【終わらない問い】
「幽霊って、いると思う?」
「……それを解き明かせるまで、僕とずっと一緒にいてください。」
それが君の告白だったね。世界一馬鹿げていて、それでいて世界一愛おしい告白。今でもあの時のまっすぐな瞳を鮮明に思い出して、胸がときめくよ。
最初に仲良くなったきっかけはオカルト誌だね。高校の入学式の日、君が読んでいるのを私が見つけて、声をかけたんだよ。怪異、UMA、UFO、幽霊、オカルトに関することなら何でも話してた気がする。でも特に、幽霊がいるかいないかで討論するのが好きだったな。私は絶対いない派を譲らなかったけど。
月ごとにオカルト誌を交代で買って持ち寄るようになってからは、私たちはもう無敵だった。ほら、あれ。UFOを呼ぶ儀式をしようと無理やり屋上に侵入しようとしたこと。覚えてる?馬鹿だったよね。結局鍵を壊したあたりで警備の人に見つかって、めちゃくちゃ怒られたっけ。
同じ大学に進んで、ふたりだけのサークルを立ち上げたよね。友達を片っ端から誘っても、全然集まらなくて。そりゃそうだよね。私たちオカルトの事ばっかで友達全然いなかったんだもん。ちょっとの友達も、あんまり興味示してくれなかったし。
いつもみたいに幽霊の話しようと思ったら、急に告白してきたのってその辺だったよね。びっくりしたんだよ?私なりに。それ以上に嬉しかったけどね。
この数年間、君といることが当たり前で。楽しいこと、悲しいこと、驚くこと、辛いこと、嬉しいこと、怖いこと、幸せなこと、全部共有してきた。
──だから、君のいない悲しみを君と共有できないことが、当たり前だけどすごく寂しい。
突然だった。居眠り運転のトラックから子供を庇って、亡くなったって、連絡が来て。かっこいいじゃん。オカルト好きの癖にへっぴり腰で、夜寝れなくなってたりしたのに。私が見れないところで、最期にかっこつけてるんじゃないよ、ばか。
気づいたときには全部が片付いていて、私はただ、仏壇に手を合わせて、こうして思い出を噛み締めることしかできなくなっていた。幽霊はいない派の私が、君に向けてずっと言葉を念じているのだから、天変地異くらい起きてもいいんじゃないかと思う。
「幽霊って、いるのかな。」
冬を孕んだ冷たい空気が窓から吹き込んだ。お供えに持ってきたオカルト誌のページが風ではらりとめくれて、心霊写真特集のページが私に示される。
なんだか、君がここにいるような気がした。
【揺れる羽根】
「まって」
しまった、と思った。不干渉を座右の銘に掲げる僕が引き留めてしまう程に、彼女の携えた羽根は美しく、そして儚げだった。茜色に世界を染める夕陽を前に、それよりも美しく白い輝きを放つ羽根が揺れ、遂に持ち主が僕の方を見る。陽の色を拾う明るい茶髪。濡れた目元に長い睫毛。涙で潤んだ瞳が、水面かのように僕と夕焼けを反射していて。
学校の屋上で、ほんの少しの僕らの物語が始まる。
昔から、僕には死期が視えた。人が死に近付く──天使に近付くと、人の背からは羽根が生えるのだ。その人が善く美しい生き様をすればするほど、その羽根は白く美しく。逆に悪い生き方をすれば、黒く古びた羽根になる。前述の通り、僕はこの力があったとしても人の死に関しては「不干渉」であろうと決めているから、例えこれから飛び降りるであろう人が目の前に居ても引き止めないつもりでいた、のだが。
「……取り込み中なんですけど。」
「あ、うん……そうだよね。」
不満げな表情を浮かべる彼女を前に、僕はたじろぐ。僕だって、声をかけるつもりではなかった。でも、あまりにも……。
「あの。そんな見られても困ります。」
「いやあ……ハハ……」
あまりにもその羽根が綺麗だから、と言っても、信じないだろう。声をかけてしまった理由について、どう説明するべきか。そしてこれから身を投げようとしていた彼女に、如何に声をかけるべきか。むむ、と思考を張り巡らせている間に、彼女はまた手すりに手をかける。
「いや、ちょちょ、何してるの!」
その瞬間、狙ったかのように強い風が吹いて、一際羽根が美しく揺れる。輝く。
「っ、あぶな……!」
これはまずいやつだ。そう脳が判断するまでに、僕の体は彼女のことを捕まえていた。きらめいた羽根が、僕の体を通り抜けていく。
「きゃあっ」と可憐な声を上げた彼女ごと、僕らはタイル貼りの床に倒れ込む。先程とはまた違った事件性のある光景が拡がってしまう……。そんな杞憂をしている間に、ごちん。頭に響く鈍痛を最後に、視界が揺らいだ。
「……それで、止めたと?」
僕は正座させられていた。まったく、説明が欲しいのは僕の方であるが。終始敬語で、自分が何者であるのか、羽根について、どうして声をかけたのか、ズキンズキンと痛む頭を抱えながら、一部始終話させられた。
「そう、です。」
「いや……。そもそも自殺しようとしてないです。わたし。」
「ぅえ!?」
反射的に羽根と顔を二度往復する。そのきらめきは、大きさは、儚さは。死を迎える直前の人のものだろう!
「あきらかに柵を越える手前だったじゃないか!」
「普通に綺麗だなあって夕焼け見てただけなんですけど……」
「めちゃくちゃ身乗り出してたよね!?」
「もっと遠く見えないかな〜って思って……!」
「落ちるよ!?!」
「それはすみませんでした!!」
その声の勢いのまま、彼女は頭を下げる。勢いが良かった。位置は悪かった。ごちんと僕の頭と衝突して、お互い目をくらませる。
僕はやっと理解した。この人、究極に純粋が故にドジなのだ。究極だからこそ羽根は有り得ないほどに美しく、極まっているからこそ日頃の行動に死が近いのだ。……要は、究極のバカ。
「まだ羽根ってやつは見えるんですか」
「…見えるよ、はっきりと……。」
「じゃあ、わたしのこと守ってくださいね。ぼでーたっちした責任を取って。」
「ええ……?」
乙女の純潔な身体ですよ!と騒ぎ立てる彼女の羽根がまた白く輝く。途端、なぜかあった水溜まりに足を滑らせる──のを、なんとかキャッチ。そしてまた頭をごちん。
……あぁ、どうやら僕は。よりにもよってとんでもない人に干渉してしまったらしい。薄れゆく意識の中、ぼんやりと後悔する。
少しだけだと思っていたこの物語、オチがつくのはもう少し先になりそうである。
【秘密の箱】
今日は少しテイストを変えて綴ってみようと思う。決してネタが浮かばないとか、そういう訳ではない。そういう訳では。
秘密の箱というと、まずは「パンドラの箱」を思い浮かべる。いつの時代もしてはいけないものをしてしまう、というのは典型的な失敗例で、それ故神話やら昔話やらによく取り上げられる題材になるのだが、まずはそんなもん用意すんなよ、と思う。負の感情を詰め込んだ箱はニトログリセリンより酷いプレゼントだと思う。せめてもう少し危なさについて説いたらどうだろう。
禁止されるとやりたくなるのが"カリギュラ効果"というやつ。それを利用した育児法というか、子供に本を読ませるように仕向けるものがあったのを思い出す。
「子供の手が届くギリギリの高さに読ませたい本をしまって、"これは大人の本だからまだ読んだらだめ!"と言う。」
これを初めて聞いた時、こんな面白いやり方があるのか、と思った。思えば私も、幼い頃母親が読んでいた漫画をこっそり読んでいた覚えがある。子供ながらに一生懸命物を元に戻したが、思えばあれはバレていたのではないだろうか。些細な性描写にドキドキしていたあの頃がとても懐かしい。
この文章をここまで読んでいる人にそんな方法は不要だと思うが、正直少し試してみたい方法である。試してみようかな。
!!!mediumを読まないで!!!
!!!!もっと読みたいしないで!!!!
これで少しでもハートとmedium〜霊媒探偵城塚翡翠〜を読む人が増えればいいと思う。
現代ではスマートフォンも秘密の箱と言えるだろう。個人情報と趣味趣向性癖の詰まった箱。予測変換だけでも他人に見せたくない人もいるのでは。もっとも、これを読んでいるあなたの予測変換は高尚で素晴らしい語彙に溢れているに違いないが。試しに、「え」とか打ってみてほしい。意味はないけれど。
ここまでのアイデアを集結すれば一本くらい短編が書ける気がする。母親が読んで欲しい物語を電子書籍で購入して、それを少し高いところへ置いておく。子供に見ないように言いつけて。それをなんとかして手に入れたところ、その本はドグラ・マグラで、子供はこの世の穢れ全てを知ってしまう。……うん、なんとも酷い話だ。
まあ、電子書籍を購入するような母親がスマートフォンをどこかに置いたまま離れられるとは思わないが。現代の電子機器依存の闇を子供が知る方が早そうである。
【無人島に行くならば】
無人島に行ったならば、僕はまず、潮の匂いに目を覚ますだろう。夜の静寂を突き破る波の音。朝陽が海面に散らばり、金色の粒がゆらゆらと揺れる。そんな朝に目覚めることが、まずは贅沢だと思った。
誰もいない島には、誰かの目を気にする必要も、予定に追われる心配もない。砂浜に足跡をつけるのも、波にさらわれるのも、自分の存在が世界に確かに溶け込んでいる証のようだ。
僕は苦労して焚き火を起こす。潮風に吹かれながら、炎の揺らぎをぼんやり眺める。食べるものは限られている。ヤシの実を割り、魚を釣り、野生の香りを口にする。その一つ一つが、日常の小さな贅沢よりもずっと豊かに感じられる。
無人島に行ったならば、孤独にも出会うだろう。声を交わす人はなく、日々は波のリズムと風の歌だけで満たされる。最初は心細く、寂しさが胸に重くのしかかるかもしれない。けれど、やがてその孤独も優しい友となる。自分自身と、深く向き合う時間になるだろう。
夜が来ると、満天の星が空を埋め尽くす。都会の喧騒では見逃してしまう光の粒が、そこには溢れている。僕は焚き火のそばに座り、星々のざわめきに耳を澄ます。自分の存在の小ささと同時に、生きている喜びを全身で感じる。
無人島に行ったならば、何も持たない自分で、世界を丸ごと受け止めることになるだろう。便利も、常識も、雑音もない。ただ、風と波と自分だけの時間。そんな日々が、心の奥に深い静けさと確かな満足を残す。
そして島を離れる日が来たとしても、僕はきっと思うだろう。自分が自由だった日々の記憶を胸に抱えて生きていこう、と。
「──ばかばかしい。」
もし、本当に無人島に行くならば、そんな夢想は捨てねばならない。僕がそうした妄想に甘えるのも、逃れたがっている現実に頼りきった上での事だと分かっている。
「……明日は、寄り道して帰ってみようかな。」
【愛する、それ故に】
「ねぇ、」
そう君を引き留めてすぐ、口を噤んだ。ここで引き留めることがどれだけ君にとって悪いことか分かっているから。
「なあに」
「ううん。なんでもない。」
「……お別れのキスとかしなくて、いいの?」
君は少しいたずらっぽく笑う。それだけでどうしようもなく心臓が痛んで、甘くてほんのり苦い感情が胸いっぱいに満たされてしまう。ああ、このまま。このままこの感情に従って共に逃げてしまいたい。
「かわいい」
離れていく私の頬を愛おしそうに撫でる君。……もう!何回苦しませれば気が済むの?
「バイバイしなきゃでしょ。」
私が別れを惜しんでいる時、いつも君はくつくつと笑って「いつか同棲しようね」と言う。今みたいに。私はそれに頷くことしか出来ないのが、お決まりである。
「じゃあ、またね。」
「うん、またね。」
1m、5m、10m……。君の姿がどんどんと小さくなって、やがて小道へと消えていく。それまで何度も振り返っては手を振りあう。何度も、何度も。
愛する、それ故に今は別れを選択する。
私はいつまでも、君が消えていった道の先を見つめていた。