君が紡ぐ歌
あなたの詩は澄み切って、透明な透明な水みたいだった。
体の隅まで行き渡って、なければ生きていけないかのよう。
お前の歌は染み入る光のよう。
深く深く入り込んで奥底まで照らす。
あなたの詩が好き。
私はもう澄んだ水でしか生きられなくなってしまった。
お前の歌を好いている。
俺はもう陽だまりの中にしかいられない。
いつまでもあなたが詩を紡ぐ様を見ていたい。
この世の全てを悟りきったかのようなその横顔を。
いつまでもお前が歌う姿を眺めていたい。
思った全てを連れて行く覚悟を。
あなたの紡ぐ詩は私の全てだ。
お前の叫ぶ歌は俺の全てだ。
この思いが互いに伝わらなくてもいい。
そのうたの一助になれれば、それでいいから。
光と霧の間で
飄々とした青空のもとでお前は生きていた。
他ならぬ俺がそうした。
お前に霧は似合わない。
晴天こそが素晴らしい。
俺を霧に置いていくのが良い。
お前は殊更輝けることだろう。
しかしお前はそれを良しとしなかった。
あろうことか俺のような木偶の坊に救いを与えたのだ。
だから、あのような死に方をしたのだ。
愚か者。このような醜男にばかりかまけているから。
お前の文才があれば何でもできたろうに。
やさしいひだまりから鬱屈とした霧の中などに入るから。
温かい心は冷え切り凍って、溶け切る前に砕けてしまった。
お前はもういない。
俺に温かさを教えたお前はもういない。
なんてことを。
お前の墓の前で俺は恨み言ばかりを垂れる。
感謝してもしきれないのに、目先の不幸にとらわれる。
幻覚のお前がいる。
愚か者のお前がいる。
俺の詩は呪いのようだとお前は言う。
お前が呪いにした。呪いにしたお前がそれを言うのか。
お前はそれもそうだと納得してしまう。
優しいお前が次に何を言うか俺は予想がついてしまったので、
先に謝ってくれるなよと吐き捨てた。
惨めになるのはごめんだと。
お前はまたそれもそうだと納得した。
惨めだなんて、最初からそうだというのに。
俺がお前をひだまりにそそのかしたあの時からずっと。
いつかのお前が蘇る。
お前は何か言って笑っている。
目の前の幻覚も笑っている。
触れようとした手は空をかき、お前の墓に触れる。
ひだまりの熱であたたかい。
お前はもういない。
冷え切った俺だけが残されている。
ああ、なんて惨いことを。
お前だけが温かかったのに。
秋の訪れ
寒々しくなってきた空。
まだ息は白くはならないけれど、
びゅうびゅう風が暑さを連れ去る。
けれどもなんでもないような顔をしたあんたは
へっちゃらみたいでからから笑っている。
寒くはないの、と何度も問うてはみるけど
平気の一言だけが返ってくる。
まだ君にだけは秋が来ないんだねぇ、と笑えば
君は変なの、と言ってまたからころ笑うのだった。
まだ夏の君ともう秋の僕がいれるのはあと数日だけ。
夏と秋を一緒くたにして、次の休みは僕ら二人で何をしようか。
モノクロ
登校、学習、帰宅、睡眠。
登校、学習、帰宅、睡眠。
登校、学習、帰宅、睡眠。
繰り返し繰り返しですり減る日々は当たり前に色褪せる。
節目に。
出社、仕事、帰宅、睡眠。
出社、仕事、帰宅、睡眠。
出社、仕事、帰宅、睡眠。
色褪せた日々は境がぼやける。
境の薄れた者たちは否応なしに溶け合っていく。
モノクローム。セピアチック。
ワンパターンの配色にのまれていく。
色が濃くても薄くても、有色彩でも。
混ざればただの溝色になる。
擦りきれたモノクロームも、
うすぼけたセピアチックも、
けがれのない有色彩も。
結局は薄汚い溝で、流れて消えて分からなくなってしまうのだった。
夏草
青々としたくさっぱらの海に呆然と立っている。
空には雲ひとつない。
地平線までが透き通って見渡せるほどだった。
ジリジリとした暑さが肌を焼く。
体中から汗が噴き出る。
しかし遮るものはない。
あるいは、草を編んで被ればマシだろうか。
私は一体どこから来たのだったか。
どんな目的で、どうやって?
夏草の群れは依然として青々しい。
強度は十分にあるだろうか。
屈み込んで、引きちぎろうと手を伸ばす。
瞬間、強い風が吹いた。
日陰が必要ないほどの涼しさをもたらしている。
手元の夏草を見つめる。
青々とした夏草は陽光と風を受け生き生きとさざ波合っている。
そのまま地べたに座り込む。
燦々と輝く太陽が煌々とこちらを見つめている。
どうやってここまで来たかなんて覚えていないが、
足があるのだから歩いていけばいいだろう。
すっくと立ち上がり、目の前に歩いていく。
どこに進めばいいかなんてわからないが、進めばきっと何かある。