雨が止む。傘を畳み、空を見れば、綺麗な色彩が視界に入った。そんな風景に、思わず頬は緩む。雨はとても、憂鬱になってしまうけれど。でもそんな雨が止んだ後の空がこんなに綺麗なら。きっと私は、雨だって好きになれるんだろうな。そんなことを心の端で思いながら、目的地に向かって止めていた足を動かした。
遠くから雨音がやってくる。耳に届いたその音は、いつもであれば苦く思うのに。今日はなんだかその音を聞いても、落ち着けるような気がした。いつもの雨音は、きっとかなしい雨音。けれど今回の雨音はきっと、やさしい雨音なのかなって。浮かんだ記憶を底に沈めながら、耳を澄ませた。
「好きだよ」愛しい人からそんな言葉が出る。「……いつも言ってるけど、その嘘止めて」私がそう告げれば、彼女は愛おしそうに頬を緩めていた表情から、意地悪そうに口を歪めた表情に変わる。「え〜騙されてくれたっていいのに」「タチ悪い」「ふふ、いいじゃん。嘘でも言われて嬉しいでしょ?」一瞬、言葉が止まる。けれどすぐに、不自然ではないような口調で続けた。「嘘だったら尚のこと嬉しくないよ」「うーん、価値観の違いかぁ」「そうじゃない?」ほら、早く帰ろ、と彼女の表情を見ずに帰路へと着く。私の視線が逸れた先で、彼女がどんな表情をしていたかなんて、わからない。私の心に渦巻く感情を、彼女は知らない。どこまでもすれ違う関係にいつ終止符が打たれるのか。誰にだって、わからない。
桜の花びらが舞う。そんな風景を後ろにして、少女は笑った。「綺麗だね」隣には、少年が1人。少年は、ただ眩しそうに目を細め、少女を見つめていた。「……うん、綺麗だ」少女の視線と少年の視線は交わらない。それがどこか寂しいものだと。きっと、少年だけが思っていた。
遠くにいる君へ走って近づく。君は、立ち止まって空を見上げていた。暗い空からは雨が流れる。君は、ただ、濡れていた。よく、見えなかったけれど。薄らと見えた君の頬は、雨以外の雫もかかっているような気がした。「ねえ!」声をかける。雨音に掻き消されてしまいそうに思った僕の声は、きちんと君に届いたみたいだ。君はこちらに視線を向ける。「僕は、君と!」何を言うか、よく考えていた訳ではなかった。それでも浮かぶままに言葉にした。「一緒にいたい! ずっと! 死んでも!」そんな僕の言葉を聞いて。君は、ただ、悲しげに微笑んだ。「……いいのよ、わたしに気を遣わなくて」「遣ってない!!」間髪入れずにそう口にする。君は驚いたように、目を見開いていた。「僕は! 君と共にいれたらいいんだ! ……ただ、それだけが望みなんだ」君に近づき、頬に触れようとする。……君は、拒まなかった。ただ、どこか戸惑ったように。けれどどこか喜びを隠しきれないような表情をしていた。その彼女の姿を、僕は信じることにしよう。