「無色の世界」
目を開けるのも億劫な日々が続いていた。
彼はずっと寝ている。あと半年は起きないだろう。
吸血鬼は蝙蝠に変化できると知ったのは、彼に教えてもらったからだった。蝙蝠の冬眠は、ほぼ仮死状態とも、教えてくれた。彼はいま冬眠している。だから目を覚さない。私の顔を見てはくれない。
手を取り、脈を測ると、弱々しくて途切れ途切れ。一気に不安が押しせてきた。
だが、去年も彼は起きた。
なら、今日だって死にはしないだろう。
死なない。死なない。死なせない。
本当にそうだろうか。
私は、彼が死んでしまったらどうなるのだろう。
まだ使命があるからと、生き続けれるだろうか。
ちゃんと、笑えるのだろうか。
まだ彼の写真の一枚も残っていないのに。
きっと起きた彼はこう言うのだろう。
「大袈裟だ」、「私は、この程度では死ねないから」
「君の目を見つめると」
濁った目だ。彼を初めて見た時、そう思った。
何にも期待せず、誰も映さぬ瞳は、いっそ哀れだった。
死人のような目。
光が届かぬ深い、深い、深海のような目。
今の彼の瞳を星空と例えるなら、昔の彼は濁った湖だ。
彼の目は、昔とは違う。
深海でも、濁った湖でもない。
ちゃんと生きているし、死んでいない。
今の彼は、星空を浮かべている。
絵画でも表せぬような、そんな瞳。
言葉にするのも、形にするのも覚束ぬ、そんな瞳。
そんな瞳に私を映して、彼はこう言った。
『夕日のようだ』と、暖かくて、優しい色だと。
『私の目を星空だというのなら、君は夕空だ』と。
「星空の下で」
窓を開ける。夜の特有の風が入ってくる。
カーテンが揺れ、自分の髪の毛も揺れる。
目に入って少し痛かった気もしたが、痛覚などとうの昔に忘れてしまったことを思い出す。
ベッドの上に置いてあったシーツを掴み、ベールのように頭に被せる。シーツは自分の足元まであった。
ずりずりと引きずりながら空いた窓に腰掛ける。チラリと下を見て見ると、、、特に何もなかった。
今夜はとても綺麗な夜空が広がっていた。
この場にこの部屋の持ち主…もとい彼がいれば、私を外へ連れ出して一緒に眺めようと言ってくるのだろうが。
生憎、それともタイミングが良かったのかもしれない、彼がいなければ、止める者はいないから。
外へ向かって上半身を傾けると、重力に逆らうこともなく落ちていく。だが地面にぶつかることはなく、地面から2メートル程の距離でぴたりと体は止まっていた。
腰からは、蝙蝠の羽のようなものが生えていて、パタパタと動いている。
空中で体を動かし、羽を動かしながら今よりも高いところへ飛ぶ。
星空の下で、一人の吸血鬼は佇む。
言葉は無く、ただそこに在るだけの存在のようだ。
一方その頃、部屋の持ち主は困惑していた。
トイレから戻ってきたら、窓は空いてるしシーツが無かったからだ。
「大切なもの」
私は、彼を傷つけ過ぎてしまった。
傷つけている自覚がなかった。
いや、彼が傷つけてしまうと分かっていたのに私は見て見ぬふりをしていた。
彼は人間ではなく吸血鬼だ。それ故に、人よりも力が強く人を殺すことになんの抵抗も抱かない。
まさに冷酷そのものだった。
だが、彼は自分の在り方を否定してしまった。自己嫌悪と言うには生温く、その「否定」という名の自己陶酔にも似た感情は、もはや誰にも理解はできない。
私は愚かだった。
そんな彼を理解しようとしたのが間違いなのだ。彼を理解した気になって、彼を赦そうとした。だが彼はそれを拒んだ。
怪物が赦されるわけがない。赦されてはならない。赦されてしまっては、私は私を認めることになるから。と、そこで私は気づいた。
彼は自分を否定し、自分を守っていたのだ。
自分のことを怪物だと思っていなければ、自分が自分でいられなくなる。私は吸血鬼で、愚かな怪物。それ故に赦されてはならない。きっと神様には私のような愚者は赦されない。
嗚呼、彼は狂っていた。助けれるわけなどなかった。
彼がそれを望まないから。
私と彼との距離があまりにも大き過ぎて気づけなかった。
貴方を大切にしようとしたことは、私のエゴだった。
「エイプリルフール」
今日は2024/04/02ですよ