→▷きさまとし◀
逃げなきゃ!
早く!! 走って!
振り向いたら終わり!
アイツと向かい合ったら、もう終わり!
……。
でも、どうやったら逃げられる?
アイツは、俺の影。
夕日に伸びた俺の影。
アイツ、急に立ち上がって赤い口を開けた。
「貴様と死」
全く意味が解らないけど
良くないことが起きてるってのは確かだ。
逃げろ!!
あぁ!! どうしたらいい!?
私ㇵ君丿一部。
遊ボウ⁴。
ズット一緒 ニ 遊ビタクテ、
夕日 ニ 助ケテ 貰ッタンダ。
嬉シクテ、君丿名前 ヲ 呼ンダョ。
「志都正樹」
…??
全ク意味ガ解ラナイケド、
君ㇵ怯エテ走リダシタ。
待ッテ!! 危ナイョ。
嗚呼、ソノ先ㇵ大通リデ……――
テーマ; 向かい合わせ
→短編・風鈴丘
夜、ひと気なく静まり返った風鈴丘に、一面の花風鈴が咲いている。
透明な花びらに様々な差し色が美しいスズラン科の花だ。
丘を渡る夜風に、花々はチリンチリンと涼しげな音を鳴らす。
この丘に名前がなかった頃のこと。
一組の夫婦が一輪の花風鈴を植えた。
毎年一輪ずつ増やしてゆこうと二人は決めた。
慎ましい生活での唯一の贅沢であり、夫婦の絆の証でもあった。
「心豊かなご縁が続きますように」
花風鈴の花言葉である「繋がる」にあやかった願掛けだった。
毎年毎年、花風鈴は数を増やしていった。
花の数が増えるように、夫婦も家族を作った。
丘を訪れる人々と共に、夫婦家族も花風鈴の音楽に耳を傾けた。
時が過ぎ行き、年老いた夫婦に代わって、その役目は子どもや孫へと引き継がれた。
花風鈴は丘を埋め尽くすほどに増えていった。
やがて家族は一族へと拡がり、夫婦は色褪せた写真にその姿を残すばかりとなった。
一族の誰かが丘を買った。
風鈴丘と名付けられたのはその頃だ。
現在、風鈴丘への立ち入りは有料である。
丘をぐるりと囲む高いフェンスが侵入者を見張っている。
写真映えするスポットとして有名で、多くの観光客が忙しなく往来する。
花風鈴を管理するのは専門の園芸業者だ。
所有者一族は遠い都会へと引っ越していった。
夫婦の想いは、まだ風鈴丘に残っているだろうか?
テーマ; やるせない気持ち
→海で。
白い砂利道に反射する太陽。
背の高い草に囲まれて、草いきれ。
そこに混じる磯の香り。
駆け抜けて、広がる風景。
海へ。
白い泡を立てた波は浜辺に打ち寄せ海へと還る。
砂に刻まれたリズム、地球の轍。
足跡をつける。足裏の砂が沈む。
砂に溺れる前に、一歩。
海へ。
海へ飛び込み、海に包まれる。
ここは誰も知らない秘密の場所。
あの子もこの子も、誰もここを知らない。
私だけの浜辺。
私はここでなら思い切り泣ける。
海で。
テーマ; 海へ
→短編・ぐるりさん
多くの人が行き交う往来で、名前を呼ばれた私は振り返った。
柔和な雰囲気の女性が朗らかな笑顔を浮かべている。
「急に引っ越しちゃったよね? 小学5年のときクラスメイトだったんだけど、覚えてないかな?」
そう言って名乗った彼女は、あまりにも私の知る彼女の印象からかけ離れていた。
私が訝しげな表情をしていたのだろう。彼女は秘密の暗号を口にするように声を落とした。
「ぐるりさん、知ってるよね?」
私は思わず息を止めた。背中がヒュッと凍った。
ぐるりさんは当時の小学生のあいだで流行ったおまじないだ。人格を変えてしまうおまじない。
やり方は簡単で、対象人物の名前を薄紙に書いて水に濡らし、校庭の隅にある踊る少女像の台座にこれを貼る。このとき名前を書いた面と台座を合わせること。そうすると、濡れた薄紙越しに名前が反転して浮き上がる。
夜中に少女像はぐるりさんとなって、名前の主を人格を裏返してしまう、というものだ。
良い人は悪い人に、その反対も然り。中学校の男子生徒にこれをやられた人がいて、大人しかった彼は不良グループに入ったという。同様の話は山ほどあったが、どれもこれも噂話止まりだった。怖さ半分興味半分の小学生ゴシップだ。
当時、私のクラスメイトにイジメっ子がいた。彼女の陰湿なイジメは凄まじく、最終的にクラス中から総スカンを食らっていた。
放課後に友人たちと遊んでいたとき、彼女の名前をぐるりさんに貼ってみようという話になった。イジメっ子の反対は優しい子、だからクラスのためにも彼女のためにもなる。この大義名分を言い訳に私たちはおまじないを実行した。
しかし、その結果を私は知らない。
その日の夜遅く、私は母親と逃げるように家を出た。長く続いていた父親の暴力が原因だった。
「誰かが私の名前をぐるりさんに貼ったんだって。信じられないかも知れないけれど、私すっかり変わったの。あなたのこともイジメてしまったよね。本当にごめんなさい」
呼び止めてごめんね、と彼女は申し訳無さそうな顔をした。その性格の良さや今の幸福さ加減がうかがい知れる。
私は曖昧に「そんなこと……」と言葉を濁すのが精一杯だった。彼女の今は良い結果に恵まれているようだが、私の後ろ暗さは晴れない。否、なおさら陰を増す。
あの日、ぐるりさんに彼女を裏返してもらおうと言い出したのは、私だ。
彼女で成功したら、父親の名前を貼るつもりだった。本当に変わるのか、どう変わってしまうのかを確かめたかったのだ。
もしあの日、彼女ではなく父親の名前を書いていたら……。
去りゆく彼女の後ろ姿を、私はぼんやりと見送った。
テーマ; 裏返し
→映画鑑賞・『イオとブリュノーとマスタング』
気がつくと、私は映画館にいた。
スクリーンには題名も話のジャンルも何もわからないフィルムが回っている。ストーリーがどこまで進んでいるのかさえ、皆目見当がつかない。
少し鑑賞するうちに、駆ける馬のエンブレムのオープンカ―で旅する2人の男のロードムービーらしいと推測した。
砂漠のような荒野に延びる真っ直ぐな1本道をただひたすらに進むのは、終始くわえタバコで運転する中年のブリュノーと、女装の少年イオ。二人の関係性は謎だ。
こんな会話があった。
「なぁ、イオ? お前いつまでそのカッコ続けるつもりだ?」
「この旅の果まで」
「じゃあ一生そのままだな」
なるほど、イオの女装は何か理由があり、彼らの旅は目的を失った状態のようだ。
イオは繊細な顔立ちをしている。おそらくは10代後半。レースやフリルを併せた服を着ているが化粧はしていない。言葉少なげな様子から内向的な性格が知れる。
一方のブリュノーは飄々とした人物で、窓に肘を置いて片手運転する、如何にもロードムービー向けのキャラクターだ。
立ち寄ったダイナーで、イオは常連客に女装を揶揄われる。少年は何も言い返さず、黙って耐えている。
彼の沈黙を良いことに増長する嘲笑。そこに席を外していたブリュノーが合流する。
彼は無法者たちに訊ねた。
「随分と酒が進んでるな。いい肴でもあったのか?」
「怒るなよ、兄さん。アンタの連れ合い、この辺りじゃ珍しい格好だってだけの雑談だ。そういう話で酒は進むもんだろ?」
「あぁ、そうだな」とブリュノー。
しばらくして店を出る際、彼は常連客たちに顎をしゃくり店主に言った。
「俺たちの飯代くらいの話の種になってやっただろうよ」
呆気にとられる一同を残して、2人は店を出ていった。
再びオープンカーの2人。紫煙の帯を引きながら、運転するブリュノーの横でイオが立ち上がった。
両手を大きく広げて向かい来る風を受ける。彼のゆったりした袖が鳥の羽のようにはためいた。
「頼むから、鳥のように飛んでいきたいとかバカ言うなよ」
その軽口にイオはポツリと呟いた。
「逃げるの嫌い。嫌な気分を吹き飛ばしてるだけ」
肩を竦めるブリュノー。
「そういう強さはもっと表に出してイイもんだぜ?」
ここまで観ても、全く何もわからない映画だ。エンドロールが始まる様子はない。もう少し鑑賞を続けてみよう。
テーマ; 鳥のように