秋茜

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11/7/2025, 1:16:06 PM

灯火を囲んで

 夢は、夜と明けの間に通りすぎる儚い幻だ。
朝が来れば露と消え、見たことすら忘れてしまう。そんな存在だ。
 しかし、その夢の中には、時に何十年が過ぎても心に感情の残影を残し、現実に生きる最中にふと思い出してしまう。

 そんな夢もあるのだ。


 朝に降り始めた小雨はいつの間にか本降りになり、ひっきりなしに五月蝿く窓を叩き続けていた。

――四ノ村 月子(よのむら つきこ)は、その日もいつもの日常を過ごしていた。
 いつものように家を出て、いつものように近所のコンビニでレジに立ち。
慣れた手付きで仕事をこなしていた。

「いらっしゃいませ――」
「ありがとうございました――」

 一生分の挨拶を、一日半レジに立ち、見知らぬ赤の他人に向かってマニュアル通りに“心を込めて“繰り返し、終われば幾ばくかのお金が貰える――。
 楽ともいえないが苦とも言えない。
そこに特に思う所もなく、月子はこの仕事をもう何年も続けていた。

 そんな時間をいつものように過ごしていると、むつまじく腕をつなぐ老夫婦が、ゆっくりとややおぼつかない足取りで来店してきた。
 外にある傘立てには、赤い傘が一つだけ。――相合傘をして、ここまで寄り添って歩いて来たのだろうか。
 そのほほえましい光景を想像して、少しだけ笑みがこぼれた。

「いらっしゃいませー……」

 月子は、その老夫婦にいつも通り挨拶をする。
 何気ない、いつもの日常の一幕のはずだった。
 しかし瞬間――何故かふと既視感を感じた。
それも、妙に胸がざわつくような既視感を月子は感じていた。

――何だろう、この感じ。

 月子は心を静めようと思い、目を閉じて深く呼吸をする。
すると、ふと一つの記憶の蓋が空いた。

 それは――“灯火“だった。
頼りなく暗闇を照らす、一つの灯火。

 その周りを、何人かの見知らぬ人が囲み、黙って輪を作り動かぬままにただ時を過ごしていた。
 その中には――月子の姿もあった。

 でも、何かおかしい。
自分の記憶の中なのに、自分を外から見る事など出来るわけがない。
 なら、この記憶は誰の見た記憶だと言うのだろうか。

――そうか、きっと夢だ。忘れていた、いつか見た夢の記憶なのかも知れない。

 そう月子は結論付けると、目を開けた。

 すると、いつの間にか先ほどの老夫婦が、レジに並んで待っていた。
「大丈夫かい? 」
「具合でも良くないのか?」

「あっ……すみません、大丈夫です。 大変、失礼致しました。 すぐにお会計致します」

 慌てて月子はレジに置かれた商品をスキャンして袋に詰めていく。
 金額を読み上げ、置かれたお金をレジに入れてお釣りを渡す。

「若くっても、無理しちゃあダメよ。…… お仕事、頑張ってね」
 そう言って老夫婦は店を出ると、二人で相合傘を差して雨の向こうへと消えて行った。

「あ……。 ありがとうございました――」

 あまり客のこない、平日の半端な時間帯。
 本降りの雨も手伝って、あのあとすっかり客足は途絶えてしまい、店のレジには月子ひとりだけがぽつりと立ち続けていた。

――あの既視感は……何だったんだろう。
それに、あの夢。
 あれは、どんな意味がある夢だったのかな。

 月子は再び目を閉じる。
浮かんでくるのは現実の――自分の過去の出来事だった。
 幼い頃に両親が夜逃げし、アパートでひとりで泣いていた所を通報で駆けつけた警察官に保護された。そんな暗い記憶。

 そして、もう一つだけ忘れられない記憶がある。
 月子が5才の誕生日の日の夜の光景だ。
 それは、彼女にとって唯一の両親との楽しい一夜の記憶であると同時に――両親と過ごした最後の夜の記憶でもあった。

 忘れることの出来ない記憶が古傷を触り、胸がじくじくと痛む。

――もしも、お父さんとお母さんが今も生きていたら……きっと、さっきの老夫婦くらいの歳になっているのかな。

 また、合いたいなぁ。

 お父さんが笑って、お母さんも笑って。
それで、私の誕生日を祝うケーキがこたつの真ん中に置かれていて……。
 それを、私が吹き消すの。
「大きくなったね」ってお母さんが笑って言って、私の頭を撫でようとして。
私が照れて逃げながら誤魔化して。
「もう子供じゃないんだから」って言って。
 そしたら――お父さんが笑ってこう言うの。
「親にとっては、いつまでも子供は子供なんだから」って……――。

 そこで月子は、目を開ける。

 現実に帰ってくると、そこには相変わらず客のいないコンビニの店内と窓を叩く雨音だけがあった。
 月子は、止まない雨を降らせる灰色の空を、ただひとり店の中から見つめ続けていた。

11/6/2025, 2:58:20 PM

お題 冬支度

ジャンル ガールミーツガール
題名「十一月のクリスマス」

 まだ秋の気配も残る十一月の頃だというのに、街には一足も二足も早くイルミネーションがまばらに飾られ始めていた。
 クリスマスケーキの広告があちこちに置かれ――場所によっては最早“おせちの予約“まで取り始めている。

 そんな忙しなさが、この十一月の街には満ち溢れていた。

 そんな落ち着かない街から少しだけ離れた場所にある公園で、私は親友と二人でベンチに座り、吐く息も白い寒々とした夜の時間を過ごしていた。

「いやあ~壮観ですねー!皆さん、楽しそうです!」

 そう言って、少し向こうに見える街のイルミネーションに目を輝かせて子供のようにはしゃいでいるのは――公園のベンチで隣り合って座る、私の小学生の頃からの親友である、“早坂さつき“だ。

「確かにキレイだけど、まだクリスマスは一月と少しは先よ ……ちょっと忙しなくないかしら?」

私――“一ノ瀬ユキ“は、目映い街の灯りに目を細めつつ、足早に行き交う向こう通りの人波を眺めながら素っ気なく返事をする。

 最近――いや、もう私が小さい頃ぐらいからだろうか。
 誰も彼もが“文字通り“現実から目をそらしながら忙しなく歩き回り、何でもかんでも電子化、簡略化、量産化……。
 少し前、バスの降り口で小銭を入れてから金額を確認しようと三秒ほど立ち止まったら、電子マネー払いの後続のお客に割り込まれた上、撥ね飛ばされたこともある。

 昔以上に、他人に合わせられない人間は……何処か、常に白い目で急かされているような気分になるくらい、今の世界は忙しなくなり続けているように感じる。
 いや、しかし……もしかしたら私が古くさい人間なだけで――私の方が間違っているのだろうか……。

「一ノ瀬さん? どうしました?……ぼーっとしちゃって?……あ! さてはもしかして、徹夜でゲームとかしちゃってたりで寝不足、とか!? あーん!もう! それなら私も呼んでください!混ぜて欲しかったですよ~!?」

 しばらく自問に耽り、黙って俯いていた私の顔を、突然さつきがぶつかるかと思うくらいの距離感でばっと覗きこんでくるやいなや、“新手の手話“かと見紛うほどのやかましい身振り手振りを交えてまくし立てて、私の思考を吹き飛ばす。

「あなたみたいな自堕落でテキトーな遊び人と一緒にしないで欲しいわね……少し寝不足なのは合っているけど。 そんな下らない理由じゃないわよ」

私は若干のけ反りつつ、脅かされた腹いせにわざと棘のある言い方で、冷たくあしらうように返す。

「ああん! 冷たい、冷たいですよぉ一ノ瀬さん!! 泣きますよ、私泣くと面倒くさいですよ? いいんですか!? おいおいおいおいおよよよよ……」
 本職が役者である彼女にとっては感泣すら自在である。
彼女が本気で“演じ“れば――その涙が本物かどうかは古い付き合いである私にも分からないだろうが……これは流石に“おちょくられているだけ“だと分かる。

「ところで、一ノ瀬さんはそんな貴重な私とのデート中に、何をそんなにお悩み中の中納言だったのでしょうか?」

けろっとヘタクソな泣き真似を中断して、さつきがまじまじと大きな瞳で私を見つめてくる。まるで飼い主に纏わりつく犬のような“純粋に見える瞳“で。

「別に……。 さっき言ったでしょう、“少し寝不足“だって。 それだけよ。 気にしないで」

私は心の中まで覗かれているようで落ち着かず、思わず目を反らす。

「……ふ~ん。 そうですかそうですかー……“寝不足なだけ“ですか」

「な、なによ……」

 やや圧力を感じるような間を置いて、さつきが問い詰めてくる。

「 嘘つきは泥棒の始まりってご存知です? 私に嘘つこうなんて、百年経ってもまだ早いです。 分かりますもん、一ノ瀬さんの顔は何せ分かりやすいですから。 シャーロックホームズを呼びつける必要すらありません」

早口でまくし立てながら、さつきはまた私の顔を覗きこんでくる。
さつきは私が答えるまで顔を覗きこんでくるつもりだろうか……。

私がまた視線に耐えかねて顔を反らすと、さつきは私の動きに合わせて猫のように――顔だけを動かして、パントマイムのように追尾してくる。
器用を通り越して奇妙というか、不気味極まりない。
私は、観念して答える。

「そうね……本当は、寝不足で疲れているだけじゃないわ」

私は、ただひとりの親友であるさつきに、本当の悩みを打ち明けた。

「最近、何もかもが……忙しなく感じて付いていけなくなる事が多くなって。誰も彼も話が合わなくて疲れちゃって……私が悪いのかしらって考えちゃって……」

 ――洪水のような世界のニュース映像から知ったことではない赤の他人の痴情話に、ソース不明の無責任な健康情報……。
 この世界は玉石混淆の悪意と善意の騒音が“テレビ“や“インターネット“や“人間“を通じて伝播し、まるで禍々しく薄汚い“虫の沸いた情報の並ぶビュッフェ“と化している。
しかし、現実は変えられない。それどころかきっとこの先はさらなる地獄へと進んでいくのだろう。
 私は、そんな世界に馴染めないまま生きていくのに、はっきりとした疲れを感じ始めていた。

 そんな最近の心の内を、私は俯いたままさつきに向かい吐露する。
 こんな話――親友のさつきはおろか、大学の友達や教授にすら話したことはない。
暗いやつだ、おかしなやつだ、と思われただろうか。
 私がそう考えて目を伏せていると、さつきは先ほどから変わらない明るい声で、応える。
「なるほど~。 うん。 やっぱり一ノ瀬さんは真面目ですねぇー」
「からかうつもりなら、好きにして頂戴。 馬鹿に無駄なこと考えてることぐらい、自分でも……」
「はい! ストーーップです!!」

突然、さつきが大声をあげる。
真隣で叫ばれて本気でびっくりした私は、思わず石のように固まってしまう。

「一ノ瀬ユキさん!」
「な、なによ」
「私の目を、し――っかり、見てください」
「???」
「顔もちゃんとこっち向けて! ほらほら、早く早く!!」

言われるまま、正面からさつきの顔を見て目をしっかり合わせる。
ベンチに隣り合って座り、顔だけを向けて見つめ合う――まるで、恋人同士がするようなポージングのまま固まっていると……。

突然――――さつきに唇を奪われた。

「…………えっ」
 それは――一瞬の出来事だった。
私は思わず唇を押さえる。

「……さつ……き?」
呆然としてさつきを見ると、いつもより少しだけ赤い頬をして、さつきが言う。

「んへへ……びっくり、しましたか?……あ、ほら、よく言うじゃないですか!“落ち込んだ人には猫騙し“って!!」

「き、聞いたことないわよ…… なによ、それ……。 ていうか、今あなた――な、何をして……」

「まあ、今私が作りましたからね! 知ってたらびっくりしますよ、私が」

さつきは、何事もなかったかのように飄々と応える。

「あ、あなたの頭は一体、どうなってるのよ……」

……多分、さつきは産まれて来た時、神様が間違えて“言語野“と“脊椎“を直列で繋げてしまったのだろう。
 思えば、この子がちゃんと何かしら考えて喋ったり行動していると感じた事は……出会った頃から一度もなかった気がする。
 でも、同時に、そんな彼女に私は何度も、何度も、何度も……救われてきた気がする。

 しかし、それにしても…………。
 私は、思わず唇を指でなぞる。
さっきの感触が甦ってきて――思わず顔が熱くなる。
 私がどうしたらいいのか、とまた俯いたまま時を止めていると、唐突にさつきがベンチから ばっ と立ち上がり、私の手を引いて走り出した。

「さて! 冷えてきてそろそろ限界です! ファミレスにでも移動しましょう、一ノ瀬さん!!」

 走りながら、さつきが声を張り上げる。

「あっ、ちょっと待ちなさいよ! いきなり走り出さないでよ!?」

 私も、負けじと声を張り上げる。

 早坂さつきという存在が放つ“光“が、私に纏わりつく暗澹とした世界や思考の何もかもをいとも簡単に吹き飛ばして――私の心を晴れた青空に変えていくようだった。
 まるで――太陽のような彼女の手に引かれて、私は夜の公園から街へと続く遊歩道を走り続けていた。
 公園から街までは、走ればたった五分弱の距離のはずなのに――どうしてだろう。
 さつきと一緒に走るこの時間は永遠のように永く、永く感じられた。

 私の手を引いて前を走るさつきが走りながら一瞬振り返り、弾けるような笑顔を見せた。
その時、私は――例えこの先、世界が地獄へ向かって行くとしても。
世界の全てが私を置いて行ってしまっても。
さつきと一緒なら、きっと歩いていける、と。
 私はさつきの笑顔を見て――そんな風に思ってしまっていた。

 街は相変わらず季節を先取りしようと躍起になって煌めいていた。
 私たちは、少し気の早い“十一月のクリスマス“のイルミネーションが彩る街中を、二人きりで足早に駆け抜けて行った。

11/5/2025, 4:36:47 PM

お題『時を止めて』

題名「魔法少女も一苦労」

 ある朝目が覚めると、至って平凡な女子高生だった「霧月むく」は――“時間停止能力“という『魔法』を手に入れていた。

 一番に霧月が考えたことは――。
「時間を気にせず片付けが出来る!」だった。
 しかし――。
「ふっ! むっ! ……んぐぎいぃぃぃいぃぃいぃいぃ!!」
 ぜぇぜぇと肩で息をしながら、霧月は大の字に床に倒れこんだ。

 止まった時間の中では……原理は不明だが、どうやら『床に置いてある物』は動かせなくなるらしい。
 なんなら、ついさっき『床に落ちていた埃の塊につまづいて転ぶ』という一生起こり得ないであろう体験をしたばかりだ。
これでは散らかった本やゲームやらの片付けはおろか、掃除すら出来やしない。

 次に思い付いたのは、“水の上を歩く“
という、子供の頃の夢の実現だった。
魔法少女物のアニメを見るたび、密かに憧れていた夢の一つだった。

 霧月はさっそくうきうきした様子で近くの公園に行き、躊躇なく池の上に飛び乗った。
しかし――。

「……なんか、違う」
 確かに歩けはした。
歩けはしたが――足元の水はなんか気色悪いスライム状になっていて……。
 なんなら、じっとしていると沈んでいく有り様だった。

「……もうやだ」

 霧月は、せっかく手に入れた魔法が“まるで役に立たない“と悟ると、むっと頬を膨らませ、涙を滲ませた。

 ほどなくして諦めたようにため息をついた霧月は、『魔法』を解除しようと手をかざし――。
「……あれ? これ、どうやって解除すればいいんだろう?」

 そう、この魔法は霧月が朝起きた時に――寝ぼけまなこでほとんど記憶もないままに“何か“をした後、発動したものだった。
 発動した条件が思い出せない。それが何か分からなければ――解除なんて出来るはずもない。

「解除! 戻れ! 動け! 時間よ動け! 進め!!……」
 思い付く限りのキーワードを滅多打ちに叫び続けるが――時間は止まったまま世界はびくとも動かなかった。

 まずい。
“朝起きたら魔法少女になっていた件“ならまだしも、“魔法が解ける頃には私だけおばあちゃんになっていた件“など何も嬉しくない。
 というか、自分の魔法で自爆する魔法少女など聞いたことがない。あんまりだ。
流石にひどすぎる。

「誰か……誰か」
 半泣きでおろおろと辺りを見回す霧月だったが当然助けてくれる者などいない。
と思っていた――その時だった。

「――あなたも魔法を使える、の?」
 後ろから、か細いウィスパーボイスが聞こえた。
 振り返ると、そこには宙にふわふわと浮いている色白の美少女がいた。
年は……小学生?女児?
「……高校生。 あなたと同じ、年? かな?」
「テレパシー!? あなた二つ魔法を使えるの?」
「口に出てた」
「あ、ごめん……。 えと、私霧月。 霧月むく! よろしくね!」
「……私は、南雲さなえ。 よろし、く」
 霧月の失言で一瞬ぴりついた空気を誤魔化すように早口で自己紹介をし、それに南雲が応えて言葉を返す。

――助かった!!同じ“魔法少女“に目覚めた子がいたんだ!!
 と一瞬、霧月は喜んだが――さっきから“あること“が気になって仕方なかった。

「あの……南雲さん、何でさっきっからずっと“宙に浮いたまま“会話してるの……かな?」
 しかも、ずっと階段三つ分くらいの微妙な高さに浮いたままで、南雲は会話を続けていた。
 嫌な予感はしつつも、余りの不自然な光景に霧月はスルーしきれなかった。
 返ってきた答えは――。
「……降りられなくなった、の」

しっかりと、予想の通りだった。

 でしょうね、と霧月は大きくため息をついた。
 予想通りで……しかし、あんまり聞きたくなかった答えがか細い声で返ってきた。

「……私は、ちょっと身長を高くしたかった、だけなのに……およよよ、よ……」

 無表情のまま声だけで妙な泣き真似をする南雲にツッコむ気力も沸かず、霧月はその場にへたりこんだ。その時だった。

「困っているようデスね、二人とも」

 凛とした、よく通る声が空気を変える。
二人が振り返ると、金髪のロングヘアーをたなびかせた長身の美少女がいつの間にかそこに立っていた。しかし。

――まーた、へんなのが増えた……。
 霧月はもはや一切の期待を捨てて、この時の止まった地球で朽ち果てる覚悟を心の中で決めつつあった。

「私はノア=フレンフォートと申しマス。 そこの教会でシスターやってル。 あこれ名刺デス」

「あ、ども……」

 反射的に受け取った名刺には、ずいぶんポップな字体で『アナタの懺悔、聞かせてくだサイ! 今なら初回無料デス♡』
と書かれていた。なにこれ。

「え、初回ってことは次からお金取るの?……生臭シスターじゃん……」
「何カ?」
「いいえ、何も」
危ない、また思わず口に出てしまった。

 霧月は、また早口で話題を変える。
「あなたは……どんな“魔法“を使えるの?」
 霧月が単刀直入に聞く。

 ノアさんはもしかしたら“半端に宙に浮いたまま降りられなくなったり“、“寝ぼけて発動した魔法が解除出来ず半泣きで助けを求めて彷徨い歩く“ような、そんな間抜けな“魔法少女“でない、かもしれないと。
一縷の望みを持って答えを待つ。

 ふと、さっきから全く会話に入ってこない南雲が気になり、ちらっと横目で見ると……南雲は宙に浮いたまま――居眠りし始めていた。
 この状況で凄まじい胆力だ、と霧月は感心するしかなかった。

 霧月は再びノアを見る。
少し考えてから、ノアが口を開く。
「私の“魔法“はそうデスねェ……。 “要らないと思ったものを消す魔法“、みたいなカンジでショウか?」

 ……想定外に凶悪な魔法だった。
“時間停止“、“空中浮遊“、ときてまさかの“世界滅ぼせる系“とは……神様の考えることは人間には理解できない、と霧月は思った。

「……使ったん……ですか?」
霧月は思わず聞いてしまう。

「ん~……使った記憶はナイんデスけどねー。 どうナンでしょうネ?」

 とりあえず、彼女だけは怒らせないようにしようと霧月は思った。
 そこでふと、霧月は“あること“を思い付いた。
「あの」
「何でショウ?」
 霧月は、一呼吸置いてから思い付いたことをノアに切り出した。

「――魔法、“要らない“と思いませんか?」

その瞬間、世界が反転し、暗転し、霧月の意識は宇宙へと放り出された――。

 いつもの朝。気だるい朝日がカーテンの隙間から差し込む午前のひととき。
 やかましい目覚まし時計を叩けば、しんと静まり返る何時もの朝の時間が訪れる。

「……戻って、これた?」

 鳥のさえずりと町の営みの音が、一日の始まりを告げる。
見渡すと、見慣れた光景――散らかった自分の部屋が広がっていた。

「へんな夢、だったなぁ……ほんとに夢だったのかな? いや、流石に夢か」
ベッドの上。布団の中で霧月は独り呟いた。

――ともあれ……やっぱり、魔法なんて漫画のなかで見るのが一番だ。

 霧月は、伸びを一つするとベッドから起きあがり、カーテンを開けた。
 まぶしい朝日が迎えてくれる、日常の始まりを感じる瞬間。

「やっぱり、普通が一番いいや」
 霧月はそう呟くと、制服に着替えて支度を済ませて学校へ向かう。
 玄関を開けると、そこには見慣れた遊歩道と桜並木が出迎えてくれた。

11/4/2025, 1:05:39 PM

キンモクセイ

 白銀の透き通るような髪をなびかせながら、エルフの少女は茜差す秋の森の中で歌っていた。
 少女の歌声に応えるようにたおやかな風が泣き、木々が一斉にざわめき、色とりどりの花が踊り始める。
 まるで、自然その物が少女を祝福しているような――夢の中にいるような幻想的な光景だった。

 エルフの少女は歌い終わると静かに木の根に腰を下ろし、ポケットから何かを取り出した。
 それは、いつかの旅人がくれた―一輪の黄色い花があしらわれた小さなブローチだった。

 エルフの少女は、その旅人との会話を思い出す――。

 曰く、その旅人は――『とある遥か遠い異国の国』からこの森へ迷いこんだという。
 その旅人の居た国では、この国で言う“魔術“のような、“科学“という神秘があるらしく。
人々はその“科学“を使い文明を発展させ……何もかもが便利で安全な暮らしを送れるようになっている……のだとか。
 しかし、同時に手付かずの美しい自然も一部には残っており、四季も美しい国だという。
 そうして、様々な文化や食や人々が隔たりなく交わる、争いのない国なのだと言う。

 聞くほどに楽園のように思えるその国からきたはずの旅人は――何故だろうか。
 どこか疲れきった顔をしているようにも見えた。

 そうして、色々な話を聞くうちに少女は旅人と打ち解け、寄り添い会うように二人は笑い、歌い、朝まで話した。
 永く、しかしたった一夜の短い時の間の出来事だった。

 朝日が森に差し始めた頃、旅人はポケットから何かを取り出し、少女に手渡した。
 話に付き合ってくれたお礼、と言って、旅人が少女の両の手に握らせたそれは――小さなブローチだった。

 それは、見たことのない小さな黄色い花があしらわれた綺麗なブローチだった。
旅人は、この花言葉が……君にぴったりだなと思って。と、少し照れ臭そうに笑いながら言った。

――この花は?、と少女は問いかけるが。今度また会えたら教えるよ、とはぐらかされてしまい。
 旅人は、もう行かなくてはと重い腰を上げて歩き始めた。
しばらくすると、ふと立ち止まり、振り返らずに少女にこう言った。

――ありがとう。楽しかった。

 その一言を残して――その旅人とはそれっきり二度と会うことはなかった。

 エルフの少女は、今日もこの森で歌う。
 あの日、あの旅人と出会った場所で。
 あの日、あの旅人と歌った歌を口ずさめば――この知らない花の名前を教えると言った約束を思い出した彼が、また会いに来てくれる。
 そんな、気がして。

11/3/2025, 4:46:59 PM

※作中の曲は自作です。頑張って解読すると一応、実際にメロディになります。

題「行かないでと、願ったのに」

 ある秋の夜――。

 その日、アリシアは何故か寝付けず……仕方なくベッドから起き上がりカーテンを開ける。
 窓を開ければ月明かりと優しい夜風が通りすぎて――そこには大切な人と寄り添い見ていた景色が、今も変わらずそこにある。

 ああ、そうか。今日は――あなたと初めて出会った日だったよね。

 ただ、独り。今は、ただ独りで、アリシアは想いを音に乗せ、ヴァイオリンを奏でる。
 その音色は限り無く広がり、遠く離れた夜空に溶けてはほどけ、消えていくようだった。

 彼が初めてヴァイオリンを教えてくれた日のことが甦る。

――これはね、♭が六つだから変ト長調って言うんだよ。
――何それ、ヘンテコな名前……。
――笑うなよ~……真面目に教えてるんだぞ、全く……。
―ごめん、ごめん……。

 楽譜の読み方から……飽きっぽい私の機嫌を取りながら、あなたはめげずに教えてくれたよね――。
 優しい……本当に優しい人だったね。

 彼女は、彼が最初に教えてくれた――彼が大好きだった曲を、口ずさみながら奏でた。
 変ト長調。題名は……「大切なあなたへ」だったかな。

……Fドシドレ/Gレードドー……/Emドシドレ/Amレーソ↑ド↓ー。
/B♭onF ファミド/Gsus4ラシドソ↓/Dレ↑ードーレミ~/E……G#m♭5ソファミレ……。

――顎が痛い……音が綺麗に鳴ってくれない……私、ヴァイオリンに嫌われてるのかしら……。
――まだ始めたばかりじゃ仕方ないよ。アリシア。まあそう焦らないで。……少し休もう。

ハミングとヴァイオリンが鳴らす一音、一音毎に、遠い日の思い出が聴こえてくる気がした。

……Fドシドレ/Gレードドー。
/Fadd9ファ↑ミファソ/GラーCシドー……。
/Dm7ドー、ソー↓レ↑/Fドー、ソー↓ド↑/Gシーー……。
/C ドシソミファソドー↓……。

 今ではもう何も考えなくても、指が勝手に弾いてくれるようになった。
 でも――一番、聴いて欲しかった人は。もう同じ空の下にいない。

 音はいつしか哀しみを含み、アリシアの心を痛いほどに叩いた。
それでも、最後までアリシアは演奏した。彼が側に居て、最後まで聴いてくれているかも知れない、と。――そう、思いたかったから。

 演奏が終わると、夜の静寂が戻って来る。
 アリシアの頬を、空知らぬ雨が濡らしていく。

 ヴァイオリンを傍らに置き、アリシアはただ独り窓辺に立ち、いつまでも遠い遠い夜空を独り、ただ眺めていた。

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