだ英雄として、貴方の横で眠らせて
「胸が高鳴る」
彼は、まるで神様のように見え、胸が高鳴った。
昔から読んでいた絵本に出てくる、皆から愛され、
尊敬され、崇められ、聖人で、竜殺しの英雄とされる彼
彼が生きている時代に生まれていたら、もう少しだけ自由になれていたのかもしれないと思っていた。
そんな彼が今、目の前にいる。夢だと疑った。
こちらに伸ばしてきた手を払払いのけて、背を向けて逃げ出した。
怖かった。救われると分かっているのに、それがどうしても怖かった。自分があんな神聖なものに触れて良いわけがないと思ってしまった。
私が、私を、神様はきっと許さない。
こんな怪物が救われて良いはずがない。
彼が私を探しに私の部屋に入ってくる。もうどこにも逃げ場はない。
きっと彼には、私が怯える小さな子供に写っているのだろう。慈愛に満ち溢れた瞳が私を離さない。
ああ、神様、どうか私を救わないで。救おうとしないで
私は、わたしは、すくわれていいはずがない
「星が溢れる」
彼の目は不思議な色をしている。
濁った青に、黄色の星が散りばめられているような瞳。
星空のようで綺麗だと言ったら、悪趣味だと返された。
彼はすぐに自分を卑下する傾向がある。
少し前のとある日、私は階段から落ちて一週間寝ていたらしい。らしいというのは、階段から落ちた後の記憶が全くないからだ。ただ、寝たきりで目も覚まさなかったということだけを後から知った。そして、そのとき私につきっきりで世話をしてくれたのは彼だという。
他にも看病をしてくれた方から聞いてみると、曰く、彼は私が目を覚まさなくなった3日目に1人で夜に泣いていたという。
私は、なんとも不謹慎極まりないが、見てみたかったという考えが最初に出てきた。
彼の星空のような目から涙が溢れるのは、まるで、星が溢れる様な光景なんだと、それを綺麗だと思ってしまったからだと。