『今日にさよなら』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
さよならは、喪失じゃない。
時間への敬意だ。
今日の私も完璧じゃなかった。
でも、ちゃんと生きたね。
それでいい。
#今日にさよなら
【今日にさようなら】
今日嫌なことがあった。嬉しいことがあった。このことは全部今日だけのこと。明日に良くも悪くも引きずらない。
今日にさようならしよ
毎日繰り返しているはずなのに、こんなに今日が過ぎるのが惜しく感じるのは何故だろうか。
「今日にさよなら」
夜、家に帰り、部屋に入る。
今日、あったこと。
楽しいこと
悲しいこと
頭に来たこと
すべてお風呂に入ったらリセットする。
今日も頑張った自分を褒める。
今日にさよならする自分のルーティンである。
圧倒的にソファで寝落ちしていることが多いので、今日にさよならができていない。それどころか、うわっもう明日の朝じゃんとか言いながら、もそもそとおフトゥンに移動している有りさま。
それに、さよなら、って自分には強すぎるように感じられて、そもそも使ってない。あの人とはもう何年も会っていないけど、そういえば別れ際であの時さよならと言っていた、みたいな言葉なんじゃないかと思ってしまう。
空のあちこちに浮かぶ、光り輝く星々。
月は雲に隠れながらこっちを見ていた。
あと少しで、今日が終わってしまう。
子供の頃は一日が長く感じたが、大人になってから一日が短くなった気がする。
明日になれば再び今日は訪れない。
もう少し、一日が長くなればいいのにと思う。
そうすれば、もっと色んなことが出来るから。
……まぁ、そんなことを考えても時間だけが過ぎ、今日が終わる。
考えてる間の時間ぐらい、止まってくれよ。
スマホの時計を見ると、今日が終わるまで一分もない。
せめて、今日に別れの挨拶だけしておこう。
今日にさよなら。また明日。
明日、
私や私の仲間たちにとって
ものすごく大きなイベントがあるんですが、
このタイミングになって、
観点や熱意の違いで微妙な空気になってしまっているんですよね…
今更かよ、っていうの半分
まぁそーなるよな、っていうの半分
なんとももどかしい気持ちでいっぱいです(笑)
すごく感情を大事にする人がいるから
全員が一直線に向かっていける反面
物事を論理的に見れる人がいるから
短所も長所も浮き彫りになるじゃないですか。
そして短所が浮き彫りになった後は、
改善点を考えて、行動するじゃないですか。
ただ、そうなったときに切り替えが効かないのが
感情を大事にする人たちで。
その人たちがブレてしまうと、一直線に進んでいたものが歪むので、
全員の気が緩んでしまうって事態が発生するんですよね。
自分で言うのもなんですが、
責任代からも若手代からも
言伝で溺れそうなくらいには、
多方面から中間管理職として買われてる私は、
どっちの立場にも声をかけなきゃならないんですよね。
皆さんが、そんなしょぼくれてる仲間たちを鼓舞するとしたら、
なんて声をかけますか…?
今日 辛かったね
でももう終わる
そして、
必ず明日に繋がっている交差点
信号で止まる?
右?左?まっすぐ?
高速にのる?
駐車場にとめる?
運転手はわたし!
楽しみだね\(^o^)/
今日にさよなら
「今日にさよなら」
過ぎゆく日さよなら告げて新たな日迎えて過ごすその繰り返し
1日を振り返ったとき満足を覚えて呟く「ありがと、さよなら」
【今日にさよなら】
気がつけばもう
いなくなっている今日
そして明日は
知らぬ間に今日に変わっている
眠っているあいだに
スマホに目を落としているあいだに
物思いに耽っているあいだに
今日は昨日に変わり
今日とはさよならしていて
新しい今日がやってきている
さよなら、今日
はじめまして、今日
さよならの言い方が分からなくなった。
笑えばいいのか、真顔でいいのか。
これがぼくたちの最後の夜なんだ。
だから少しは格好つけたいなんて
思ったせいで言葉がのどに引っ掛かる。
本当はずっと側に居たいよ。
ただ、側に居させてほしかった。
もう目を合わせてもくれない君が
怒ってるのか、戸惑ってるのか、
それとも泣いちゃいそうなのか
分からない、何にも分からない。
だから別れの言葉の代わりに花を贈る。
白く冷たい君を花で飾ろう。
色とりどりの花びらが君の道行きを
柔らかく美しく包んでくれますように。
************
今日にさよなら
************
所感:
ずっと一緒だと思ってたのにな。
『今日にさよなら』
今日にさよなら、明日にこんにちは。
そして、お前とクロスカウンター。
○○○
男には、どうしても譲れないものがある。
——女だ。
クラスのマドンナ、リリちゃん。
『私、強い男が好きなの』
その一言で全ては始まった。
不良校と言われる、この高校で。誰が一番強い男かを決める決定戦が勃発。
最後に残ったのは、俺と親友の二人だった。
「やっぱ、おめぇが残ったかよ……」
「ああ、そうだ」
「へっ。オレっちは、負けるつもりはねぇぜ。恨むなよぉ~」
「それは俺の台詞だ」
親友はヘラヘラした顔をしているが、目だけが強く生命力の強い蛇のように光っていた。
肉体的には俺の方が上だ。だが、親友は蛇のようにトリッキーな動きをする。
細めの体格に油断した不良達が、次々と狩られて行ったのを知っており、俺の体に緊張が走る。
——勝負は一瞬だった。
どちらも動けぬ攻防。視線での読み合い。
……次で決めよう。
お互いにボロボロになりながら、目線だけで会話した。
そして決まったクロスカウンター。
ガンガンと鳴り響く頭痛に、鉄の味が広がる口内。熱された鉄板のように熱い身体に、倒れそうになるが気合で持ちこたえようとする。
絶対に勝つのだ、俺が。
そんなときだった。
またもや、クラスのマドンナであるリリちゃんが言った。
「でも、やっぱりぃ、リリはお金持ちが良いかなぁ」
ふつりと切れた精神の糸、薄れゆく視界に親友の呆けた顔が見える。お前もか、分かるぜ、その気持ち。親友。
クロスカウンター。
今日にさよなら、明日にこんにちは。
愚痴なんて男らしくないが、今だけは。
一言だけ言わせてくれ。
——そりゃ、無いぜ。リリちゃん。
おわり
つらい夢に
起こされない朝
一瞬だけど
私は清々しい
山の上 小枝の隙間
水の源流のように
そのうち
昨日の記憶が流れ込む
朝のルーティン
気の重い外出
どこが起点かは
わからないが
ドミノ倒しの途中に
私は放り込まれ
今日もうす汚れる
今日にさよなら
私は疲れて眠る
湿った土に吸い込まれ
生まれ変わる
あなたも私も
私は今(午前5時40分)から眠るところなのだけれども、まだ「今日」と言えるのか?もう「明日」なんじゃないか?
今日にさよならをしよう
二度と出逢うことの無い今日には
何も残せはしないから
悔い一つさえ残さずにさよならを告げよう
もう苦しまなくていい
例えば今までや今日さえ苦しかったなら
明日からも苦しいと考えるのは自然なことで
夢にさえ怯えるのもまた自然なことだろう
けれどそれは二度と遭う事のない苦しみだから
封じ込めたって構わない
過ぎ行く苦しみにさよならをして
出逢うのは新しい苦しみかもしれないけれど
他に幸せにだって出会えるはずだから
目を閉じて迎える明日が優しいものであるならいい
そう願おう
今日と明日の違いは、ただ24時の黒鍵を跨いだだけに過ぎない。句読点を挟んでリピートする短調な日々。明日なんて必要ないのに、テトリスみたいに勝手に降ってくる。今日が人生最後の日でも一向に構わない。
題『今日にさよなら』
動画を見ながら寝落ちしていたらしい。ふと目が覚めて、動画を閉じるついでに習慣のひとつとして通知を見た。
30件以上、メッセージが溜まっていた。送り主は同一で、懐かしい、数年前に縁が切れた友人だった。
「気にしない方が良いよ」
先に目を覚ましていた知らない男に肩を抱かれた。どうやら動画を見ていたついでに通知が目に入っていたようだ。
「大丈夫だよ」と愛想笑いをして、携帯を片手に換気扇の下へと移動した。煙草に火を着けて、息を吸う。
『生きてる?』
『まだ死んでないよね?』
最初の10個程はそんな他愛無い生存確認だった。けれど、そこから先は全て、罵詈雑言だった。
こんなの、返信するしかないじゃない。だって、私を見捨てたその瞬間まで、何一つ吐かないようにしていた優しい人が、ここまで悪鬼と化しているのだから。
『ごめんね、寝落ちして今起きた』
そんな、昔のような返事をした。
『ちょっと、延期しちゃった』
私からの返信が来るや否や、再び携帯が小刻みに震え出した。短い罵倒の一つひとつで、漸く事態を把握した。
『春ちゃんのお父さん、泣いて叫んで壁に頭を打ち付けてたよ』
運命の悪戯か、神の天罰なのか、悪魔の嫌がらせか。どうやら接触してしまったらしい。
壁に寄り掛かって、煙と共に乾いた笑いを吐いた。
『あー……〇〇くんも、呑まれちゃった?笑』
今まで彼奴等に何をされて、今こうして死に損ねているのか、詳しく話さなかったものね。
被害者面した彼奴等に唆されて、貴方も完全に奴等の仲間入りとなった訳だ。そうなりゃもう、私の言動は全て、断罪すべき加害者の独り善がりな我儘でしかない。
ベッドに置いていった男がいつの間にかに隣に立っていたが、横目じゃボヤけてよく見えなかったので気付かぬ振りをした。
『呑まれるってなに』
質問には答えなかった。
メッセージのやり取りはもう、会話の体を成していなかった。互いに己の言いたいことを投げつける壁打ちに過ぎなかった。
『ごめんね』
『関わらせたくなかった』
『もう関わらない方が良いよ』
伝わるかな。頭はずっと私より良いけど、いつも肝心なとこが駄目だからな。
『彼奴等は、私の親だからね』
そこで、やっと。嗚呼、これは夢だと自覚してきた。
ボヤけていた視界が鮮明になると共に、遠くなっていく。
駄目だよ。まだ、言いたいことがあるの。
「どうしたの」と心配そうな声に、「何でもないよ」と愛想笑いをして、必死に指を動かした。
『私の次は彼奴等に良い様に騙されて、本当馬鹿だね』
『少しは学んだら?』
『そんなんだからこんな女に引っ掛かるんだよ』
『バイト先の先輩にも見下されて当然だね』
『救える力も知恵も無い癖に救世主面して』
『なのに救う気も無くて都合良く放置して』
『取り返しが付かなくなったら掌を返すとか、最低』
『〇〇くんのそういう所、前からずっとキモかった』
『どんな男にも同じようにしてるのに自分だけは好かれてると思ってた?笑』
『暇潰しの玩具にしか思ってないのに笑』
『お前ら男って本当に馬鹿ばっかり』
『まあ、お陰で良い暇潰しにはなったけど笑』
『でも完全に飽きたし今は新しい男がいるから、もう連絡して来ないでもらえる?』
『気色悪いわ、お前』
頭を回せば回す程、霧が薄れて現実が顔を出す。瞼を開けば完全に終わるとこまで来ていた。
まだ。まだ、覚めないで。反応が知りたいの。隣の男みたいに、いや、それ以上に、この子は騙さなきゃいけないの。
現実の、窓の外から車の走行音がはっきりと聞こえてきた頃。リアリティな絵画の様な景色の中で、文字が浮かび上がった。
『そんな奴とは思わなかった』
『わかった』
最初の、正義を盾にした怒りの罵倒とは違う、失望と諦観と侮蔑が伝わる言葉に安堵して、現実で強張っていた身体の力がふっと抜けていくのを感じた。
「ごめんね、それが正しいよ」と、打ち込むことは出来なかった。
まだ朝日が昇っていない暗い部屋の中。目の前の壁すら視認することなく、ただ外の雑音とエアコンの音を聞いていた。
3時間弱しか眠れてないのかと確認をして、独り、ぼんやりと考えていた。
一緒に寝ていた男は誰なんだろうな。
まあ、いっか。
夢の中の私は途中から、追い詰められるように、決断していた。あの男と話すことは二度とないと、現実の私は確信している。
いつだって、夢の中の方が先にお別れしてるんだ。
私も早く、追いつかないといけないのに。
今日にさよなら
良いことも悪いことも
とりあえず一区切り
リセットして新たな1日のスタートをきる
じゃないと押し潰されちゃうからね
全部抱えて歩かずに
少しずつでも降ろして行こう
いつもと変わらず楽しそうに笑顔を見せるあなたはきっと、
これからもずっと、何も知らずに生きていくのでしょう。
数多の好きを抱えるあなたの、全てが幸福でありますように。
祈りを捧げる午前二時。
「なぜ誰も私を見ないのか」。
世間が言う“勉強”は暗記で、
私が求めているのは気づきだ。
評価される知性と、
私が大切にしている知性が
根本的に違うという違和感を幼少期からずっと抱え続けている。
私はずっと怠けてなどいないし、努力もしてきている。
が、世間は成熟を測れない。
何故、そのことを誰も教えてくれなかったのか。
父は「大丈夫」といいながら飲み続け、母も「大丈夫」といいながら留まり続ける。
ひとつも大丈夫な事など無かったのに。
言葉と現実の不一致。
私はずっと気づいていた。
でも「気づき」は評価されず、
むしろ過敏さのように扱われた。
そして今、
父は思考を壊し、母は私に要求する。
夫も同じ構図。
“父のようになられては困る”という私の気持ちを無視し続け「嗜む程度だから」と言いながら飲み続けた夫が「オレはもう手遅れ」などと宣う。
ここで私の問いが戻る。
“なぜ誰も私を見ないのか”
それは単なる承認欲求ではなく、
尊厳の問題。
今日、高学年の我が子の授業参観を見た。
道徳での、テーマは『何故、命は大切なのか』
授業を見て、私は凍りつく。
生まれつき重い心臓病を抱える主人公の女の子が亡くなる前にお母さんに書いた手紙というフィクションだ。
「ずっと私を見守ってくれているお母さんは、ずっと味方でいてくれて、私がつらいときは、お母さんもつらいんだと気づいた。お母さんも一緒に頑張ってるんだ。だから、“ 手術頑張ってくるね”ではなく、“手術頑張ろうね”と言いたい。この手術が終わったら、治って皆と同じように元気になるんだ。」って内容。
「命が大切」という語りで令和になっても未だに尊厳をすり替えている。
命はただの稼働時間。
与えられた寿命という持ち時間。
減っていく砂時計。
消耗していくもの。
大切なのは、その上に乗る“尊厳”のはずだ。
守られること。
侵されないこと。
感覚を否定されないこと。
でも道徳の教材は、
美談に回収する。
驚くのは、子どもたちがそれを遺書として読むのだ。
主人公の視点では、自分が死ぬことはまだ確定していない。それは遺書ではない。
しかし、子どもたちに“誤読”させたまま進行する授業。
構造は曖昧で、
問いは浅く、
感情だけが誘導されていく。
担任はフィクションに涙をこらえる。
担任は、凄くあたたかなひとだ。
しかし、この教材の示させたい答えは、
「命は誰かとつながっている」
「自分が生きることは、誰かの喜びや悲しみと結びついている」ということなんだろう。
道徳の教材の中の主人公は
“守られている実感”の中にいる。
私は
“守られていない感覚”を抱えたまま
親を、ひとを、理解しようとしてきた。
未熟児で真冬に生まれ、重度の喘息で飲食睡眠もままならずに情緒的ネグレクトのある中で生きてきた。
それは“関係性”の話であって、
誰もが道徳の中のような関係性ではない。
それは、命そのものの話ではない。
その教材は整っている。
整いすぎている。
痛みが物語として回収され、
母子の理解で昇華され、
希望で締められる。
「命が大切」という結論が先にあり、
そこに物語が奉仕する構造。
でも現実の命は、
そんなに均整が取れていない。
私が引っかかっているのは、
「命が大切」という結論が、
予定調和で置かれていたから。
その構造の気味の悪さは、私が子ども時代にも感じた、道徳の授業中の感覚の再来だった。
私は思う。
こんな世界なら消えたい。
命を否定したいのではない。
尊厳を軽く扱う世界に、
耐えられないという叫び。
自分がずっと違和感を抱いてきた構造の中に、
いま我が子が座っている。
私は帰ってから『どう思った?』と問い直せる。その気持ちに寄り添える。我が子は、強く優しいからいいのだけど。
けれど、その横では勿論夫は飲んでいるし、飲もうが飲まなかろうが会話はしばしば成り立たない。
そして、誰も私を見ない世界から身を投げ出す夢を見て今目が覚めた。私が居ないと子どもを守れない。夫の面倒を見るのは私だと思っているから。現実に消える事はできないな。私は子供に要求せず、背負い切るつもりだ。
眠る前にお題を見て、今日という日にさよならという気分だったから、そんな夢を見たのだろう。本当は誰も私を見ない世界からさよならしたい自分を飼い慣らしている。
我が子は違う。我が子は見てくれている。けれど、そうじゃない。それを拠り所にしてはいけない。だからひとりだ。
もし尊厳が徹底的に踏みにじられるなら、
人は「消えたい」と思う。
それは命の否定ではなく、
尊厳回復の叫びだ。
だから、何故命が大切なのかの答えは一行では終わらない。
命が大切なのは、
それが尊厳を宿す器だから。
身を投げ出すかわりに、今日の重さに さよなら。
題 今日にさよなら
川で溺れかけた犬を見つける。
助けるかどうか迷う少年。
助ければ自分も危ない。
誰も見ていない。
彼は助ける。
ずぶ濡れになる。
後日、その犬の飼い主に感謝される。
だが少年は言う。
「助けなくても、誰にも責められなかった。
でも、自分が自分を見られなくなる気がした。」
担任は問う。
「命が大切なのは、
その命のため?
それとも自分がどう在りたいかの問題?」
ここで止める。
命と尊厳を接続する。
しかし“善行美談”にはしない。
それが、本来、『命がなぜ大切なのか?』を考えるための教材に値すると思うんだよ。
でも、大人の助けを呼ぶのが正しいとかの話になっちゃうんだよな。
答えは存在しない。